70-2
お目当ての蕎麦屋には、徒歩五分ほどで到着した。
店先には、数組の列ができていた。
「ちょっと並んでるね」
「この数ならすぐだろ。俺たちも待とうぜ」
玲の腹が奏でる間抜けなメロディーを聞きながら、俺たちは十分ほど待った。
やがて中に案内されると、そこには伝統を感じる和の雰囲気が広がっていた。
縁側沿いに並んだテーブル。奥に見える座敷。なんとも趣深い。
俺たちが案内されたのは、奥の座敷だった。
「いい雰囲気ね……!」
周囲を見回しながら、カノンがソワソワした様子で言った。
「みんな何頼む?」
ミアが広げたメニューを、揃って覗き込む。
こういうとき、俺は冒険しない。まずは、無難に定番メニューを頼む。
「俺はせいろ蕎麦の大盛にする」
「ボクも同じやつかな。それと、天ぷら蕎麦も」
「……ん?」
予期せぬ言葉が続き、俺は首を傾げた。
「あたしも天ぷら蕎麦! あと山かけ蕎麦も!」
「せいろ蕎麦と、親子丼」
そうか、こいつらは注文をひとつに絞る必要がないのだ。
食べたいものは、全部頼んで、全部食べてしまえばいいのだから。
なんと羨ましい。こういうとき、でかい胃袋は武器だな。
もう一度メニューを眺めてみるが、とてももう一品は食べられそうにない。
自分の胃袋の小ささを呪いながら、俺はメニューを閉じた。
注文を終えてしばらく待つと、続々と料理が運ばれてきた。
「「「「いただきます」」」」
メニューには、蕎麦はまず何もつけずにお召し上がりくださいと書いてあった。
早速、つゆにつけずに蕎麦を口に運ぶ。蕎麦の香りが、鼻から抜ける。そして、素朴な甘みが口の中に広がった。
何もつけていないのに、びっくりするほど美味い。
さすがにこれは、家では絶対に再現できない。
「美味しい……!」
隣に座っている玲が、夢中になって蕎麦をすすり始める。
対面にいるミアとカノンも、ひと口食べた途端に目を見開いた。
「うっま……」
「おつゆも美味しいけど、それ以上に蕎麦が美味しいね」
「あんた、いい店選んだわねぇ」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄だよ」
確かに、この店を選んだのは大正解だ。
こんなに美味い蕎麦は、そうそう食べられないだろう。
俺たちは、あっという間に頼んだ料理を食べ切ってしまった。
「はー……食った食った」
アイドルらしからぬ態度で、カノンは腹をポンポンと叩く。
あれだけあった料理が、付け合わせ含めて綺麗さっぱりなくなってしまった。
あまり自分を褒めたくはないのだが、この胃袋を毎日相手にしている俺は、結構頑張っているんじゃなかろうか。
「もうちょっと蕎麦食べたかった」
「ボクもお米が食べたかったな……このあと食べ歩きでもするかい?」
「いいわね。あたしデザート食べる!」
――――まだ食うんかい。
店を出た俺たちは、駅前の商店街へと向かった。
目的は、もちろん食べ歩き。三人には遠く及ばないが、俺だって食べ盛りの男子高校生だ。
せいろ蕎麦の大盛で、腹七分目程度。食べ歩きできる程度のキャパは残っている。
「よーし! カロリーなんてくそくらえ! 片っ端から食べまくるわよ!」
「「おー!」」
カノンの号令に、二人が腕を上げて応える。
それから彼女たちは、本当に片っ端から箱根グルメを堪能し始めた。
ソフトクリーム、ジェラート、揚げ串、カレーパン、焼きおにぎり――――他にも色々。
揚げ串あたりでリタイアした俺は、ただ三人についていくことしかできなかった。
このギチギチの腹で、夕飯が食べられるかどうか、いささか不安である。
「ふぅ……さすがにお腹いっぱいだよ」
饅頭を食べ切ったミアが、満足そうに息を吐いた。
「私も」
「あたしもー。だいぶ食べたわよね」
俺が持つビニール袋の中には、食べ歩きで出た大量のゴミが入っている。
商店街のグルメは、大体食べてしまったんじゃないだろうか。
「ホテルのチェックインの時間があるから、そろそろ向かうぞ。えっと……強羅駅のホテルだから、箱根登山線だな」
箱根湯本駅から、ホテルの最寄りである強羅駅までは、大体四十分ほど。
電車賃は四百六十円だが、俺たちには、今日のために取った箱根フリーパスがある。
箱根周辺の乗り物が乗り放題になる優れものだ。本来はネットで購入するものだが、俺たちのフリーパスは旅行券についていたため、すべてタダで乗れる。
箱根登山線に乗り込み、俺たちは強羅駅を目指す。
「すごい。自然がいっぱい」
窓から外を眺めながら、玲が目を輝かせる。
どこまでも広がる緑。都心で暮らしている俺たちには、馴染みのない光景だ。
外の景色を眺めているうちに、いつの間にか強羅駅に着いてしまった。
電車で四十分と聞くと、少し長く感じるが、景色に夢中になっていたせいで、実際の移動はあっという間だった。
「ホテルは……っと」
スマホの地図アプリを頼りに、駅から延びる坂道を上る。
立ち並ぶカフェを横目に進むと、すぐにお目当てのホテルが見えてきた。
瓦屋根の門を抜け、エントランスへ。
中に入って驚いたのは、館内全体が土足厳禁であること。靴を下駄箱に預け、俺たちはチェックインを済ませた。
「うわっ! いい部屋!」
案内された部屋は、最上階の一番大きな部屋だった。いわゆるスイートルームというやつである。
畳が敷き詰められた室内には、い草と木の香りが満ちていた。
ここで大の字になれば、心地よい昼寝が約束されるだろう。
大きなテレビの前には、俺が余裕をもって横になれるほどのソファーがあった。
沈み込む感覚が癖になりそうだ。さすがは高級ホテル。どれもクオリティが桁違いである。
部屋の隅には、小さなキッチンがあった。コンロはIHで、調理器具や基本的な調味料は揃っている。これなら、簡単な料理くらいはできそうだ。
「せっかくだから館内を見て回りたいんだけど、みんなで行かない?」
「賛成! 面白いもの探すわよ!」
「ん、私も賛成」
「じゃあ俺も」
「よかった。それじゃあ、みんなで行こう」




