74-1 カノンの場合
翌日の昼休み。
俺は弁当を渡すついでに、再び柴又と昼飯を共にすることになった。
「ふっふっふ……昨日は実に上手くいきましたね」
口角を吊り上げた柴又は、唐揚げを口に放り込む。
「っ! うま! なんでお弁当なのに衣がザクザクしてるんですか⁉」
「今度教えてやるよ。それより、ほれ」
俺は、茶封筒を柴又に差し出した。
「これは?」
「昨日のアフタヌーンティー代だよ」
「いやいや! 受け取れませんよ!」
柴又が、腕をブンブンと振ってバリケードを作る。
「私が勝手に予約して付き合わせたんですよ⁉ それで先輩たちからお金もらったら、罰が当たりますよ!」
「何言ってんだよ。衣装制作は全員でやってることだろ? ここで全部お前に奢らせたら、おんぶにだっこじゃねぇか」
「で、でも……」
柴又の手が止まったタイミングで、無理やり茶封筒を押しつける。
「あっ」
「後輩に奢ってもらうなんて、先輩からすれば赤っ恥なんだよ。いいから受け取ってくれ」
「……分かりました。そこまで言われちゃ断れません」
柴又は、「あざっす!」と封筒を掲げてから、それを懐にしまった。
「柴又」
「はい?」
「衣装が好きとはいえ、どうしてお前はそこまでするんだ?」
「……話すと長くなりますが、あれは十五年前、私が生まれたときの――――」
「ボケるな。真面目に話せ」
「はい……」
シュンと肩を下げ、柴又はわずかに目を伏せた。
「熱くなれることが、それくらいしかないんです」
すっかり綺麗になった弁当箱を閉じながら、柴又はポツポツと語りだす。
「キャンスプのみんなは、ミルスタみたいなトップアイドルを目指して頑張っています。でも、私はそうじゃない。もし、今アイドルをやめることになっても、私は何も困りません。あ、衣装が間近で見られなくなるのは、ちょっと困りますけど」
柴又は、茶化すように言った。
それは、彼女なりに話を軽くしようという気遣いだったのだろうが、その痛々しい笑みのせいで、むしろ逆効果だった。
「……みんなと、見ている方向が違うんです。だから、衣装制作って目標に向かって、先輩たちと一緒に進んでいけることが、すごく嬉しくて」
「それで、張り切りすぎたか」
「はい……」
「あいつらも、お前が真剣に協力してくれて喜んでたよ。けど、お前だけが身を削るなんて、あいつらのプライドが許さねぇだろうな」
柴又は苦笑いを浮かべた。
「確かに、全部自分でやろうとするのは違いますよね。ごめんなさい、りんたろう先輩。気を遣わせちゃって」
「分かったんならそれでいい。次からは前もって相談してくれよ」
「それはできないかもしれません! サプライズのほうが、自然な先輩たちの姿が見られそうなので!」
「おい……。まあ、ちゃんと理由があるならいいけどさ」
「でも、お金がかかるときは、ちゃんと相談します」
こちらの顔色を窺うような視線に、思わず笑ってしまう。
どうやら、俺の言葉はしっかり届いたらしい。
「おう、遠慮するなよ」
嬉しさと気恥ずかしさが入り交じり、俺はへらっとした情けない笑みを浮かべた。
柴又は、俺の顔を見てボーっとしたあとに、突然モジモジと指をいじり始める。
「あの、それで……早速ひとつ相談なんですけどもぉ……」
「なんだ? 言ってみろ」
「衣装が採用されたら、りんたろう先輩を好きにできるって話だったじゃないですかぁ……」
「ああ……まあ……そういう約束だな」
色々語弊があるが、この際もうどうでもいい。納得はしてないが。
「不躾で大変恐縮なんですけれども、もうひとつ報酬をいただけないでしょうか……」
「……まだ俺を辱めるつもりか」
「ち、違いますよぉ! その……りんたろう先輩に、頭を撫でてほしくて……」
顔を伏せた柴又から、ぷしゅーと湯気が出る。
ずいぶん意を決した交渉だったようだが、拍子抜けである。
「なんだ、そんなことでいいなら、全然構わねぇぞ。なんなら今だって――――」
「い、いえ! 頑張ったあとだからこそ意味があることなので!」
「ふーん……?」
「それともうひとつ!」
「まだあんのかよ……」
俺が警戒していると、柴又は緊張した様子を見せながら、口を開いた。
「私のことは……下の名前で呼んでください!」
思いがけない要望に、俺は言葉が詰まる。
「だめですか……?」
上目遣いで懇願してくる彼女は、まるで飼い主の帰りを心待ちにする子犬のようだった。
玲の雰囲気が、穏やかな大型犬だとしたら、柴又は豆しばといったところだろうか。いたずら好きなのも相まって、ますますそう見えてきた。
「……じゃあ、サナで」
「っ! はいっ!」
心の底から嬉しそうな笑顔に、俺はつられて笑った。
こういうのも悪くないな。普通の先輩と後輩みたいで。
「あ、そうだ。早速カノン先輩のことで相談があるんですけど」
ポンと手を打ったサナは、今後の計画について話し始める。
それを聞いた俺は、思い切り顔をしかめた。
「うわっ! 本気で嫌そう!」
「そりゃそうだろ……俺たち学生だぞ?」
「だからこそ、カノン先輩の大人っぽさを引き出すには、荒療治が必要なんですよ。大丈夫です! 必ず上手くいきますから!」
そう言って、サナは胸を叩いた。




