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73-1 ミアの場合

 柴又に協力してもらうようになってから、早くも一週間が過ぎた。

 暇な時間があれば、柴又は俺たちの家に来て、衣装について様々な提案をしてくれる。

 自分も相当忙しいはずなのに、ありがたい限りである。

 そんな柴又のために、俺は早朝から弁当を作っていた。

 俺にも何かできないかと尋ねたところ、柴又が弁当を作ってほしいと言ったから、こうして用意している。俺としては、三人分も四人分も大して変わらない。時間帯も相まって、文字通り、朝飯前である。

 朝飯の準備まで終わったら、三人を起こす。

 夏のツアーに向けて、三人は入念な準備を始めているため、スケジュールはいつも以上に忙しい。

 忙しさには慣れっこな三人だが、どうしても疲労は溜まってしまう。

 そのため、自力では起きられないことがあり、こうして起こしに行く必要があるのだ。

 ミアの部屋をノックする。すると、中から普段よりも低い声で「はーい」と聞こえてきた。


「起きられたみたいだな」

「なんとかね」


 扉が開き、ベビードール姿のミアが現れた。頭には、珍しく寝ぐせがついている。


「おっと、お見苦しいものを」


 俺の視線に気づいたミアは、寝ぐせを手で押さえる。

 いつものミアなら、最低でも寝ぐせを直してからリビングに来る。ここまで無防備な姿は、なかなか見られない。こんな姿を見られるのは、ある意味俺にしかない特権だが、普段の余裕ある姿を知っていると、優越感よりも心配が勝つ。


