69-3
「この服可愛い」
近くの服屋に入るなり、玲がマネキンの着ている服を見て言った。
それは、白いフリルのワンピースだった。玲の言う通り、とても可愛らしい。
「いいね。ボクだとこういうのは似合わないから、着れる人が羨ましいな」
「そう? 寒色のワンピースなら、あんたにも似合うやつあるでしょ」
「いや、そもそもスカートがさ――――」
服について語り出した三人を、はたから眺めていた。
急に専門的な言葉が飛び交い始めて、俺程度の知識では、とてもついていけない。
「凛太郎はどう思う?」
「へ?」
ぼーっとして時間が過ぎるのを待っていると、突然玲に声をかけられ、俺は正気に戻った。
どうやら、さっきの服に対しての感想を訊かれているようだ。
「ま、まあ、可愛いんじゃねぇか?」
「ダメダメ! そんな曖昧な回答じゃ! もっとズバッと言いなさい!」
「なんで怒られてんだよ……。うーん、ズバッと言えって言われてもな」
改めて、ワンピースを眺める。
これを玲が着ているところを想像すると、それだけで頬が緩んだ。
「……絶対に似合うと思う」
俺がそう言うと、玲の顔がパッと明るくなる。
「ちょっと試着してくる」
自分のサイズのワンピースを手に取った玲は、店員に声をかけ、意気揚々と試着室へと向かった。
玲の会計を待っている間、カノンが俺の胸をトンッと叩く。
「やるじゃない」と言わんばかりの顔に、少しイラっとした。
しばらくして、試着室のカーテンが開き、ワンピース姿の玲が現れた。
「どう?」
照れた様子で、玲がスカートの裾を摘まむ。
忘れがちだが、玲は良家のお嬢様でもある。培われた気品と、清楚なワンピース姿が相まって、まるで童話の中の姫のような美しさだった。
俺が言葉を失っていると、左右からミアとカノンの視線を感じた。
さっさと感想を言え。そう言われているようだ。
「……綺麗だ」
なんとか絞り出せたのは、そんな言葉だった。
人を褒める照れ臭さとか、ありきたりな言葉しか言えない情けなさとか、素晴らしいものを見たことに対する感動とか、様々な感情が混ざり合い、たった一言口にするだけで、舌がもつれそうになった。
「嬉しい」
そんな一言と共に、玲は幸せそうな笑みを浮かべる。
「羨ましいね。最高の誉め言葉じゃないか」
「ちぇ、妬けるわ」
不機嫌そうなミアとカノンを見て、俺と玲は苦笑いを浮かべた。
俺が持つ紙袋には、玲が買ったワンピースが入っている。試着して相当気に入ったらしく、あのあとすぐに購入したのだ。
思ったよりも嵩張るが、まだ大した重さではない。
俺は紙袋を持ち直し、三人についていく。
「そうだ、あたし靴見たいかも」
靴屋を見て、カノンがそう言いだした。
「ボクも見ておこうかな」
「私も、オシャレで歩きやすいのがほしい」
三人が靴屋に吸い込まれていく。
靴を三足も買うとなると、荷物はかなり増えるだろう。
先が思いやられるが、それも仕方あるまい。荷物持ちを買って出てしまった以上、今更下りるのはプライドが許さない。
俺は気合いを入れ直し、三人を追って靴屋に入った。
「あ、これ可愛い!」
早速何か見つけたようで、カノンが店の中をずんずんと進んでいく。
そこにあったのは、厚底のスニーカーだった。靴紐がラッピングで使うようなリボンのようで、なんとも可愛らしい。
「カノン、これ似合いそう」
「やっぱそう思う? とりあえず試し履きしてみよっと」
カノンは慣れた様子で店員に声をかけ、自分のサイズに合った靴を用意してもらった。
早速履いてみると、確かにカノンによく似合っている。
「うん、思った通り! 凛太郎、あんたはどう思う?」
「いや、自分で気に入ってんなら、それでいいだろ」
「あんたの意見が聞きたいの!」
カノンの勢いに押され、思わず仰け反る。
そう言われても、俺が言えることはひとつだけだった。
「似合ってるよ……」
「ほんと⁉」
「ほんとだって」
