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64-4

「さっき押したとこ、結構痛そうだったな」

「まあね。いつも重点的に揉むところなのよ」

「なるほど、じゃあ俺も念入りにやったほうがよさそうだな」


 さっきとは違い、老廃物を流すことをイメージしながら、カノンのふくらはぎを揉む。


「ぐぅ……!」

「ん、やっぱり痛むか?」

「ギリギリ……痛気持ちいくらい」

「それって大丈夫なのか?」

「うん、このままお願い」


 本人が言うならと、俺は手を動かしていく。


「ぎっ……いぃぃぃぃぃ」


――――本当に大丈夫なのだろうか。


 揉むたびに、まるで拷問でも受けているかのような声が漏れているのだが。


「おい……」

「気にしないで……! ちゃんと気持ちいいから!」

「そ、そうか」


 俺は頷いて、マッサージを続ける。

 最初は罪悪感があったが、揉んでいるうちにカノンの反応が面白くなってきて、楽しみ始めている自分がいることに気づいた。

 ついつい、痛みがあると分かっていながら、ツボを押してしまう。


「いだぁあああい! ちょっと! わざとやってるでしょ⁉」

「悪い悪い。反応が面白くてさ」


 足つぼマッサージ師が楽しそうに施術する理由が、よく分かった。

 自分の手で人が悶えているというのは、思っていた以上に面白い。


「もう……もっと優しくしてよ」


 潤んだ瞳で言われ、またもや心臓が跳ねる。


「わ、分かった。気をつける」


 俺は心を無にして、マッサージに集中することにした。



「んー! すごい! 足がめっちゃ軽いわ!」


 ベッドに腰かけながら、カノンは足をバタバタと動かした。

 後始末をしながら、俺はふぅと息を吐く。


「相当念入りに揉んだからな。楽になったみたいでよかったよ」

「できれば毎週頼みたいくらいだわ」

「そいつは光栄だね」

「え……てっきり、面倒って言われるかと思ったわ」

「言うかよ。お前が快適に過ごせるようになるほうが重要だ」

「ブレないわね、あんた」


 そう言って、カノンは呆れ気味に笑った。


「ま、そういうところが気に入ってるんだけどね」


 立ち上がったカノンは、俺に背を向けた。


「じゃ、レイ呼んでくるわ」

「おう、頼んだ」

「……変なことしたらダメだから」

「するかよ」

「絶対だからね。……あたしにもしてないんだから」


 どういう意味だよ――――と訊く前に、カノンは部屋から出ていってしまった。

 どいつもこいつも、心臓に悪いことばっかり言いやがって……。



「凛太郎、入ってもいい?」

「ああ、いいぞ」


 玲が部屋に入ってきた。

 薄着の彼女は、どこかソワソワした様子で部屋を見回した。


「どうした? 別に見慣れてるだろ?」

「ん……でも、なんか、いつもよりドキドキする」


 玲の頬が赤くなる。

 それを見た俺も意識してしまって、思わず視線を逸らした。


「ほ、ほら、早く横になれよ」

「ん。うつ伏せ?」

「あ、ああ、そう、うつ伏せで」


 慌ててそう付け足すと、玲はベッドにうつ伏せで横になった。

 彼女の上半身に薄手の毛布をかけ、手にボディークリームを塗る。


「一応、痛すぎたりしたら言えよ。揉み返しとかあるかもしれないから」

「大丈夫。体の柔らかさには自信がある。きっと揉み心地もいい」

「そういうことは言わなくていいんだよ……」


 玲の足に触れる。

 そこで、玲の言葉が決して誇張されたものではないことが分かった。

 ミアやカノンと比べると、足の柔らかさが全然違う。

 二人の足にこの手で触れて分かったのは、むくみがあると不自然な張りが生まれること。

 腫れているわけでもないのに、何故か硬いと感じるのだ。

 特にカノンの足は顕著だった。小石があるんじゃないかと思うくらい、硬いこりが点々と存在していた。

 しかし、玲の足はそれとはまったく違う。

 まるでスクイーズを揉んでいるかのような、張りがありつつも柔らかいという、なんとも不思議な感覚だった。

 当然、こりの感触もない。


「マジで柔らかいな……」

「嬉しい」

「こんだけ柔らかいと、俺のマッサージなんていらないんじゃないか?」

