66-2
「――――バレてないわよね」
凛太郎が私たちの部屋に荷物を持って行ってくれたタイミングで、カノンが小声で言った。
私とカノンは、外に隠しておいた手作りお菓子を回収し、凛太郎が戻ってくる前に、普段使われていない戸棚に素早く隠す。
自室に隠したほうが見つからないと思われるかもしれないけど、今日は凛太郎が私たちの部屋を掃除してくれる日だから、逆に危ない。
帰りが遅くなったのは、事務所のスタジオで明日のためのお菓子を作っていたからだ。
ちなみに、ソロ曲の練習が始まっているのは本当。
レッスンだけならこんなに疲れなかっただろうけど、そこにお菓子作りが被ったことで、肉体的疲労に精神的疲労が重なっている……という状態だった。
「凛太郎、喜んでくれるかな……」
お菓子を隠し終わった私は、思わず不安を口にしていた。
そんな私を、カノンが鼻で笑う。
「何バカなこと言ってんのよ。あたしたちは、あのミルフィーユスターズなのよ? あたしらからチョコをもらって、喜ばない男がこの世にいると思う?」
「信じられないほどの自信……」
「それだけのことを努力してきた自負があるからね。……まあ、ガチのダメだしされたら、割とへこむかもしれないけど」
ああ、それは怖い。
『もう少し甘さ控えめのほうがよかったな。こんなの食ったら糖尿病になっちまうぜ』
勝手に凛太郎のセリフを想像し、胸が苦しくなる。
いや、果たして本当にこんなことを言われるだろうか?
凛太郎なら、もう少しオブラートに包んでくれそうな気もする。
いずれにせよ、確かにへこむ。
「まあまあ、凛太郎君もそんな野暮なことは言わないんじゃない?」
振り向くと、そこにはミアがいた。
「おかえり、二人とも。レッスンは厳しかったかい?」
「まあね。あんたも来週覚悟しておきなさいよ」
「それは怖いね。気を引き締めなきゃ」
「そうだ。あんたはもうお菓子隠した?」
「え? ああ、うん。ボクは事務所の冷蔵庫に置いてきたよ。明日、学校帰りに回収してくるつもりさ」
「事務所の冷蔵庫……」
私とカノンは、顔を見合わせた。
――――その手があったか……。
お互いの顔が、そう言っていた。
「そうだ、ひとつ提案があるんだけど」
「何よ、突然」
「凛太郎君にチョコを渡す順番を決めない?」
その提案を受けて、私とカノンは顔を見合わせた。
「ほら、全員でまとめて渡すってなると、雰囲気がないっていうかさ」
「なるほど……。せっかくのバレンタインだし。確かに二人きりで渡したいわよね」
私は頷いて、二人に同意した。
「じゃあ決まりだ。チョコはひとりずつ渡そう。そして、凛太郎君がチョコを食べている間は、誰も邪魔しないってことで」
「ん、分かった」
「いいわよ。じゃ、今からその順番を決めるってことね」
何かを決めるとき、私たちは必ずこれを使って決める。
「「「さーいしょーはグー!」」」
私は、パーを出した。
◇◆◇
バレンタイン当日。
教室内の緊張は最高潮に達し、朝から異様な雰囲気に包まれていた。
「お、おいお前ら! お、俺の下駄箱にチョコが――――」
「ざんねーん! それ入れたの俺たちでーす!」
「ふざけんなチクショー!」
仲のいい男子たちの、ふざけたやり取りが聞こえてくる。
人の気持ちを弄ぶのはどうかと思うが、楽しそうで何よりである。
「お、おはよう……凛太郎」
「おう、雪緒……って、なんじゃそりゃ」
「ここ来るまでに、たくさんもらっちゃって」
大量のチョコを抱えて現れた雪緒に、男子たちの嫉妬の視線が突き刺さっている。
雪緒は居心地が悪そうにしながら、チョコレートを手提げ袋に入れ始めた。
「去年、持って帰るだけで大変だったからさ。一応持ってきてよかったよ」
「相変わらずとんでもねぇ人気だな」
「あはは……」
乾いた笑いを浮かべる雪緒は、間違いなく困っていた。
優しい性格が災いして、他人の好意を無碍に扱うことができないのが、かえって自身の首を絞めている。
「……明日でよければ、全部うちに持ってこいよ。一緒に開けようぜ」
「いいの⁉」
「それでお前の負担が減るならな」
胃袋的にも、精神的にも、手伝えることがあるのなら、なんでも協力するつもりだった。
「ありがとう! さすがに、処分しちゃうのはもったいないからね」
「だな」
「ちなみに、凛太郎はもうチョコもらった?」
俺は黙って首を横に振った。
「あー、みんな見る目がないね。僕なんかより、凛太郎のほうがよっぽどかっこいいのに」
「ははっ、そういう問題でもないんだろうな。あ、でも、義理はもらったぜ」
そう言って、俺は鞄にしまったチョコの包みを見せた。
教室では、今年も女子たちによる義理チョコの配布が行われている。
クラス分のチョコを作ってくるなんて、結構な重労働だが、そんな献身的な女子たちのおかげで、俺たち非モテ男子も、チョコにありつけるというわけだ。
ありがたい話だが、ホワイトデーのことを考えると、個人的には喜びよりも面倒臭さが勝ってしまう。
だから他のやつらと一緒に盛り上がれないんだよなぁ……。
「うーっす」
「二人とも、おはよう」
そんな話をしていると、クラスで一、二を争うモテ男どもが姿を現した。
祐介と竜二の手には、それぞれチョコが入った紙袋が握られている。
「早速格の違いを見せてんなぁ……」
「ああ、これか。下駄箱に詰め込まれててさ。内履きが取り出せなくて困っちゃったよ」
とんでもねぇセリフだ。
チョコには興味ないが、人生で一度くらい同じセリフを言ってみたい。
「ったく、オレたちに渡しても意味ねーってのに」
「うーん……確かにそうだよね」
たとえ恋人がいると分かっていても、これだけの女子が二人を諦められずにいるというわけか。すごい根性だと思う。もちろん、決してバカにしているわけではない。
「そんだけもらってたら、さすがにもういらねぇか」
こいつらには世話になっているから、俺も一応用意してはみたのだが、この様子だと、これ以上の菓子は迷惑になるだけかもしれない。
「も、もしかして、凛太郎も作ってきてくれたの……⁉」
「まあな。大したもんは作れなかったけど」
そう言って、俺は簡単にラッピングをした袋を三人に渡した。




