表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/280

15-5

 その時、突然玲が机を叩く。

 彼女の顔はずいぶんと必死な形相で、鬼気迫るものを感じさせた。


「私は自分の命令権を使ってでもそれを却下したい」

「んー? でもそれは彼相手に使える権利であって、ボクを止めることはできないよ?」

「なら、りんたろーにミアの言うことを聞かないでって命令をする」

「なるほどね。確かにそれならボクの命令は消えてしまう。でもさ、玲。それは少し勿体なくないかい?」

「え?」

「ボクはあくまでお風呂に一緒に入れという内容の命令を出しただけ。もちろんお互いに水着をつけて入るつもりだし、それ以上に何かを求めることはない。でも君はもうとっくにりんたろー君との入浴を済ませているんだろう?」

「それは……うん」


 おい、そんなさらっと暴露するな。

 カノンが混乱してるから。


「ならばもっと過激な命令を出したらいいじゃないか。今の君ならそれができるんだから」

「……確か、に?」


 駄目だ、もう玲は完全にミアの掌の上だ。

 

 俺は彼女が踊らされているのを見ながらも、何も手助けはしない。

 どの道俺は何を命令されたところで断れないのだ。ここで変に口を挟んでさらによからぬ命令を出されようものなら、俺がそれを望んでいるように思われるかもしれない。それだけは御免だ。


 ここは何を取っても受け身……! それに限る。


「じゃあボクの命令権はこのまま実行されるってことで。早速湯船にお湯を張ろうか」

「……このクソ暑い中でも湯船に浸かるのか?」

「もちろん。体の調子を整えるには必要なことだからね。それとも、お湯アレルギーだったりするのかな?」

「今だけはそうであってほしいって思ってるよ」

「なら今は何の問題もないってことだ。ほら、準備しようね」


 こんなにもあの時勝っていればと後悔するとは思っていなかった。


 一体ミアは俺をどうしたいのだろう?

