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「ん~~! ささみも美味しいじゃない!」
俺が作ったささみスティック揚げを食べたカノンが、頬を押さえて喜んでいる。
玲とミアも、顔を見た限りでは気に入ってくれているようだ。
「確かに、ささみってたんぱくなイメージがあったからね。でも、これなら無限に食べられそうだよ」
「ん、マヨネーズつけても美味しい」
三人とも、バクバクとささみスティックを食べている。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
『ミルフィーユスターズ、初の武道館ライブ! いやいや~、ついにと言った感じですねぇ』
BGM代わりに流していたテレビから、そんな声が聞こえてきた。
時の人であるミルスタを扱う番組は、年々増えている。今流れているお昼の情報番組でも、ひとつのコーナーとして取り上げているほどだ。
ミーチューブのおかげで、海外人気も爆発的に増えているし、このままだとどこまで行ってしまうのか、まるで見当がつかない。
「我ながら、とんでもないことになってるよ、ボクらの人気」
「ふっふっふ、世間も注目してくれているわね。ま、あたしたちなら当然だけど」
ドヤ顔のカノンに、得意げなミア。そして、テレビの内容には無関心で、ささみに夢中の玲。
これだけ注目されているというのに、三人の態度はまるで平常だ。
「すげぇな、お前ら。俺ならとっくに腹下すくらい緊張してるわ」
「そんなの、最初のライブのときだけよ」
「あったんだ……」
俺がそう言うと、カノンは「しまった」という顔をした。
「あはは、さすがに初ライブは緊張したよね。何度も歌詞飛ばしそうになったよ」
「私も、すごく緊張した」
どうやら、三人とも初ライブに対しては同じ感想らしい。
ふと、俺の頭に疑問が浮かび上がった。
「そういや、ミルスタってどうやってできたんだ?」
「あれ、言ってなかったかしら」
「玲は事務所にスカウトされたって言ってたけど……お前らがアイドルになった経緯は聞いてねぇ気がする」
俺がミルスタを知ったのは、高校に上がってから。
すでに人気になっていた彼女たちを、ネットニュースか何かで知った。
故に、それ以前のことは何も知らない。
「あたしはレイと同じで、事務所から直接スカウトされたわ」
「ボクはオーディションだね。まあ、会場で声をかけられて、そのままメンバーになったから、ある意味スカウトだけど」
オーディションという言葉に、俺は首を傾げた。
「へぇ、そんなのあったのか」
「もともとミルスタって、トップアイドルを生み出す! って名目で、かなり気合いが入ったプロジェクトだったみたいよ?」
「そりゃ相当気合い入ってんな」
「事務所の見る目は確かだったわね。このあたしをスカウトしたんだから!」
「……。でも、オーディションを開いたってことは、他にも合格者がいたんじゃないのか?」
「ちょっと! 無視しないで!」
俺の背中を、カノンがポコポコ叩いている。
それを無視して、俺はミアを見た。
「本当はメンバーも七人くらいを想定してたみたい。でも、最終的にはこの三人の図が一番いいってことになったんだって」
「へぇ……」
それだけ、この三人の魅力がずば抜けていたということなのだろう。
事務所の気持ちはよく分かる。
容姿もさることながら、スター性に関して、彼女たちの右に出る者はいない。
世界中のどこであっても、彼女たちが立てば、たちまちそこがステージになってしまう。
それほどまでの力が、この三人にはあるのだ。
「赤の他人が集められて、最初は苦労したわよねぇ」
「ボクとカノンなんて、ちょっとギスギスしてたもんね」
「ちょっと、思い出させないでよ……」
カノンの顔が赤くなる。
「結成当時のカノンは、スカウトされて天狗になってた」
「そうだったね。ボクのことを『胡散臭いのよ!』なんて言って、全然絡んでこなくてさ」
二人の〝ここだけ話〟によって、カノンの顔はますます赤くなってしまった。
聞く限りだと、確かに掘り起こされたくない黒歴史だな。
「そんなこと言ったらレイだって! 結成してすぐのときはめちゃくちゃ無口だったじゃない! 引っ込み思案かと思ったわよ!」
「ん。今も口数は多いほうじゃない」
「ひ、開き直りやがって……」
動揺のあまり、カノンの口調が乱れている。
あと、玲。多分ドヤ顔するところじゃないぞ、今。
