73-2
弁当を持ってくると、柴又は石畳にタオルを敷いて座っていた。
「あ、りんたろう先輩! さあさあこちらへ」
「用意がいいな……」
「どうぞ遠慮なく」
エスコートに従い、俺はタオルの上に座る。
意外と悪くない座り心地だった。
「では、早速! いただきます!」
柴又は手を合わせ、弁当箱を開けた。
メインは、ヤンニョム風鶏むね肉。それから、付け合わせにほうれん草、もやし、ニンジンのナムル。それから、卵焼きと、ちくわきゅうり。
アイドルは体が資本ということで、しっかりタンパク質を取れるメニューにしてある。
米は玄米にして、血糖値の上昇が緩やかになるように。自分で言うのもなんだが、栄養も味も、かなり整っていると思う。まさに会心の出来と言っていい。
「おわぁあ……なんて豪華なお弁当……」
「なんつー声を出してんだ」
「し、仕方ないじゃないですか! お昼なんて、大体学食かコンビニなんですから!」
柴又のあまりの感動っぷりに、思わず笑ってしまう。
「何かおかしなことでも⁉ 今ボケてなかったですよね⁉」
「悪い悪い。俺の弁当で感動してくれたのが、なんか嬉しくてな」
「もう! からかわないでくださいよ!」
「お前がそれを言える立場か?」
俺の疑問を無視して、柴又は弁当を食べ始めた。
ボケるのはいいが、投げっぱなしにするのはいかがなものか。
「う、うっまぁ! なんですかこのむね肉! むちむち! やわやわ! ぷっるっぷる! しかもピリ辛でご飯が進む味!」
柴又が、パクパクと玄米を口に運ぶ。
その姿に目を奪われていると、柴又は恥ずかしそうに口元を手で隠した。
「なんでそんなに見つめるんですか⁉ もしかして分けてほしいんですか⁉ ダメダメ! 絶対あげませんからね!」
「いらねぇよ。自分の分あるし」
「じゃあなんですか!」
「悪い悪い。別に見つめてるつもりはなかったんだが……お前が美味いって食ってくれるのが、すげぇ嬉しくてな」
人を笑顔にすることが、子供の頃の夢だった。
一度は挫折したが、料理と出会ったことで、少しでもその夢に近づくことができている。
そんなの、嬉しくないはずがない。
「……りんたろう先輩って、結構可愛い感じで笑うんですね」
「え、そうか?」
「なるほどなるほど、先輩方がゾッコンなわけです」
柴又は頬を赤らめ、急にそっぽを向いてしまった。
気に障ったわけではなさそうだが、一体どうしたというのか。
「――――そうだ、りんたろう先輩」
「ん?」
「一個、真面目な相談があるんですけど」
「……衣装のことか?」
柴又が、真剣な顔で頷く。
「制作の進捗ですが……正直言って、かなり行き詰まってます」
「そうか……」
実のところ、衣装制作が進んでいないことは、玲たちからも聞いている。
アイデアはかなり集まったが、結局どういったコンセプトで攻めるか、決めあぐねているらしい。状況だけ見たら、一週間前と大きな差はないことになってしまう。
「我儘で申し訳ないんですけど、こう、なんというか……がつーん! と来る感じというか、これだっ! って確信するようなアイデアがないと、手が動かなくて……もう先輩たちからは色々意見を貰ったりしてるんですけど、まだまだ湧いてくれないんです。インスピレーションってやつが」
「うーん……難しい相談だな」
俺は、創作者ではない。
芸術のことはさっぱりだし、柴又が何を言っているのかさえも、ぶっちゃけ理解できない。
ただ、苦しんでいることは分かる。素人が口出しできる問題じゃないことも分かっているが、それでも、手を貸したいと思ってしまう。
「確か、次の衣装はギャップをコンセプトにしたいんだよな?」
「はい……」
「だったら、もっとあいつらの日常に寄り添ってみるとかどうだ?」
柴又は、玲たちの意外な一面を知って、それを衣装で演出することを提案した。
ただ、その意外な一面が生まれた背景については、まだよく知らないはず。
たとえば、カノンが実は一番大人びている理由は、弟たちの面倒をよく見ているから、とか。
ひたすらデザイン案を出すのではなく、まずはそのギャップを深掘りして、柴又自身が玲たちのことをもっとよく知る。そうすることで、また別のアイデアが浮かぶかもしれない――――と、思ったのだが。
「それです……」
「え?」
「それですよ! さすがりんたろう先輩! 脳みそにビビッと来ました!」
丁寧に弁当箱を置いた柴又が、突然俺の手を掴む。
「私はまだまだ先輩たちのことをよく知りません! そんな状態で、ギャップを上手く表現しようなんて愚の骨頂! 私はなんて愚かだったんでしょうか!」
柴又は、悔しそうに拳を握りしめた。
ふざけているのかと思いきや、本気で悔やんでいるらしい。
「ありがとうございます! りんたろう先輩! おかげで光明が見えました!」
「そ、そりゃよかった……」
「居ても立っても居られません! すぐにでも先輩たちに連絡しなければ! あ! りんたろう先輩にも、引き続き協力してもらいますからね!」
「別にいいけど、一体何をしようってんだ?」
「それは秘密です」
「言えよ」
俺が必ず協力するものだって思い込んでないか?
……まあ、断るつもりはないけれど。




