68-1 福引き
四人で過ごす初めてのバレンタインが終わり、数日が経った。
花粉の飛散が始まった――――そんなニュースを聞きながら、俺は夕食の準備をする。
「今から飯作るけど、食いたいものあるか?」
キッチンから、リビングに声をかける。
そこには、玲とカノンの姿があった。
ミアの姿はない。前に言っていた、ソロ曲のレッスンで忙しいらしい。
「あたしは思いつかないわね……。レイは?」
「ん……じゃあ、肉じゃが」
「あら、いいじゃない」
肉じゃがか。
なんとなく嫌な予感がして、冷蔵庫の野菜室を開ける。
「……あー」
嫌な予感が的中した。
どれだけ探しても、たまねぎの姿が見えない。
よく使うからこそ、常に大量に用意していたのだが、それが逆に油断に繋がったのか、ここ数日で使いすぎてしまったようだ。
「悪い、ちょっとたまねぎ買ってくるわ」
「ん、ついていく?」
「いや、寒いからいいよ。お前らはダラダラしとけ」
「「はーい」」
気の抜けた返事に苦笑いしつつ、俺は家を出た。
外に出た途端、冬の冷たい空気が頬を撫でた。
いや、撫でたなんて生易しいものじゃない。一瞬にして冷え切った頬は、もはや斬り裂かれたようなものだ。
「さっむ……」
コートのポケットに手を突っ込んで、俺は早足でスーパーを目指す。
こんなに寒いのに、あと数か月もすれば春が来るなんて、とても信じられない。
間抜けな話だが、こうも寒い日が続くと、暖かい季節のことを忘れてしまうのだ。
とはいえ、毎年春は必ずやって来るし、なんなら、呼んでもないのに、クッソ暑い夏だってやって来る。
そんな当たり前のことを、なんとなく不思議に思う瞬間がある。
季節なんてないほうが楽なのに。そう思う自分もいるが、それはそれで別の苦労が生まれるのだろう。
どっちに転ぼうと、嫌なことは必ずついてくる。
出会いもそうだ。出会わなければ、別れを苦しむ必要はない。
だけど、出会ったことで得られる喜びや幸せがある。
ならば、出会わないことの苦しみは、その喜びや幸せを知らないまま生きる、ということになるのだろうか。
玲たちの顔が、脳裏をよぎる。
ああ、どうにも俺らしくない。
これだから冬は苦手なのだ。
春――――別れの季節が近づいてくる気がして、こうしてたまに、センチメンタルになってしまうから。
――――何か、面白いものでもあればなぁ。
この先の不安が、すべて吹き飛んでしまうような、そんな面白いもの。
そんなことを考えているうちに、俺はスーパーについていた。
夕方のスーパーは、割と混んでいる。俺は手早く必要なものをかごに入れて、レジへ持っていった。
「こちら、商店街の福引券になります。よければどうぞ」
「あ、どうも……」
若いバイトの店員から渡されたのは、安っぽい一枚の券だった。
福引か、長らくやってないな。
スーパーを出た俺は、近くの商店街へ向かった。
福引なんて、どうせろくなものは当たらない。
ただ、もしかしたら――――。
根拠のない期待を頼りに、俺は福引会場の前に立った。
「おにいさん! 福引ですかい?」
「はい。一回お願いします」
「よし来た!」
受付のおじさんに、券を渡す。
景品には、最新ゲーム機や掃除機、テレビなどが並んでいる。
――――一等は、箱根旅行のファミリーチケットか……。
まあ、どうせ当たらないものに思いを馳せても仕方がない。
強いて狙うものがあるとすれば、掃除機か。そろそろ買い替え時な気がしていたし、当たってくれたらちょうどいい。
「そんじゃ、張り切ってどうぞ!」
やかましいおじさんの声を合図に、俺はガラガラを回す。
周りの視線が受け皿に集まる中、穴からこぼれ落ちたのは、金色の玉だった。
「……え?」
「お、おお、おめでとうございまーす!」
受付のおじさんが、クラッカーを鳴らす。
何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くす俺に、金封が手渡される。
「こちら一等の、箱根旅行のファミリーチケットです! 四枚入ってるんで、ぜひご家族やお友達とお使いください!」
「ど、どうも……」
一等。箱根旅行。
そんな言葉が、頭の中をグルグルと駆け巡る。
呆然としたまま福引所を離れた俺は、ようやくそこで冷静になってきた。
――――四人、か。
改めて、金封を見る。
誰と行くか。……いや、考えるまでもないか。
俺は、行きと同じく、早足で帰路につく。
冬の寒さは、いつの間にか気にならなくなっていた。




