72-1 新人アイドル
最近のメディアは、キャンディスプリンクルにお熱らしい。
ミルスタの話題は尽きないものの、そこにキャンスプが加わっているようなイメージである。
キャンスプのほうも、デビュー曲の売り上げが凄まじいらしく、事務所は笑いが止まらないだろう。
「向こうも順調そうだね」
テレビを見ながら、ミアがトーストに噛り付く。
今日の朝飯は、サラダ、トースト、ベーコンエッグだ。ありきたりなメニューだが、トーストの枚数を見れば、とてもそんなふうには思えなくなるだろう。
「あたしらもうかうかしてられないわ。この子たち、すぐにもっと大きくなるわよ」
「ん、私もそんな気がする」
カノンたちの口調には、どこか確信めいたものがあった。
キャンスプのパフォーマンスを見たときに、俺が感じ取ったものは、どうやら間違っていなかったらしい。
「後輩が活躍しているのは嬉しいけど、色々批判もあるみたいだよ」
「え、なんでだ?」
「ボクらの姉妹ユニットってことで売り出しちゃったからさ。要するに、ボクらの名前におんぶにだっこだと思われてるってわけ」
「おいおい……それだけでこんなに売れるか?」
「ボクもそう思うよ。どんなにいい売り出し方でも、結局実力が伴わなければ、評価されないしね。だからあの子たちを批判しているのは、名前だけ知っている程度の、アイドルに大して興味がない人たちばかりさ」
「理不尽な話だな」
「ま、こればかりはどうしようもないからね。気の毒には思うけど、慣れていくしかない」
聞く人が聞けば、冷めた言い方に聞こえるかもしれない。ただ、本当にそれしか方法がないのだろう。
「きついだろうけど、折れないで欲しいわね」
「うん。ボクらも気にかけておこうか」
俺と玲は、自然と目を合わせていた。
おそらく、玲も同じ人物を思い浮かべているのだろう。
その日の放課後。
どういうわけか、俺は玲から校舎裏に呼び出されていた。
最近、何かとよく呼び出される。脳裏に過るのは、やはり吉岡から受けた告白のこと。
――――まさか、玲まで?
そんな考えを、頭を激しく振って追い出す。
こんなところで、玲から告白されるはずがない。アイドルとしての道を歩むために、今は関係を変えないと誓ったばかりではないか。
しかし、妙に期待してしまうのは、一体何故だろうか。
校舎裏についた俺は、物陰からおそるおそる様子を窺う。そこには、見慣れた金髪がいた。
そして何故か、今話題のアイドル、サナの姿もあった。
――――どういう状況だ……?
遠目に見ている限りでは、まるで玲がサナに詰め寄られているようだった。
何かトラブルかもしれない。ここは偶然を装って、玲の救出を目指そう。
物陰から出た俺は、真っ直ぐ二人へ歩み寄る。
「あ、凛太郎」
こっちに気づいた玲から声をかけられ、俺はギョッとする。
他人の目がある中で、普段通りに名前を呼ばれると思っていなかったのだ。
この状況をどう切り抜けたものかと考えていると、玲が焦った様子で駆け寄ってくる。
「凛太郎、助けて」
「な、何言ってんだ?」
「あの子が、何を言ってるか分からないの」
顔を上げると、サナのバキバキに血走った目と合った。
ひと目で分かった。この女はやばいやつだ。
「もしかして……レイ先輩のぼーいふれんどですかぁ⁉」
甲高い声をあげて、サナが俺に詰め寄ってくる。
「初めまして! 私、レイ先輩の事務所の後輩で、柴又早苗です! あ、芸名ではサナって名乗ってるので、そのままサナでも、早苗でも、サナちゃんでも、お好きに呼んでください!」
まるで、ダンプカーが近づいて来たかと思うほどの威圧感を覚え、思わず一歩あとずさる。
押しの強さで言えば、ツインズのシロナも相当なものだが、こいつの威圧感はアレとは少し違う気がした。
「じゃ、じゃあ、柴又で」
俺が苗字で呼ぶと、柴又はハリセンボンのように頬を膨らませた。
「なんだか距離を感じますねぇ……あ、なるほど。レイ先輩の手前、異性と仲良くするわけにはいかないですもんね! むしろ配慮が足りずにすみません!」
柴又は、そう言って深々と頭を下げた。
ダメだ、こいつのテンションについていけない。
「し、柴又、一応言っとくけど、俺と玲は恋人とかじゃないから。ボーイフレンドなんて勘違いはやめてくれ」
「むっ……まだ、恋人じゃないだけ」
「お前は余計なことを言うな……!」
その主張は今じゃない。今じゃないだろう。
「恋人じゃない? じゃあ、どういうご関係で?」
柴又から、もっともな質問を投げかけられてしまった。
最初の変人っぷりから打って変わって、まともな部分もあるらしい。
「まあ……サポーターってところかな」
「凛太郎は、私たちの活動を陰で支えてくれてる人」
俺たちの説明を聞いた柴又は、感嘆の声を漏らした。
「なるほどぉ! ならば、りんたろう先輩からも説得してください!」
「はぁ? 一体なんの話だよ……」
てか、いきなり下の名前呼びかい。
いや、そういえば俺、まだちゃんと名乗ってなかったな。
「レイ先輩に、ブルマを着てほしいんです!」
「……んー?」
柴又が何を言っているのか分からず、俺は呆けた顔になった。
ならば、って、どういう繋がりで出てきた言葉なんだ?
