70-4
デザートまでぺろりと平らげた俺たちは、満足げにホテルまで戻ってきた。
「美味しかったね、天ぷら」
「ん、特にあのキノコ」
「香茸ね。あんなに美味しいなら、他の料理でも食べてみたいわよねぇ……」
「炊き込みご飯とか美味しそうだよねぇ……」
「バターソテーとかも……」
三人の視線が、俺に集まる。
「バカ言うな。そもそもどうやって手に入れんだよ。店の人もめちゃくちゃ貴重って言ってただろ?」
「そりゃもう、アレよ、アレ」
「思いついてねぇじゃねぇか」
三人の目が泳ぎまくっているのを見て、俺はため息をつく。
ただ、面白い食材なのは間違いない。運良く手に入れたときは、こいつらの望みを叶えてやるか。
「……ご飯のこと考えてたら――――」
玲の腹が、盛大に鳴り響く。
コース料理の量では、彼女たちの腹を満たすのは難しい。俺ですら、少し物足りなさを感じている。
「まあ、こうなることは分かってたからな……」
本当は家に帰ってから作るつもりだったが、腹が減ったのなら仕方ない。
俺は、冷蔵庫からかまぼこを取り出した。
「かまぼこ⁉ いつの間に買ってたのよ⁉」
「お前らが食べ歩きに夢中になってるときだよ。ホテルで腹が減ったときのことを考えて、色々買っておいたんだ」
他にも、梅干しやうなぎの佃煮など、お土産屋で買ったものを並べていく。
すると、ここを出る前にセットしておいた炊飯器が、ピーと音を立てた。
「お、ちょうど炊けたみたいだな」
「まさか、お米まで炊いてたのかい……?」
「まあな。せっかくあるんだから、使わないと損かと思って」
ちなみにこの米も、お土産屋に売っていたものだ。
「キッチンがあってよかった。今からなんか作ってやるよ」
「いいの? 旅行先なのに……」
「いいんだよ。やりたくてやってんだから」
俺がそう言うと、三人は期待の眼差しを向けてきた。
手元にある食材には限りがあるが、これはこれでやり甲斐がある。
俺はかまぼこをスライスし、その間に梅肉ときゅうりを挟む。最後に万能ねぎを散らし、一品目は完成。
続いて、うなぎの佃煮を使って、う巻きを作っていく。
溶きたまごに、出汁、醤油、砂糖、塩を入れて、フライパンに薄く広げる。そこにうなぎの佃煮を並べて、だし巻きを作るときと同じように巻いていく。さすがに巻き簾はないため、ラップで代用し、形を整える。
最後に、グリルで焼いたアジの干物を、細かく解す。そして、炊き上がった米と混ざ合わせ、すべておにぎりにしてしまえば――――。
「ほい、夜食だぞ」
テーブルに並んだ料理を見て、三人は歓声を上げた。
「すごい、とても豪華……!」
「旅行先とは思えないわね……」
「うん、ちょっと感動かも」
こんなに褒められると、やはり悪い気はしない。
ていうか、さっきの天ぷらよりもテンション上がってないか?