「できれば、寝ぐせよりもこの国宝級の美貌を見てほしいね」


 そう言って、ミアはわざわざセクシーなポージングをしてみせた。

 華麗にスルーして軽口のひとつでも叩いてやりたいところだが、露出が多いベビードール姿は刺激が強く、俺はとっさに目を逸らしてしまった。


「おや、効果てきめんかな?」

「……馬鹿なこと言ってないで、さっさと朝飯食っちまえ」

「はーい。じゃあ着替えるね」


 クスクスと笑いながら、ミアは部屋に引っ込んだ。

 と思いきや、再び扉が開き、ミアはニヤリと笑った。


「実は、もっとセクシーなやつ持ってるんだよね。今度じっくり見せてあげるよ」

「さっさと着替えろ!」


 俺は無理やり扉を閉めた。


――――もっとセクシーなやつか……。


 どうしても想像してしまう頭を、思い切り殴る。

 俺は朝から何を考えているのだ。邪念を払い、次なるカノンの部屋へ向かう。


「おーい、起きてるかー」


 返事はない。まだ寝ているようだ。


「入るぞ」


 部屋に入ると、ベッドの上に謎の塊があった。

 よく見ると、それは毛布にくるまったカノンである。


「おい、朝だぞ」

「うーん……あと五分……」

「残念だが、それは無茶な相談だ」


 俺は毛布を掴んで、思い切り引っぺがす。

 すると、足を抱えたカノンが、まるで赤いボールのようにコロンと出てきた。


「ふっ……ガチャで言うところの、SSRといったところかしら」

「何言ってんだ? お前」


 意味不明なことを抜かすカノンに、カーテンを開けて朝日をお見舞いしてやる。

 光に照らされたカノンは、うめき声をあげた。


「うっ……分かりました。起きますよー。起きます起きます」


 そう言いながら、カノンは毛布を整えるフリをして、そのまま包まってしまった。

 俺は再び毛布を引っぺがし、カノンをベッドに転がす。


「おめでとう、URよ」

「バカ言ってねぇで、朝飯食え」

「はい……」


 眠そうに目をこすりながら、カノンは寝間着のまま部屋を出ていく。

 これで、残すところあとひとり。


「起きてるか?」


 声をかけるが、やはり返事はない。

 ためらいなく扉を開けると、心地よさそうに寝息を立てる玲が、ダイナミックな姿勢でベッドに横たわっていた。

 具体的に言うと、何故か枕とは反対側に頭がある。どうすれば、寝ているときに百八十度向きが変わるのだろう。


「おい、朝だぞ」


 声をかけるが、起きる気配はない。

 仕方なく、俺は玲の肩をゆすった。


「ん……凛太郎?」

「おう。朝だぞ」

「んー……やだ」


 寝ぼけ眼で文句を言った玲は、突然俺の首に腕を回し、凄まじい力でベッドへと引きずり込んだ。

 何が起きたか理解できず、玲の胸に抱かれながら、瞬きを繰り返す。


「んふっ、凛太郎のまつげ、くすぐったい」

「うっ――――おおぉぉぉ! 放せ!」

「あう」


 玲を押しのけ、俺はベッドから脱出する。

 危ない。危うく理性が爆発するところだった。


「あれ……凛太郎?」

「お、起きたか」


 俺は安堵のため息を漏らす。

 どうやら、今の行動に意識はなかったらしい。


「もう朝?」

「そうだよ。朝飯もできてるぞ」

「ん……起きるのはやだけど、お腹は空いた」


 玲が起床を渋るときは、飯の話をするとすぐに解決する。

 眠気よりも、食い意地が勝つらしい。


「凛太郎、起こしてくれてありがとう」

「はいはい。起きてくれてありがとさん」

「ん」


 得意げな顔の玲を押して、一緒に部屋を出た。

 三人に朝飯を食わせ、出ていくところを見送ったら、俺も家を出る準備をする。

 忘れずに柴又の弁当を鞄に詰めて、ブレザーを羽織る。

お気に召したらいいのだが――――。



 昼休み。

 柴又に弁当を渡すため、初めて会ったときと同じく校舎裏を訪れた。

 アイドルに弁当を渡すなんて、誰かに目撃されたら一大事だ。というわけで、こうして人目を忍んで会うことになった。


「りんたろう先輩……! こっちこっち!」


 ポツンと建っている物置の裏から、柴又が手招きしている。

 周囲に人の気配がないことを確認して、柴又のもとに駆け寄った。


「誰にも見られませんでした⁉」

「見られちゃねぇと思うけど……なんでそんな楽しそうなんだ?」

「だって、逢引きみたいで興奮しません?」

「バカを言うな……!」


 そう怒鳴ると、柴又はわざとらしく縮こまった。


「きゃっ、ごめんなさい! 調子に乗りました! 私なんて、りんたろう先輩にとっては遊びでしかないですもんね……」

「今日のお前の昼飯は、俺が握ってるって忘れんなよ」

「あー! すみません! もうボケませんからぁ!」


 目の前で弁当を揺らしてやると、柴又は泣きべそをかきながら縋りついてきた。

 ボケないなんて絶対に嘘だろうが、このまま言い合っていてもキリがないし、弁当を渡した。


「おぉ……神の恵み」

「いちいち大袈裟なやつだなぁ」

「お家でご馳走になって以来、りんたろう先輩なしじゃダメな体になっちゃったんですから、責任取ってくださいよ」

「そっちの方向に持ってくのやめろ」

「だって、こういう絡み方したほうが、りんたろう先輩的には好みなんでしょ? ミア先輩が言ってました」

「あのバカ……あとでシバく」


 怒りに打ち震えていると、柴又がくすりと笑った。


「仲いいですね、ほんとに」

「……まあな」


 照れ臭くなって、思わず頬を掻く。


「ほら、さっさと持ってけ」


 俺は弁当箱を柴又に押しつける。

 物陰とはいえ、いつ誰に見られるか分からない。さっさと離れるに限る。


「あの、りんたろう先輩」

「なんだよ」


 立ち去ろうとしたところを呼び止められ、振り返る。


「不躾なお願いで申し訳ないんですけどぉ……一緒に食べません?」


 柴又が、俺の目を覗き込む。

 その態度が、俺の目には不思議と寂しそうに映った。


「……別にいいぞ」

「やった! やっぱり、持つべきものはりんたろう先輩ですね!」


 その場でぴょんと跳んだ柴又は、嬉しそうにそう言った。


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