「やれやれ、結成当時からまともなのは、やっぱりボクだけか」
「……王子様衣装わたされてショック受けてたくせに、よく言うわよ」
「ぐっ……」
ミアの顔が引きつる。
玲がうんうんと頷いているところを見るに、ミアの不満は相当分かりやすかったようだ。
「だ、だって、アイドルになれるって言うから話を受けたのに、王子様モチーフなんて話が違うじゃないか! ボクだって、あのときは可愛い衣装を着たかったんだよ」
「あら、素直じゃない」
「まあ……今は吹っ切れたからね。お姫様扱いも経験したことだし」
そう言って、何故かミアは俺を見た。
俺が首を傾げると、彼女はやれやれと肩を竦める。
「とにかく、ボクらは色んなプレッシャーがかかっている中でも、こうして大人気アイドルになったんだ。今更緊張なんてしないよ」
「ん。全力で楽しむだけ」
なんて頼もしいやつらだろう。
これだけ堂々とした姿を見せられると、心配なんてどこかへ吹き飛んでしまう。
「そうそう。ライブと言えばなんだけど、ついに決まったね、夏の全国ツアー」
「そうね。ほんと、やっとって感じだわ」
ミアとカノンがただの世間話のように言うものだから、一瞬内容が理解できず、俺はポカンとしてしまった。
「前々から、今年の夏は一番大きなイベントをやろうって話があった。それが全国ツアー」
「へぇ……でも、確か前にもやってなかったか?」
「やった。でも、今回はもっと開催地を増やす」
「……すげぇけど、しんどそうだな」
限られた期間で日本中を巡り、ライブを行う。
そう聞いただけで、俺だったら気が滅入るが……。
「もちろん、体力的につらいときもあるよ。でも、ライブを求めてくれるファンがいる以上、こっちも全力で答えないと」
「あたしたちは、ファンがいてこそミルスタでいられるの。その感謝も込めて、ひとりでも多くのファンに〝推してよかった〟って思ってもらわないとね」
「ん、そのためなら、疲れも吹き飛ぶ」
ファンのため、か。
まったく、尊敬するほかなないな。
「それに、今年は沖縄も開催地になるしね! 写真集の撮影で行ったっきりだから、また行きたかったのよ!」
「おいおい……それだけでやる気が出るってか?」
「当たり前じゃない! 夏の沖縄よ? 綺麗な海に飛び込む、あの爽快感……! 楽しまなきゃ損だわ!」
「泳ぐ気満々かよ……タフだな」
「何よ、おじさんみたいなこと言っちゃって。もっとアクティブになったほうが、人生楽しいわよ?」
同い年のくせに、人生と来たか。
ただ、一理ある。
大変で苦しい中でも、楽しもうと思う気概は大切かもしれない。
「海はともかく、ご当地の美味しいものを食べられるっていうのは、やっぱりツアーのいいところかな。それぞれ一日くらいなら、観光する余裕もあるし」
「おお、そいつは羨ましいな」
俺みたいな学生の資金力じゃ、交通費がかかりすぎて、日本中を回るなんてほぼ不可能だ。
ライブという重労働を除けば、タダでそれができるわけで、素直に羨ましいと感じる。
一度でいいから、ご当地グルメを食い尽くしてみたい。
「去年のツアーのとき、北海道でうに丼食べた。本当に美味しかったから、また今年も食べたい」
「あー! 確かにあれは衝撃だったわね……。そうだ、凛太郎は知ってる? ウニの旬が夏ってこと」
「知ってるよ……産卵を控えてるからだろ?」
夏になると、ウニは生殖するために、多くの栄養を蓄える。
その結果、柔らかく、濃厚な味わいになるらしい。
「なんで知ってんのよ! 可愛くないわね!」
「可愛くなくて結構だ。ていうか、割と常識だろ? この話」
テレビじゃ何度もニュースになっているし、ネットでもこの手の話はよく回ってくるし。
「常識……なんだ」
「知らなかったね……」
玲とミアが目を伏せる。
しまった、意図せず傷つけてしまった。
「い、いや、料理に興味があるやつからすれば常識ってだけで……」
「あんたら何言ってんのよ。去年うに丼を食べたお店で、女将さんが説明してくれたじゃない」
「……んだよ。忘れてるだけじゃねぇか」
二人は、気まずそうに目を逸らす。
「食べるのに、夢中だった」
「ボクも、海鮮系には目がなくて……」
「ま、それくらい美味しかったってのは分かるけどね」
――――そんなに美味かったのか。
「行きてぇな、俺も」
食への関心は、燃え上がっていくばかり。
行けるものなら、俺も全国を回って、色んな食に触れてみたい。
「……それ、名案じゃない?」
「え?」
カノンが突然、何かをひらめいた顔になった。