「冷めないうちに食ってくれ。あ、残してもいいからな。それは明日の分に――――」
「「「いただきます!」」」
「……聞いちゃいねぇや」
俺の心配をよそに、三人は一斉に料理に箸を伸ばした。
「ん、このう巻き、お店で食べるやつより美味しい」
「いや、さすがにそいつは大袈裟だって」
俺がそう言うと、う巻きを口にしたミアが、首を横に振った。
「ボクもレイに同意するよ。こんなに美味しいう巻きは、なかなかないと思う。何か工夫してるの?」
「佃煮を買った店に、山椒のふりかけがあってな。うなぎにはよく合うし、少し混ぜてみた」「なるほどね。どうりで癖になると思った」
う巻きに舌鼓を打つ二人の隣で、カノンがかまぼこサンドを食べ漁っていた。
「このかまぼこもめちゃくちゃ美味しい! こんなに梅と合うなんて知らなかったわ!」
「それに関しちゃ、練りもの屋のかまぼこの力だな。魚の味が濃いから、上手く調和してるんだ」
そうしているうちに、すべての皿が空になってしまった。
おにぎりの皿に至っては、米粒ひとつ残っていない。
「「「ごちそうさまでした!」」」
「……お粗末様」
呆れながら、皿を片付ける。
おにぎりくらいは余ると思っていたが、俺の予想もまだまだあてにならないな。
「干物も美味しかったわねぇ。帰りに何枚か買ってかない?」
「ん、そうしよう。もっと食べたい」
これだけ食べたあとに、まだ飯の話か。
つくづく恐ろしい胃袋である。
「てか、これからどうする?」
ソファーに深く腰掛けたカノンが、顔だけをこっちへ向けた。
「お風呂はどうかな」
「ちょうどいい時間じゃないか? じゃあ、俺は大浴場に行ってくる」
風呂の準備をしようとすると、ミアに後ろから肩を掴まれた。
「まあまあ、少し待ちたまえよ」
「なんだよ……俺がいたんじゃ、お前らも入り辛いだろ?」
客室露天があるベランダとこの部屋は、ガラス一枚によって隔てられている。
故に、部屋の中から入浴中の姿が見えてしまうのだ。
そんな緊張感の中にいたら、お互い無駄に疲れるだけだろう。
「凛太郎君も、客室露天を使いなよ。せっかくついてるんだしさ」
「いや、でも――――」
「いいから、ね?」
「お、おい……離せって」
ミアに掴まれた肩が、ミシミシと音を立てる。
なんて力だ。とても引き剥がせない。
「先に入ってきなよ。こんな機会、なかなか経験できないだろう?」
「わ、分かった! 分かったから!」
ぐいぐいと押され、いつの間にか俺は、窓際に立たされていた。
ミアはニッコリと微笑むと、俺に背中を向ける。
「じゃあ、ごゆっくり」
離れたところから様子を窺っていたカノンたちと共に、ミアは寝室のほうへ引っ込む。
――――絶対に何か企んでやがる……。
経験上、風呂とミアの組み合わせは最悪だ。
これまで、もう何度いたずらを仕掛けられたか分からない。そのたびに説教しているはずなのだが、あの強かな女には、まったく通じていないようだ。
部屋を見回し、退路を探す。しかし、廊下に逃げようにも、そのためにはあいつらがいる寝室を通っていかなければならない。
「……仕方ないか」
俺は深くため息をついて、服を脱いだ。
一応、腰にはタオルを巻いて。
「はぁ~~~~」
湯船につかると、自然と声が漏れた。
夜空を見上げながら入る風呂は、気の利いた言葉が出てこなくなるほど格別だ。
心と体が、癒されているのが分かる。
大浴場に行かなかったのは、ある意味正解だったかもしれない。
周りに気を遣わずに済むというのは、癒されるための一番の条件なのだ。
「極楽だ……」
「それはよかったよ」
「……」
恐る恐る、声がしたほうへ振り返る。
そこにはタオルで体を隠したミアの姿があった。
「あ、あたしたちもいるわよ!」
「ん」
ミアの背後から、同じくタオルを巻いたカノンと玲が現れた。
三人とも、浮き上がった体のラインが、妙に艶めかしい。
「お、お前らなぁ……!」
「ふふっ、お約束ってやつだよ」
ウィンクしたミアは、自身のタオルに手をかけた。
目を逸らそうとしたときには、もう遅い。俺の目の前で、ミアのタオルがはらりと落ちる。
「じゃーん。君をからかうためだけに、用意してきました」
露わになったのは、裸体ではなく、黒い水着だった。
それに続くように、カノンと玲もタオルを外し、水着姿になった。
ホッと胸を撫で下ろし、三人を睨みつける。
パッキングのとき、玲がコソコソしていた理由が、ようやく分かった。やはり、俺の嫌な予感は当たっていたのだ。
「おい……まさか、一緒に入るとか抜かすんじゃないだろうな」
「君こそ、こんないたいけな美少女たちを、寒空の下に放置するつもりかい?」
「……」
俺は、深い深いため息をついた。
「ちゃんと洗ってこい」
「もちろんさ」
爽やかなミアの笑みが、まるで悪魔のように見えた。




