表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/280

75-4

「だぁ! もう限界ですぅ……」


 サナが床に崩れ落ちる。

 あれからさらに二時間も経っている。本人は悔しそうだが、ずっと動きっぱなしで、むしろよくここまで頑張ったと思う。

 俺の知るアイドルたちは、どうしてこうも根性があるのだろうか。


「きついけど、楽しい。もっと色々覚えたい」

「た、タフですねぇ先輩……」

「サナもすごい。こんなにきついのに、ついて来てる」

「それほどでも――――」


 サナの言葉が途切れる。

 その顔は、珍しく浮かない表情だった。


「どうしたの?」

「いえ……レイ先輩の動きからは、たくさん〝本気〟が伝わってくるのに、私にはそういうものがないなって」


 そこまで言って、サナはハッとする。


「ご、ごめんなさい! 変なこと言いました!」

「ううん、思っていることがあるなら、全部聞かせてほしい」


 玲がサナの手を握る。

 すると、サナは意を決したように、口を開いた。


「……私、自分が恥ずかしくなっちゃいました」


 サナが、顔を伏せる。


「みんなが本気でやってる中で、私だけが手を抜いてるっていうか……。たまに考えてしまうんです。私がいたら、死に物狂いで頑張っている人たちに失礼なんじゃないかって」


 校舎裏で、彼女が語ったことが思い出される。

 仲間に対して感じる、方向性と熱量の違い。この場で彼女は、それを玲に対しても感じてしまったようだ。


「私……デザイナーとしても、アイドルとしても、なんだか中途半端ですよね」

「それの何が悪いの?」


 玲がキョトンとしているの見て、サナはポカンと口を開ける。


「サナは、まだ何もかも始めたて。見切りをつけるには早すぎる」


 そう言って、玲はサナの前にしゃがみ込んだ。


「片方に集中する必要なんてない。サナがやりたいなら、どっちも頑張ればいい」

「で、でも……それじゃみんなに迷惑を――――」

「迷惑って、誰かがそう言ったの?」

「……っ!」


 サナは目を伏せ、しばらく考えて、また顔を上げた。


「言われてません……私が勝手に、そう思われてるって……」

「あなたも、あなたの周りも、みんな一流の人。サナが本当に中途半端で、手を抜いていると感じるなら、誰かがそう指摘するはず。黙ってるなんてことは、絶対にない」


 玲が淡々と並べていく言葉を、サナは必死に噛みしめているように見えた。

 玲の言葉には、強い力がある。キャンスプのメンバーを、自分たちの事務所を、そしてサナを信じているからこそ、言い切ることができるのだろう。

 今の玲には、周りを見る余裕がある。両親の目を気にして、オロオロと狼狽えてしまう彼女は、もういないのだ。


「挑戦することは、絶対に悪いことじゃない。アイドルであることも、デザイナーを目指すことも、きっとあなたの人生を豊かにしてくれる。だから、今できることを、全力でやろう。私も一緒に頑張る」


 玲が、サナに向かって手を伸ばす。


「――――はいっ」


 サナは、何かが吹っ切れたような、爽やかな笑みを浮かべた。

 そして玲の手を借りて立ち上がると、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます、レイ先輩。おかげで、迷いが晴れました」

「ん、それならよかった」


 いつの間にか、すっかりカッコイイ先輩だ。

 思っていたのとは違うが、これはこれで、衣装制作に関わるギャップとして魅せられそうな気がした。


「じゃあ、レッスンの続きを――――」


 自分の言葉を遮って、玲の腹の音が鳴り響く。

 気まずい沈黙の中、玲は腹を擦って、目尻を下げた。


「……お腹空いた」

「今かよ……」


 成長を喜んだ矢先にこれか。

 呆れながらも、どこか安心している俺がいた。


◇◆◇


「では、また何かあればいつでも連絡をください」


 ソフィアさんにお礼を言って、俺たちは送迎用の車に乗り込んだ。

 後部座席は、俺たちが三人並んでも、なお余裕のある広さだった。座席はほどよい硬さで沈み込みがよく、優しく体をホールドしてくれる。

 そんな素晴らしい座り心地に、柴又の疲れ切った体が耐えられるはずもなく。ほどなくして、隣から彼女の寝息が聞こえてきた。


「寝ちゃった?」

「ああ、よっぽど疲れてたんだろうな」

「ソフィアさんが言ってた。時間がないから一日に詰め込んだけど、普通は何日にも分けてする稽古だって」

「いや、まあ……そりゃそうだろ」


 本社に向かったのは、確か午前中だったはず。それが今は、すっかり暗くなってしまった。

 帰ったら、急いで夕飯の準備をしなければ。玲の腹も限界だろうし、ミアとカノンも、家で心待ちにしているはずだ。


「にしても、お前はよく平気だな」

「ん、私もきつかった。でも、後輩の前でかっこ悪いところはみせたくなかったから」


 俺越しに、玲はサナの顔を見る。

 今にも涎が垂れそうな間抜けな寝顔を見て、玲はクスッと笑う。


「サナが悩んでいることは、なんとなく伝わってた。だから、どうにか助けてあげられたらって思ってたの」

「お前はすげぇよ……。相手の気持ちを汲み取って、欲しい言葉をかけてやるなんて、簡単に真似できることじゃない」


 どちらかと言うと、俺はサナ側の人間だ。

 俺も、ずっと玲のそばにいる資格があるのか、考え続けていた。今となっては、玲たちから強い信頼を感じるし、俺も玲たちを信頼しているから、おかしなことは考えなくなった。

 だからこそ、玲の言葉がサナを救ったということが、感覚的に分かった。


――――迷惑って、誰かがそう言ったの?


 もし、俺が迷っているときにそう言われたなら、きっと救われていた気がする。


「凛太郎から教えてもらったことだよ」


 こっちを見て、玲は微笑んだ。


「周りのことを考えられるようになったのは、凛太郎を見てたから。いつも私たちに尽くしてくれるあなたは、誰よりも人のことを考えられる人だと思う」

「お、おい……急になんだよ」


 結局のところ、俺はストレートな誉め言葉に弱いのだ。

 あまりにも照れ臭くなって、どうしても視線が泳いでしまう。


「凛太郎は私の原動力。これからも、ずっとそばにいてほしい」


 そう言って、玲は俺の肩に頭を預けた。


「カッコイイ先輩の時間は、しばらくおしまい。私も疲れたから、今は凛太郎に甘える」

「……仕方ねぇな」


 嬉しそうに笑った玲は、そのまま寝息を立て始めた。

 この、無垢な顔をしたひとりの少女には、想像もつかないような努力と研鑽が詰まっている。

 きっとこれからも、手を抜くことなく積み重ねていくのだろう。

 玲がどこまで登っていくのか、この目で見届けたい。心の底から、そう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