71-3
その日の放課後のことである。
「し、志藤君! 私と、付き合ってください!」
俺の前で頭を下げるこのクラスメイトは、昨日俺が手を貸した女子のひとりだ。
話があると言われて、さすがの俺でも察しはついていたが、こうして実際に告白されると、やはり面食らってしまう。
さて、この告白に対する答えは、もう決まっていた。
「ごめん、君の気持ちには応えられない」
「っ!」
顔を上げた彼女の顔は、ひどく引きつっていた。
彼女の名前は、吉岡。はっきり言って、俺が彼女について知っていることは、その程度でしかない。好きなものも、苦手なものも、部活すら知らない。
そんな状態で、付き合うなんて考えられない。
本人も、それは理解しているようで、悲しげでありながらも笑みを浮かべた。
「ありがとう、はっきり言ってくれて。これで受験に集中できるよ」
「参考までに訊きたいんだけど、君は、俺のどこを気に入ってくれたの?」
「……実はね。前まで志藤君のこと、ちょっと胡散臭い人だと思ってたんだ」
思わぬナイフが飛んできて、ダメージを受けた。
自分でも分かっていたが、改めて言われると、若干ショックだ。
「でも、最近はすごく明るい感じで、話しかけやすいっていうか……顔だってかっこいいし」
「え」
思わず自分の顔を触る。
最近、食事に気を遣っているためか、体つきは変わってきている。顔に変化が生まれているとしたら、その影響だろうか?
「そろそろ戻ろっか。ごめんね、時間もらっちゃって」
「全然大丈夫。気にしないで」
「これからも、普通に話しかけていいかな?」
「もちろん」
吉岡は、ホッとしたように笑った。
二人で教室に戻ろうとすると、不意に背後から視線を感じた。
反射的に振り返るが、そこには誰もいなかった。
◇◆◇
凛太郎たちが去っていったあと、物陰に隠れていた雪緒が、ひょっこり顔を出した。
「あ、危なかったね」
同じ物陰から、呆然とした様子の玲が現れる。
教室にて、凛太郎が吉岡から呼び出される瞬間を見てしまった二人は、失礼だと分かっていながら、思わずあとをつけてしまった。
「凛太郎が、モテモテ……」
「まあ、仕方ないよ。最近の凛太郎、他の人にも優しくなったし」
これまで、志藤凛太郎という男は、他人に対して無関心を貫くタイプだった。
懐に入った者とそうでない者を完全に区別し、決して弱みを見せようとはせず、常に猫をかぶり、他者との距離を保っていた。
それが最近になって、人を遠ざけるような言動をしなくなった。
猫はかぶっているものの、それは言葉を選んでいるだけで、彼はしっかりと本心で話している。本人は自覚していないが、過去の態度とのギャップから、好意を抱かれることが増えているのである。
「もともと、凛太郎ってすごく優しいからね。いつも仮面をかぶってたから、ちょっと分かりづらかっただけでさ」
「分かる……でも、やっぱり複雑」
「分かる~」
雪緒が唸ったのを見て、玲は驚いた。
普段、ニコニコと柔らかい雰囲気の彼が、今はやさぐれた雰囲気を醸し出している。
「あ、えっと……実は、僕もちょっと不満があってさ」
深くため息をついた雪緒は、先ほどの告白現場に視線を向けた。
「これまで見向きもしなかったのに、凛太郎が変わった途端にアプローチするなんて、虫が良すぎるっていうか……。いや、最低だな、僕」
雪緒は、困ったように天を仰いだ。
「こういうの、厄介な古参ファンっていうんだろうね」
「稲葉君は、凛太郎のファン?」
「うん。だって、凛太郎は僕のヒーローだから」
雪緒の目には、キラキラとした憧れが宿っていた。
「でも……凛太郎が変わったのは、間違いなくいいことだし、仕方ないよね」
「ん。それは絶対そう」
「あと僕、乙咲さんにも感謝してるんだ」
「私に?」
「やっぱり、凛太郎を変えてくれたのは乙咲さんだからね。正直、ちょっと嫉妬もあるけど」
悪戯っぽく笑う雪緒に、玲も自然と笑みを返していた。
玲だって、雪緒に嫉妬している部分はある。
雪緒は、自分よりも凛太郎と長い時間を過ごしている。二人の関係は、これからも続くだろう。すると、何をどうしようと、玲は付き合いの長さで一生雪緒に勝つことができない。
独占欲が強い玲にとって、それはどうしても悔しいもの。
しかし、この二人は凛太郎に想いを寄せる同志でもある。
二人の間には、明確な仲間意識が芽生えていた。
「乙咲さん、これからも凛太郎をお願いね」
「ん」
気づけば、二人は握手をかわしていた。