「そんなことはない。こうして凛太郎に触られているだけで、私は癒される」

「……そうかい」


 相変わらず、ナチュラルに嬉しいことを言ってくれる。

 にやける顔を隠すため、俺は顔を伏せた。

 しかし、そもそもうつ伏せに寝ている玲が俺の顔を覗き込めるわけがないことに気づき、顔を戻した。

 まずいな、もう冷静じゃなくなっている。


「ミアもカノンも、すごく喜んでた。足が軽くなったって」

「お、おお、そうか。そりゃよかったよ」

「マッサージも上手なんだね、凛太郎」

「いやいや、こんなもんまだ序の口だって。プロは別次元だぞ、きっと」

「それはそれで気になる。でも、私たちにとっては、凛太郎がしてくれることに意味がある」

「そう言ってもらえるのはありがたいけどさ……」

「照れてる?」

「訊くなって」


 図星だから。


「……ま、お前はラッキーだな」

「どうして?」

「ミアとカノンのときは、まだマッサージに慣れてなかったからさ。ようやく、コツが掴めてきたところだったんだ」


 大体どこが気持ちいのか、二人のおかげで結構分かってきた気がする。

 アキレス腱周りや、ふくらはぎ、太ももの内側は、特に念入りにほぐしたほうがいい。

 一番むくみが酷かったカノンは、ふくらはぎと太ももで絶叫していた。

 要するに、老廃物が溜まりやすい場所ということだ。


「確かに、それはラッキーかも」

「こことか、二人ともしんどそうにしてたぞ?」


 そう言いながら、俺は玲の太ももに指を当てた。


「んっ……!」


 艶っぽい声が漏れ、玲はとっさに自身の口を押さえた。


「ごめん、変な声出た」

「お、おう……」


 どうせ、なんにも意識していないんだろうな、こいつ。

 荒ぶる本能を抑え込むのも、全然楽じゃないんだけど。


「ちょっとくすぐったかった」

「ああ、痛かったわけじゃねぇのか」

「……凛太郎、なんか残念そう」

「べ、別にぃ?」


 あくまで俺はマッサージをしているだけであって、決していじめて楽しみたいわけじゃない。

 うん、そのはずだ。


「でも、本当にむくんでないんだな。カノンなんて絶叫してたのに」

「ん、聞こえてた。ミアが、カノンはむくみが酷いからって言ってたけど」

「ああ、気の毒なレベルだったよ」

「どんな感じか、ちょっと気になる」

「体験せずに済むなら、それが一番じゃねぇかな……」


 俺だったら、絶対に嫌だ。


「にしても、不思議だよな。今となっては、三人とも似たような生活してるのに、こんなに差が出るなんてさ」

「確かに」

「カノンのやつ、絶対お前のこと羨ましがってるぜ」

「それはこっちも同じ。私もカノンに対して、羨ましく思うときがある」

「え、そうなのか?」

「ん。私は足のむくみはないけど、肩がこりやすい」

「肩が……」

「ミアも同じようなこと言ってた。でも、カノンは全然大丈夫みたい」


 その原因ってつまり、彼女らの体形からくるものではないだろうか。

 俺ですら、胸が大きいと肩に負担がかかって、こりやすくなることくらい知っている。

 確かに肩こりがないのはいいことかもしれないが、カノンにとっては、そのこりすらも羨ましく思っている可能性がある。

 どこまでも不憫だな……あいつ。


「あと、カノンは私よりも、たくさん努力してる。だから、体調管理も大変なのかもしれない」

「……そうかもな」


 玲やミアだって、ここまで昇り詰めるために想像を絶する努力を重ねてきたことだろう。

 ただ、カノン本人も言っていたが、二人との間には簡単には越えられない壁があった。

 それを乗り越え、二人の横を走り続けるために、彼女は誰よりも努力している。


「一番バイタリティがあるのは、カノンだもんな」

「ん、間違いない」


 玲は、誇らしげに頷いた。

 仲間が褒められたのが、自分のことのように嬉しいらしい。


「私は、いつも二人に助けられてる。カノンが引っ張ってくれて、ミアが支えてくれる。だから、今日まで頑張ってこれた」

「……お前だって、二人にとっちゃ必要な存在だろ」

「凛太郎にとっては?」

「え?」


 玲が、俺を見た。


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