 俺を惚れさせてからかいたいと言われても納得してしまうが――――。


「くっ……」


 恥を忍んで、最後の救いを求めて玲たちを見る。


「ねぇねぇ、一緒にお風呂に入ったってどういうこと? ちょっと聞かせなさいよ」

「う、うん……分かった」


 ――――期待はできなさそうだなぁ。


 万事休す。

 俺は観念し、ミアと風呂に入るための準備を始めるのであった。


◇◆◇

 シャワーの音が響く浴室。

 俺の目の前には、私服から再び水着に着替えたミアが立っていた。


「湯加減はどうかな、お客様」


 彼女はシャワーを手に取り、いつかの玲と同じように足元からゆっくりお湯をかけてくる。

 その際にミアはそっと俺の胸に手を添えた。

 意識しないようにしていた俺の思考とは裏腹に、心臓がどくんと跳ね上がる。


 玲の時よりも動揺が少ないのは、ミアが俺をからかう目的でここにいるとかろうじて分かっているから。

 天然さが欠ける分、理性は保ちやすい。


「夜の店でも開くつもりか? お前は」

「ふふっ、それっぽいごっこ遊びがしたかっただけさ。ちょっとは意識してくれたかな?」

「やめてくれ……女と風呂に入ってるってことをできるだけ意識しないようにして理性を保ってるんだから」

「おや、初めから意外と意識はしてくれていたみたいだね。あまりにも揺らがないから実は枯れているのかと思っていたよ」

「心外だな、いつだって俺は耐えてるだけだ。お前が玲をそそのかした時だって、歯を食いしばって耐えきったんだよ」


 今ある関係を変えてしまわぬよう、触れたくなる手を必死に押さえつける。

 結局、どこまで行っても俺は臆病な男でしかないのだ。

 目の前にどれだけ魅力的な女がいようが、一線を越えられない。


「一線を引いて男女の仲にならないようにしているのも、ボクらのため、だろう?」

「……さあ、何のことやら」



「――――別に、少しくらい手を出してくれたっていいのに」



「え?」

「ううん、何でもない。ボクも人のことは言えないけど、君も素直じゃないね」

「……素直に生きて来れたなら、そもそもこんなところにはいなかっただろうからな」

「……それもそっか」


 途中のミアのセリフは、聞かなかったことにする。

 言葉の中に、何かに対するほの暗さを感じたからだ。きっと彼女自身も意図していない言葉だったに違いない。


 話題を逸らしたのも、触れられたくない部分だったから。

 それなら、俺はミアの意志を汲もうと思う。


「んー、せっかくだし、髪の毛くらいはりんたろー君に洗ってもらおうかな?」

「おい、そんなの命令に入ってないぞ」

「いいじゃないか、それくらい。ケチ臭いこと言わずに、ね?」

「む……」


 ケチ臭いとか言われると、こう反逆の精神が刺激されるというか――――。


 結局、俺は風呂場の椅子に座ったミアの後ろに立ち、手のひらにシャンプーを出す。

 そしてよくお湯で濡らした彼女の髪の毛に指を絡ませ、小刻みに動かして泡を作った。 

 普段からしっかり手入れをしているからだろうか、思ったよりも髪の間に指が通りやすく、洗っていて少し楽しい。


「あ~……これは思ったよりも気持ちがいいね」

「気持ちは分かるよ。俺も人に洗われるのは嫌いじゃないからな」

「おや、じゃあ次はボクがやってあげようか?」

「玲よりも上手いなら任せてもいいぞ」

「なーんだ、もうレイがやっちゃってるのか。それならいいや。二番煎じは嫌いだからね」

「あいつにそれを入れ知恵したのは他ならぬお前だけどな」

「ふふっ、そうだったね」


 実に奇妙な時間だった。

 黙々と髪を洗う俺の手の動きに従って、ミアの頭が時たま揺れる。

 それが少し面白くて、俺は思わず頬を綻ばせた。


「ん? 何か面白いことでもあった?」

「別に」

「まさか人の髪の毛を逆立てて『スーパーサ○ヤ人!』とかやってる?」

「やってねぇよ。やってほしいのか?」

「似合うと思う?」

「めちゃくちゃ似合うと思うぞー」

「じゃあやめておこうかな」

「チッ、残念だ」


 隅々まで洗い終えた俺は、シャワーを手に取ってつむじの辺りからミアの泡を流していく。

 綺麗に流し終えたことを確認し、俺はシャワーを元の位置へと戻した。


「ほい、終わったぞ」

「ありがとうね」

「トリートメントは?」

「風呂上がりに流す必要のないものを塗るから大丈夫」

「なるほどな」

 

 それから俺も頭を洗い、シャワーで流す。

 顔についた水を手で拭って目を開ければ、何故かミアが笑顔で俺のことを見ていた。


「りんたろー君も頭を洗い終えたね。じゃあ、次はボクの体かな?」

「……体まで洗わせるのかよ」

「もう日焼け止めを塗ったんだから、別に恥ずかしがることもないだろう?」

「それは……確かに」

「レイの時とは違って、ボクにはちゃんとスポンジを使っていいからさ」


 まあ、それならいいか。

 あいつは俺に対して素手で触れてきたが、今回はスポンジを介す分まだマシな気がする。

 今度はボディソープを泡立て、再び椅子に座ったミアの背中を軽くこすった。

 

「……冷静になってみるとさ、すごく恥ずかしいことしているよね、ボクら」

「この場合はお前が俺にさせてるんだけどな」

「そう硬いこと言わないでよ」

「……なあ」

「何?」

「どうしてこんなこと許すんだ?」

「どういう意味、かな?」

「常識的に考えても、どこの馬の骨かも分からない男に体を触らせるなんて、やっぱりおかしい気がするっていうか……一緒に泊まる程度ならまだ高校生らしくて理解できるが、これはさすがに――――」


 こすっていた手を止めて、顔を上げた。


 玲が俺に迫ってくる理由は分かる。

 あれだけ分かりやすく好意を示してくれるのであれば、何かしらの感情が欠落した鈍感主人公でもない限りは気づくに決まっている。

 好意を抱かれた理由自体は見定められていないものの、行動の出所はそれで説明がついた。


 ミアに関しては、少なくとも俺に悪い感情を抱いていないことまでは分かる。

 じゃなければ俺がこの休暇に参加すること自体を拒否していたはずだ。

 

 しかし、悪い感情を抱かれていないことはイコールで好意には繋がらない。


 理屈ではなく、ミアが俺に好意を抱いているとは思えないのだ。

 分かりやすくからかってくる時もあればそうじゃない時もあるし、どれだけ時間を共にしても、目の前にいるはずの"ミア"には掴みどころがないまま。

 まるで架空の人物のように――――。


「……ボクはね、君が思うより君のことを好きなんだよ」


 彼女は振り返り、俺にそう告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