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72-3

 コーヒーを出してやると、柴又はカップを手に取り、慣れた様子で香りを嗅いだ。


「ほう、これはこれは……淹れ慣れてますね、りんたろう先輩」

「お、おう、よく分かったな」

「分かりますとも。私、こう見えてコーヒーには結構うるさくて――――あづっ!」


 マグカップに口をつけた柴又は、とてもアイドルらしからぬ顔をして、大袈裟に仰け反った。


「大丈夫かよ」

「すみません、猫舌なもので」

「じゃあちゃんと冷ましてから飲めよ……」

「ついかっこつけたくなっちゃって。あ、ごめんなさい。砂糖とミルクってもらえますか? ブラック飲めなくて」

「コーヒーにはうるさいんじゃなかったのかよ……!」


 くそっ、ツッコミが追いつかない。

 妙な気疲れを覚えつつ、俺は柴又に砂糖とミルクを渡した。


「ありがとうございます。ところで、そろそろ本題に入りましょうか」


 自分で話を止めていたくせに、急に仕切り出した。

 本当に、こいつの度胸はどうなってんだ?


「というか……あれ? 今日なんで呼ばれたんでしたっけ?」

「もうツッコまねぇからな!」

「おっと、りんたろう先輩が拗ねてしまいました。反抗期でしょうか」


 俺を指差してケラケラと笑う柴又に、思わず飛びかかりそうになる。

 そんな俺を、カノンが羽交い絞めにした。


「落ち着きなさい凛太郎! 気持ちは分かるけど!」

「ふーっ……ふーっ……」


 カノンのおかげで冷静になった俺は、深呼吸をしながらソファーに腰掛ける。


「玲たちから話は聞いてるよ。君、デザイナーを目指してるんだって?」

「はい! 特に、アイドルの衣装制作に関わる人になりたいんです!」

「えっと……訊かれたくない質問だったら申し訳ないんだけど、それなら、どうしてアイドルに?」

「……話すと長くなりますが」


 眉間に皴を寄せ、柴又は突然かっこつけ始めた。


「あれは一年前以上前……ミルスタのライブに行った帰りのことでした」

「へぇ、ライブに来てくれてたんだ」

「はい! そこでスカウトされました」

「……ん? 話終わった?」


 ミアが目を丸くする。

 話すと長くなるとはなんだったのか。


「いやまあ、最初は断ったんです。私はアイドルとその衣装が好きってだけで、自分がなりたいなんて一ミリも思ったことなかったんで。でも、それを事務所の人にそのまま伝えたら、アイドル衣装を間近で見られるチャンスって言われて」

「そ、それで受け入れちゃったわけ?」

「はいっ」


 柴又は、何故か照れた様子で頬を掻いた。


「デザイン系の学校に行くためのお金もほしかったですし、お互い得する感じだったんで、別にいいかなーと」

「て、適当ねぇ……」


 アイドル活動が、まさか〝ついで〟だったとは。

 ただ、それで成り立っているのは、やはり柴又には才能があるからなのだろう。

その点は、少し玲に似ているところがある。


「じゃあ、君は前からボクらのファンなの?」

「そりゃもう! こっちは先輩たちがデビューされてから、ずっと追っかけやってますから!」


 柴又が、得意げに力こぶを作る。

 この話は、いくらなんでもボケではなさそうだ。


「それは嬉しいね。そんな君だからこそ、任せたい仕事があるんだけど」


 ミアは、テーブルの上に例の衣装案を並べた。

 それを見て、柴又は分かりやすく目を輝かせる。


「おお⁉ これは⁉」

「ボクらが新曲のMVで着る予定の、衣装案だよ。長いこと話し合ってるんだけど、なかなかこれっていうデザインが決まらなくてね。ぜひ君の意見が聞きたい」

「え、いいんですか⁉」

「うん。もし君の意見でデザインが決まったら、君が望む格好をしてあげる。どうかな?」

「最っ高ですッ! 任せてください! 絶対先輩たちにブルマを着させてみせますから!」

「うん……期待してるね」


 ミアが、「やっぱりブルマかぁ」という顔をしている。

 さすがのミアでも、やはりブルマを着るとなると、少し複雑なようだ。


「早速ですが、じっくり見てもいいですか?」

「どうぞ。好きなだけ見てね」


 柴又が、デザイン案に目を通し始める。

 その瞬間、彼女の周りの空気が、ピンと張り詰めた気がした。

 三人もそれを感じ取ったようで、顔つきが仕事モードに変わっている。


「……どれも、目新しさがないですね」


 真剣なトーンで、柴又はそう言った。


「はっきり言って、これまで先輩たちが着てきた衣装と大きな差がありません。これなんて、去年のライブで着たものと、色の入り方が違うだけです。これも、前のMVで着ていた衣装と、形がそっくりですよ」


 三人が、驚いた顔をする。

 さっきまでのふざけた態度はどこへやら。いつの間にか俺たちは、柴又の話に夢中になっていた。


「全体的に、どこかで見たデザインになってます。先輩たちがしっくりこないと思っている理由は、多分それです」

「目新しさがない、か。言われてみると、確かに似通ったデザインばかりかも」

「ミルスタの場合は、まだ安定に走るタイミングじゃないと思います。これまでついてきてくれたファンに、新しい姿を見せてあげてはどうでしょうか」


 ミアたちが顔を見合わせ、深く考え込む様子を見せる。


「すげぇな、お前。これまでのミルスタの衣装、全部覚えてんのか?」

「もちろん。淑女の嗜みでございます故」


 柴又は、クイッと眼鏡をかけ直すフリをした。

 よかった、別人になったわけではないようだ。


「新しいデザインに挑戦するのはいいけど、何かアイデアはあるのかしら」

「具体的なことはまだですが、お三方のキャラクターとは、少し違った方向の衣装とかどうでしょう?」

「キャラクター?」

「たとえばカノン先輩は、ステージ上だと元気ハツラツ! ってキャラですよね? でも、こうして話してみると、しっかりしている一面もあって、大人っぽさを感じました」

「ま、まあね? 大人の女だし、あたし」


 カノンが大きく胸を張る。

 自分から大人っぽさを捨てて、一体どうするつもりなのだろうか。


「そういうところを、MVで見せるってのもアリだと思うんです。その曲のときだけって感じで、特別感を出してあげるみたいな」

「大人っぽいあたしか……それを衣装で演出するってわけね」


 カノンの顔が、ワクワクしている。

 どうやら、本人も何か思いついたようだ。


「ミア先輩なら、少し可愛い系で攻めてみてもいいと思います」

「か、可愛い系?」


 ミアが呆気に取られている。

 クール王子様系を売りにしているミアにとって、可愛い衣装というのは対極の存在だ。

 形状が揃っているメインの衣装はともかく、ミア個人の衣装は、王子様系か、セクシー系が多い。そんな彼女が、フリフリのスカートなんか着ようものなら――――。


「りんたろう先輩もそそられますよね?」

「ああ、まあな――――はっ⁉」


 反射的に答えてしまい、俺は自分の浅はかさを呪った。

 ミアが、ニマァとした笑みを浮かべている。どうやら俺は、与えてはならない者に餌を与えてしまったらしい。


「そうなると、レイ先輩はクール系とか、セクシー路線で攻めてみてもいいかもしれません。正統派な衣装が多いので、あえて外す感じをイメージして」

「ん、面白そう」

「ただ……これだ! って思える方向性が出てこないんですよね。絞り込むには、もう少し時間が必要かもしれません」


 喋りすぎて疲れたのか、小さく息を吐いた柴又は、ぬるくなったコーヒーを飲み干した。

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