70-8
三日目の朝。
今日でこのホテルともおさらば。入念に片づけを終えた俺たちは、キャリーケースを引きながら宿を出る。
「あっという間だったわねぇ……」
泊まっていたホテルを見上げ、カノンが寂しげに言った。
学生にはもったいないほどの、素晴らしいホテルだった。いつかまた来てみたいものだ。
キャリーケースを預けるために、一度箱根湯本駅へ。
それから俺たちは、箱根登山バスを利用し、ガラスの森美術館へと向かった。
ここでは、様々な時代のガラス細工を見ることができる。一体、どんな工程を踏めば、こんな複雑な装飾が施された作品を生み出すことができるのだろう。
美しさに見惚れた俺たちは、ほぼ無言で館内を歩き尽くした。
「いやぁ、綺麗だったね」
昼飯のために立ち寄ったフレンチレストランで、ミアがそう呟いた。
数々のガラス細工を思い出しているのか、その表情はうっとりとしている。
その隣では、玲がコクコクと頷きながら、必死にボロネーゼを口に運んでいる。
少々値段が張るだけのことはあり、ここの料理はどれも絶品だ。
俺が頼んだグリルチキンも、皮はパリパリ、中は柔らかくジューシーで、一口食べるごとに舌が喜んでいるのが分かる。
付け合わせの野菜は、しっかり旨味が凝縮されており、サラダにかかっているニンジンのドレッシングも、無限に食べられると錯覚するほど、ほどよい酸味と塩味が利いていた。
このドレッシング、なんとか家で再現できないだろうか? 今度挑戦してみるか。
店内には、プロのアーティストによる生演奏が、BGMとして流れていた。この生演奏は、毎日開催されているらしい。なんだか、この上ない贅沢をしている気分だ。
「そうだ、予約の時間は大丈夫?」
「ああ、ゆっくり飯を食うくらいの時間はある」
ガラスの森美術館に来た理由は、まだある。
その後、昼飯を終えた俺たちは、案内に従ってとある場所へと向かった。
「――――それでは、お好きなガラスをお選びください」
スタッフに言われるがまま、俺たちは壁一面に並んだガラスたちを眺める。
ここは、ガラスの森美術館にある体験工房。様々な形や色味のガラスの中から、好きなものを選んで、世界にひとつだけのアクセサリーを作ることができる場所だ。
せっかくだから、旅行の思い出を形にしたい――――。
そんな提案を玲から聞いた俺たちは、考える間もなく賛同した。そしてすぐに予約を取り、こうして訪れたというわけである。
「やっぱり、メンバーカラーは入れたいわね」
赤いガラスを見ながら、カノンは悩ましげに眉間にしわを寄せる。
ミアと玲も同じことを考えているようで、数多あるガラスを見比べていた。
さて、俺はどうしようか。三人と違い、俺にはこれといった色がない。
強いて好きな色を挙げるとすれば、黒だろうか。地味な色合いになりそうだが、身につけるのであれば奇抜すぎないほうが好みだ。
「凛太郎は黒メイン?」
「ああ、ちょっと地味すぎるか?」
「そのままでもいいとは思うけど……ちょっと提案してもいい?」
俺が頷くと、玲は赤、青、黄の小さなガラスを手渡してきた。
「黒いガラスの中に、私たちの色が浮いてたら、お星さまみたいで可愛いかなって」
「……なるほど。悪くないな」
自分にはなかった発想に、思わず感心してしまう。
メインカラーが黒だから、俺が持っていても違和感はないだろうし。
「え、それいいじゃない。みんなで揃えない?」
カノンが、横から俺たちの手元を覗き込んできた。
続いてミアも覗き込んできて、「おお」と声を漏らす。
「私もお揃いがいい」
「ボクもそれがいいな。凛太郎君は?」
俺が反対するはずがなかった。
「じゃ、決まりね!」
俺たちは、黒いガラスの中に、赤、青、黄の星が浮いているブレスレットを作ることにした。
四人の絆がより深まったようで、そのむず痒さに、自然と頬が緩んだ。
楽しい時間はあっという間ということを、実感した三日間。
名残り惜しさを感じつつ、再びロマンスカーに乗って、東京へと向かう。
乗車してすぐに、三人は、安らかな寝息を立て始めた。旅行が終わり、気が抜けたのだろう。一時間と少しの短い間だが、ゆっくり眠らせてやることにした。
「ん……」
隣に座っていた玲が、俺の肩に頭を載せてきた。
その無防備な姿に、呆れながらため息をつく。
――――隣が俺でよかったな。
そんなふうに思いながら、俺は玲の顔にかかった髪をそっと退ける。
俺は理解している。玲は、隣にいるのが俺だから、体を預けてくれているのだ。
それはきっと、とてつもなく贅沢で、幸せなことだ。
目の前で寝ているカノンとミアが、微かに身じろぎをする。それは、自分たちもいるぞと主張しているようだった。
「はいはい、分かってるよ」
俺たちはまだ、四人でひとつ。
たとえ不誠実と言われようが、今はまだ、このままで。