俺がそう言うと、カノンは嬉しそうに足元を見た。
「よし、買うわ」
鼻息を荒くしたカノンは、すぐに会計を済ませた。
この思いきりのよさは、是非とも見習いたいものだ。
「……で、お前らは何買うんだ?」
カノンを待っている間に、俺はミアと玲に問いかけた。
「ボクはパンプスかな。デニムを穿いていくつもりだから、足が綺麗に見える靴が欲しくてね。パンプスならバッチリ似合うと思うんだ」
「ん、ミアなら絶対似合う」
「レイは何を買うの?」
「私はメリージェーンにしようかなって」
「おお、いいね。さっきのワンピースにも合いそうだし」
二人の話をボーっと聞いていると、ミアが心配そうにこっちを見てきた。
「なんだよ」
「もしかして、置いてけぼりにしちゃったかと思ってね。男の子にはなかなか縁がない話だろうし」
「いや、言ってることは分かるぞ?」
パンプスは、靴紐がなくて、足の甲が大きく空いてるもの。
メリージェーンは、パンプスと同じく足の甲が出ているが、そこに留め金やバンドがついているもの。
店内にあるパンプスとメリージェーンを指差すと、ミアは意外そうな顔をした。
「ごめん、そういうのに興味なさそうだったから、ちょっと驚いちゃった。どこで知ったんだい?」
「優月先生のとこだよ。仕事に使う資料でな」
服の形状や名称は、仕事場にいるうちに、自然と頭に入っていた。
おかげでミアたちの話も、少しは理解できる。まあ、ファッションセンスがあるかどうかは別問題だから、わざわざ話には入らないが。
「買ってきたわよ!」
会計を終えたカノンが、俺たちのもとに戻ってきた。
俺が手を差し出すと、カノンは靴が入った紙袋を渡してきた。
「ありがと。それで、なんの話してたの?」
「凛太郎が、女子の服に詳しいって話をしてた」
「え、そうなの? ……ますます優良物件ね」
カノンが、品定めをするような視線を向けてくる。
女物のファッションについて少し知っているだけで、どうして高い評価をもらえるのか、甚だ疑問である。
「っと、ボクらも早く選ばないとね」
「ん」
二人が靴を選び始めたため、俺とカノンはしばらく待つことにした。
「ただでさえあたしらの買い物は長いのに、三人分も付き合わせて悪いわね」
「急にどうした?」
突然謝られた俺は、訝しげな顔をした。
まさか、まだ何か俺に要求があるのか?
「そう警戒しないでよ。ほら、前のデートでも、買い物に付き合ってもらたじゃない? やっぱりあれ、退屈させたんじゃないかって心配で」
「ははっ、まだ気にしてんのか」
俺が笑うと、カノンはムッとした顔になった。
「だ、だって、デートなんて初めてだったし! 不安にもなるでしょうが!」
「悪い悪い。お前が心配するようなことは何もねぇよ。俺は楽しかったぞ?」
天真爛漫なイメージで活動しているカノンだが、裏では誰よりも考えてアイドルに向き合っている。あの日は、それがよく分かる一日だった。
俺にとっては、価値ある一日だったのだ。
「お前らと一緒にいて、退屈だなんて思ったことは一度もねぇよ。まあ、お前らはどうか知らねぇけどな」
俺はつまらない男だ。
考え方は捻くれているし、明るくもないし、話が上手いわけでも、博識でもない。
それに対して、こいつらには華がある。そこにいるだけで、人を惹きつけるカリスマ性がある。人との関わりにおいて、それは分かりやすく優れた武器だ。
「ぷっ、あんたも、変なところ気にしてるのね」
カノンは、噴き出すように笑った。
「あたしは楽しいわよ。あんたが一緒にいてくれるだけでね」
優しく微笑んだカノンに、自然と意識が吸い寄せられる。
ほら、こういうところなのだ。
「二人とも、ちょっと意見もらっていいかな」
離れたところからミアに声をかけられ、俺の意識は現実に引き戻された。
「分かったわ! ほら、あんたも行くわよ」
「……はいはい」
カノンに手を引かれ、俺はミアのもとへ向かった。




