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「俺からも、日頃の感謝ってやつだ」
「エクレアにマカロン⁉ こんなのいつの間に作ってたのよ……」
「ここ数日、お前ら結構家を留守にしてただろ? そんときだよ」
「そ、そんなあっさり作れるものなのね……」
目をまん丸にしている三人の顔が面白くて、思わず笑ってしまう。
「お前らだって、時間さえあれば作れるさ。俺にくれた菓子だって、めちゃくちゃ上手く作れたんだから」
褒めた途端、三人はドヤ顔になった。
本当に分かりやすいな、こいつら。
「そうだ。あと、ちょっとした遊び心で作ってみたんだが……」
「え、まだあるのかい?」
「いや、同じエクレアだよ」
そう言いながら三人に見せたのは、赤、青、黄色のチョコレートがコーティングされたエクレアだった。
その上には、星型に固めたチョコレートが載っている。
「見ての通り、お前らをイメージして作ってみた。我ながら、結構いい出来だと思ってさ」
「すごい……これ、どうやったの?」
「ホワイトチョコに、食紅を混ぜたんだ。簡単だろ?」
「へー……」
玲のやつ、イマイチ分かってなさそうだな。
「凛太郎君。これ、写真撮ってもいいかな」
「あ、ああ、別にいいぞ」
珍しく興奮した様子のミアが、スマホで写真を撮り始める。
それに続いて、カノンも玲も、自分のスマホでエクレアを写真に収めた。
「SNSで自慢したいけど、やっぱりダメよね⁉」
「マネージャーに相談してみよう」
「ん、それがいい」
三人が喜んでくれているのを見て、俺も嬉しくなる。
ぶっちゃけ、なかなか思った色に染まってくれなくて、大変な思いをしたのだが、この様子を見ることができただけで、その努力がすべて報われた気がした。
「すぐにコーヒー淹れてくるから、みんなで食おうぜ」
そう言って、俺はキッチンに向かった。
「おお……! 確かに、シナモンの香りがするね。すごく美味しいよ」
カノンのマフィンを口にしたミアが、驚いた様子で言った。
「すごい。でも、悔しい」
「まったくだよ。ずるいじゃないか、隠し味なんて」
不満そうな二人に対し、カノンは勝ち誇る。
「こういうところで差を見せつけとかないとね。一応、ミルスタの常識人枠ですから?」
「おや、それだとまるでボクらが変人みたいじゃないか」
「そう言ってんのよ」
二人には悪いが、俺もカノンと同意見である。
玲とミアは、できることとできないことが極端すぎる。
「こっちのクッキーが、レイの作ったやつよね?」
「そう」
「ふん……ま、レイにしては上手じゃない」
若干悔しそうな顔をしながら、カノンは玲のクッキーを口に運んだ。
もっと素直に褒めたらいいのに。
「ミアのタルト、濃厚で美味しい」
「ありがとう。でも、凛太郎君用に甘さ控えめだから、二人はもっと甘いほうがよかったかな」
「確かに甘いほうが好きだけど、今日は甘いものづくしだし、むしろちょうどいいわ」
「そっか、ならよかった」
これで、彼女たちは互いの菓子を食べ合った。
残すは、俺の作ったものだけ。
「凛太郎君のエクレアも、そろそろ食べていいかい?」
「ああ、好きに食ってくれ」
なんて言いながら、俺は少し不安になっていた。
三人が作った菓子が、想像以上のクオリティだったせいだ。
これでエクレアが期待外れと思われようものなら、ショックで寝込む気がする。
そんな俺の緊張を察したのか、突然カノンがにやりと笑った。
「あらあら! もしかして凛太郎、緊張してるのかしら⁉」
「ぐっ……」
「珍しいわねぇ! それだけあたしたちのお菓子のクオリティが高かったってことかしら!」
ことごとく図星を突かれ、俺は天を仰ぐ。
こんなに言い返せないことって、これまでの人生でもかなり珍しい。
「まあまあ! このカノン様が、あんたのエクレアを審査して――――」
エクレアを頬張ったカノンが、一瞬にして視界から消えた。
「……ん?」
テーブルの下を覗き込むと、そこには崩れ落ちたカノンの姿があった。
プルプルと震えている彼女を見て、俺は唖然とする。
「えっと、どうした?」
「……反則よ」
「え?」
「反則でしょ! これ! 手作りなのよね⁉ 市販のやつじゃないのよね⁉」
「お、おう。生地もクリームも俺が作ったぞ」
「美味すぎる……! どうしろって言うのよォ」
どういうわけか、カノンはエクレアを持ったまま泣き始めてしまった。
その顔からは、色々な感情が読み取れる。
何はともあれ、気に入ってくれたようだ。
「感動するほど美味しいみたいだね。ボクもいただくよ」
「いただきます……」
そう言って、ミアと玲もエクレアを口に運んだ。
その顔が一瞬にして笑顔になったことで、俺はグッと拳を握った。
「……カノンが泣き崩れるわけだ。さすがにこれは、どうやっても敵わないね」
「ん……格の違いを思い知った」
「おいおい、大袈裟だろ」
肩を竦めつつも、俺はにやけ顔を抑えるので必死だった。
この家にいる間、料理は俺の専売特許。彼女たちに抜かれるようでは、アイデンティティを失うところだった。
まあ、それはそれとして――――。
「お前ら、本当にすげぇよ」
並んでいる菓子を眺めながら、俺は言った。
忙しい日々を送る三人が、こんなにチョコを用意してくれた。
彼女たちの料理スキルのなさは、俺が一番よく分かっているつもりだ。
特に、ミアと玲は、ここまで仕上げるために、何度も練習と失敗を重ねたことだろう。
チョコをもらったことへの直接的な喜びよりも、それほどの時間を割いてくれたことが、俺は何よりも嬉しかった。
俺の誉め言葉が効いたのか、三人は照れた様子で、顔を見合わせる。
「……ん?」
ふと、俺は彼女たちの菓子の包みに違和感を覚えた。
俺がもらったものとまったく同じだと思っていたが、何かが違う気がする。
「――――あっ!」
その違和感が、リボンの色からくるものだということに、俺は間もなく気がついた。
「凛太郎、どうしたの?」
「いや、包みのリボンの色がさ、俺のだけピンク色だったなーって」
彼女たちがお互いに交換した包みには、すべて白色のリボンが結ばれていた。
ピンク色のリボンは、俺のやつだけ。
違和感の正体に気づき、頭がスッキリと晴れやかになる。
ただ、何故色が違うのだろう? 俺のやつだけ中身が違い、それを見分けるため、とか?
「はぁ……何よ、あんたらもやったわけ?」
「当然だよ」
「ん、こういうの、憧れてた」
どうやら、三人で合わせていたわけでもないらしい。
俺が首を傾げていると、カノンが深くため息をついた。
「はぁ~、本当に凛太郎は鈍感ねぇ」
「? なんの話だ?」
「女の子はね、特別な男子に渡すやつだけ、他のと違う目印をつけたりするもんなのよ」
「……あ」
なるほど、そういうことか。
「ピンクのリボンは、特別感を演出するためのものだよ」
「ん。でも、色が被るとは思ってなかった」
「そうね、誤算だったわ」
そう言って、三人は笑った。
ピンクのリボンは、特別の証……か。
中身はもう食べてしまったけれど、このリボンは取っておこう。
柄にもなく、そうしたいと思った。




