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75-2

 休日。

 俺は玲とサナを引き連れて、志藤グループの本社を訪れていた。


「ど、どひゃー……お金持ちだとは思ってましたけど、まさかあの志藤グループのご子息だったなんて」


 遥か彼方まで伸びる吹き抜けを見上げ、サナが間の抜けた声で言う。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか⁉」

「ひけらかしたくねぇからだよ」

「もったいない! 私なら言いふらしますけどね!」

「お前、いつか面倒事に巻き込まれそうだから気をつけろよ?」


 金持ちアピールなんて、大抵ろくなことにならないのだから。


「凛太郎、今日はMVのために、アクションを習うって聞いてる。どうしてここに来たの?」

「ああ、お前の先生に会いに来たんだよ」

「先生?」


 受付で手続きを済ませると、しばらくして、その人物は現れた。


「お待ちしておりました、凛太郎様」


 そう言って、親父の秘書――――ソフィアさんは、俺たちに向かって軽く会釈した。


「ソフィアさん? もしかして、先生って……」

「ご無沙汰しております、レイ様。それから、サナ様ですね?」


 ソフィアさんに見つめられたサナは、緊張した面持ちで姿勢を正した。


「は、初めまして! 柴又早苗と申します!」

「私は、志藤社長の秘書を務めております、ソフィア・コルニロフです。本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ……!」


 あのサナが、一切ボケずにかしこまっている。

 ソフィアさんの放つ堅物そうな雰囲気に、尻込みしてしまっているようだ。


「では、皆様こちらへ」


 案内され、俺たちはエレベーターへと乗り込んだ。

 止まった先は、地下一階。

 バカみたいに高いビルなのに、地下へ向かうというのは、妙な拍子抜け感があった。

 エレベーターを下りて廊下を進むと、そこには体育館のような広い空間があった。

 壁一面には、ランニングマシンなどのトレーニング器具が。

 部屋の奥には、ストレッチ用のマットが一面に敷かれていた。


「ここは、社員用のフィットネスルームです。社員の健康維持のため、最新のトレーニング器具をご用意してあります。凛太郎様の関係者であれば、いつでもご利用いただいて構いません」

「ふ、太っ腹ぁ……」


 部屋の光景に圧倒されていたサナが、かろうじてそんな言葉を絞り出した。


「今日は、奥のストレッチコーナーを利用しましょう。レイ様、まずはお着替えのほうを」

「はい」


 備えつけの更衣室へ向かった玲は、普段のレッスン着に着替えて戻ってきた。Tシャツに、かなり丈の短いズボン。相変わらず、少し目のやり場に困る。


「あの、りんたろう先輩?」

「どうした?」

「ソフィアさんって、秘書さんなんですよね? それがどうして先生なんですか?」

「俺の親父、ごちゃごちゃしてるのが好きじゃないみたいでさ。ひとつで何役もこなせるものを求めがちなんだ」

「お、お~……よく分からないですけど、なんだか社長っぽいですね」

「適当だなぁ。……ソフィアさんは、そんな親父のお眼鏡に適った逸材なんだ。なんたって、秘書としても、ボディガード(・・・・・・)としても、超一流だからな」


 保有している資格、会得した格闘技は、共に数知れず。

 あらゆる現場において、誰もが求める万能な人物――――それが、ソフィアさんなのである。


「ずいぶん前だけど、俺も護身術を教えてもらったことがある。指導者としても、めちゃくちゃ優秀だったよ」

「し・ど・うグループだけに?」

「習ったことを試してやろうか? お前で」

「え、遠慮しておきますぅ」


 サナが、スーッと俺から離れていった。

 遠慮しなくてもいいのに。


「レイ様、柔軟は得意ですか?」

「はい、いつも入念にストレッチしてるので」


 そう言うと、玲はI字バランス決める。

 あまりにもスムーズに決めるものだから、思わず拍手してしまった。

 そんな俺の隣で、サナも同じくI字バランスを決めるが、玲と違って、きつそうな顔をしている。できるだけでも相当すごいのだが、玲の手前、なんだか格好悪いことになってしまっていた。


「素晴らしい。格闘技――――いえ、あらゆる動きにおいて、関節の柔らかさは極めて大切です」

 ソフィアさんが、足を天高く伸ばす。その動きは、玲よりもはるかに自然で、思わず上げた瞬間を見逃してしまうほどだった。


「ここまで関節が開くのであれば、ひとつ、伝授できる技がございます」

 足を下ろしたソフィアさんは、その場で体を捻る。

 次の瞬間、鞭のように放たれた回し蹴りが、フィットネスルームの空気を斬り裂いた。


「うっ――――おぉ~~~~~~!」


 サナが、野太い歓声を上げる。

 確かに、叫びたくなるほど美しい回し蹴りだった。


「実用性はともかく、舞踊やダンスなどにもよく取り入れられる、華のある技です」

「すごい、とてもかっこいいです」

「レイ様に褒めていただけるとは……!」


 鉄仮面で有名なソフィアさんの顔が、柔和になる。

 そういえば、すっかりミルスタのファンになったんだったな。


「あ、あの! 私にも教えていただけないでしょうか!」


 隣にいたはずのサナが、ソフィアさんのもとで頭を下げていた。


「私は構いません。レイ様は?」

「ん、いいよ。一緒に教えてもらおう」

「ありがとうございます!」


 サナのやつ、ずいぶんと嬉しそうにしているが、衣装のことは大丈夫なのだろうか。


「凛太郎様はいかがなさいますか?」

「え?」

「見ているだけというのもお暇かと」


 俺は慌てて首を横に振る。


「そうですか、残念です」


 ソフィアさんは、わずかに目を伏せたのち、玲たちに視線を戻した。


「えー! 先輩も一緒に受けたらいいじゃないですか!」

「俺はいいんだよ。お前らは集中しろ」

「ちぇ! カッコイイところ見られると思ったのに!」


 不満を露わにするサナの隣で、玲は残念そうな顔をしていた。


「私も、凛太郎のかっこいいところ見たい」

「……わーったよ。あとでな」


 玲にまで言われちゃ仕方ない。

 果たして、この体は学んだことをちゃんと覚えているのだろうか。

 失敗して笑われたくないし、できればやりたくないのだが。


「……なんか、りんたろう先輩って、レイ先輩には特に優しくないですか?」

「そう? 凛太郎はいつも優しいから、ちょっと分からない」

「うわっ⁉ すごい格差を感じます!」


 サナの指摘に、思わず頬が熱くなる。

 特別、玲にだけ優しくしているつもりはなかったのだが、言われてみれば、玲の頼みは特に断りにくいと感じているような。


「では、基本の動きからいきましょう」


 そう言って、ソフィアさんは構えを取った。


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