「ブルマですよ! ブルマ! 現代においては絶滅したといっていい、魅惑の体操着! ほら、男の子って恐竜好きじゃないですか! てことは、ブルマも好きですよね⁉」
「いや、恐竜とブルマをひと括りにするな。レベルもジャンルも全部ちげぇだろうが」
まずい。こいつと対峙すると、猫を被る余裕がないぞ。
「さっきからずっとこの調子。埒が明かないから、凛太郎を呼んだ」
「はぁ……事情は理解したが、厄介なことに巻き込んでくれたな」
たった数分の接触なのに、なんだかどっと疲れた。
玲が困惑するのも無理はないだろう。
「あれ、もしかしてりんたろう先輩、ブルマお嫌い?」
「……いや、別に」
男子たるもの、あの運動着としては些か刺激的すぎるコスチュームに興味を抱くのは、一般的と言っていい。俺だってそうだ。
「レイ先輩のブルマ姿、見たくないんですか?」
「……」
俺は奥歯を噛みしめた。
見たくないと言ったら、大嘘になる。しかし、見たいとも言えないのが、俺の心を苦しめた。
「凛太郎が見たいなら……考える」
少し頬を赤らめた玲に、心臓を撃ち抜かれそうになった。
頭の中に、ブルマを着て恥じらう玲が浮かび上がる。
くそっ、悪くないな。
「まあ別に、ブルマじゃなくてもいいんです。メイド服、チャイナ服、浴衣、水着……なんでもいいから、とにかくレイ先輩にいろんな服を着て欲しくて」
「……どうして?」
「だって、レイ先輩って可愛いくて綺麗でスタイルもいいじゃないですか! 何を着せたって映えますよ! バエバエです!」
柴又からマシンガンの如く褒められ、玲の頬がポッと赤くなる。
「ばえばえ……? よく分からないけど、そんなに褒められると、さすがに照れる」
「おい、なんか絆されてねぇか……?」
これで柴又の要望を受け入れたら、ちょろいにもほどがある。
「私、衣装が大好きなんです! 普段着る服も好きですけど、衣装って、みんなを笑顔にするじゃないですか。推しの新衣装とか、みんなたまらなく好きでしょ? エンタメと美の共存……これがどうにもたまらなくって!」
柴又は、自分の肩を抱いて、くねくねと揺れる。
ステージの上に立つ彼女と、あまりにも様子が違う。
これまでの経験上、アイドルにまともなやつはいないというのは分かっているが、こいつは群を抜いて癖が強い。
「特に、ステージに立つための衣装って、究極の美だと思うんです! だって、人に見てもらうことに特化した服ってことじゃないですか!」
「言ってることは分からないでもないが、それと玲にブルマを着させることに、なんの繋がりがあるんだよ」
「あ、ブルマは私の趣味です」
「趣味で先輩にコスプレさせようとか、お前結構いい度胸してるな……」
玲が優しいやつだったからよかったものの、これが気難しいやつだったら、いくら期待されている新人アイドルだろうが、立場が危うくなると思う。
「究極の美を身につけるには、着る側にもそれ相応の〝資格〟が求められます。衣装に〝着られる〟のではなく、衣装を着こなし、調和できなければ、それを着る資格はないと私は考えます」
柴又は、ふんすっと鼻息を荒くし、胸を張った。
「その点、レイ先輩はどんな服でも似合う最高の〝資格〟をお持ちです!」
急に猫なで声になった柴又は、玲にすり寄った。
カノンやミアからダル絡みされても、常にすまし顔なあの玲が、珍しく鬱陶しそうな顔をしている。
この女、ある意味ただ者ではない。
「もう無限にいろんな服を着てほしいんです! そしてそれを、私に見せてほしい!」
「見て、どうするの?」
「それはもう! 参考にさせていただきます!」
「参考?」
「はい! 私、アイドルよりも、アイドル衣装のデザイナーになりたいんです!」
今をときめく新人アイドルグループにおいて、センターを任されている彼女は、はっきりとそう言った。




