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58-2

「ふぅ、温まったわぁ……。お風呂ありがとね、凛太郎」

「おう、どういたしまして」


 風呂上りでほわほわとした様子の三人が、リビングへ戻ってきた。

 三人の顔には、肌ケアのためのパックが張りついている。

 いつものことだが、なんだかシュールに見えてしまうのは、俺だけだろうか。


「今年最後のお風呂って考えると、ちょっと感慨深いね」

「さすがはお風呂好きねぇ~。そんなの考えもしなかったわ」

「カノンはもう少し湯舟に長く浸かったほうがいいんじゃない? 血行がよくなって、胸も大きくなるかもよ」

「やかましいのよ、デカチチ。そんなのとっくに試したっつーの」

「……なんか、ごめんね」


 謝られたカノンは、ホロリと涙をこぼした。

 なんというか、とてもやるせない気持ちになった。


「そ、そうだ! お前ら、なんか俺にしてほしいことはないか?」


 いたたまれない空気を変えるため、俺はとっさにそんな提案をしていた。


「大晦日まで働いたんだから、今年最後くらいなんでも聞くぞ?」

「――――なんでも?」


 玲の目の色が変わった途端、悪寒を感じた。


「いや……まあ、雑用くらいだと助かるけど……」


 冷や汗をかきながら、俺は保険を挟む。


「さすがは凛太郎君、太っ腹だね。だったらボクは、肩でも揉んでもらおうかな」

「あたしは甘いものが食べたい!」


 ミアとカノンの真っ当な要望に、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 俺が思っているよりも、彼女たちは疲れているのだろう。ミアですらふざける余裕もないとは、中々ないことだ。


「玲はどうだ? ……あんまり無茶は言わないでくれよ」

「もしかして、信用ない?」

「色んな意味でな」

「むぅ……」


 玲は、可愛らしく頬を膨らませた。

 信用がないわけではないのだ。強いて言うなら、未知。何を言い出すか見当もつかない未知さが、ときに恐ろしいのだ。


「それじゃあ……髪を乾かしてほしい」

「髪?」

「ん」


 そう言って、玲はテーブルにあるドライヤーを見た。


「……その手があったわね」

「うん……やられたね、これは」


 何故か悔しげな二人に対し、玲は得意げな表情を浮かべた。


「別にいいけど……。髪の毛触られるなんて、嫌じゃないのか?」

「凛太郎なら、大歓迎」

「……」


 こんな言葉ひとつで喜んでしまう自分が、なんだかすごく悔しい。

 やはり、カノンもミアも、そして俺も、どうにも玲には敵わないようだ。


「はぁ……分かった。下手くそだったらごめんな」

「大丈夫。気にしない」


 先に玲の願いから叶えないと、風邪をひかれてしまうかもしれない。

俺はドライヤーを手に取った。


「じゃ、やるぞ」

「んっ」


 どこかソワソワした玲の背後に立ち、その綺麗な金髪に温風を当てていく。

 髪は、女にとって命と同義らしい。つまり、俺は今、玲の命に触れているということになる。

 そんなプレッシャーに、思わず手元が狂いそうになった。


――――落ち着け、俺……。 


 今使っているドライヤーは、アイドルである彼女らが選んだ高級品。

 俺の不注意で、万が一にも落としたりするわけにはいかない。


「い、痛くないか?」

「ん、むしろ気持ちいい」

「そうか……」


 玲がそう言ってくれたおかげで、わずかではあるものの、肩の力が抜けた。


「……羨ましいわ」

「ん、いいでしょ」


 カノンから、歯ぎしりの音が聞こえてきた。

 ただ乾かしているだけなのだが、果たして、何がそんなに羨ましいのだろうか。


「……それにしても、綺麗な髪だな」

「っ!」


 俺が何気なく言うと、玲の肩がビクッと跳ねた。


「あ、悪い。熱かったか?」

「ううん……なんでもない」

「? そうか」


 なんだかぎこちない返答だが、ひとまず問題なさそうだ。

 それから俺は、何故かカノンとミアに睨まれつつ、玲の髪の毛を乾かすことに成功した。


「ん、乾いてる。ありがとう、凛太郎」

「上手くできたようで何よりだ」

「また、頼んでもいい?」

「時間があるときならな」


 俺がそう言うと、玲は嬉しそうに頷いた。


「……ちょっと、二人の世界に入らないでほしいんですけど?」

「あ、悪い。カノンとミアはどうする? 今揉むか?」

「ううん。なんか負けた気がするから、あとでお願いするわ」

「あ、ああ……分かった」

「ボクもあとにしてもらおうかな。お腹も空いたことだしね」

「おっと、それもそうだな」


 時刻は、二十三時半。

 今から茹で始めたら、ちょうどそばを食べながら年越しを迎えられそうだ。


「待ってろ、とっておきの年越しそばを用意してるから」


 そう言って、俺はキッチンへと向かった。

 下ごしらえは、三人が帰ってくる前に終わらせてある。

 この日のために用意した生麺を茹でながら、衣をつけた海老を揚げる。

 鴨肉とネギには、しっかりと煮汁が染みていた。見た目からして、絶対に美味い。

 茹で上がったそばを器に盛り、鴨肉とネギの煮汁をかける。

 そして、かまぼこ、海老の天ぷら、スライスした鴨肉、ネギをトッピング。


「お待たせ。俺特製、〝鴨南蛮そば〟だ」

「んっ……! とてもいい香り」


 器を並べると、彼女たちの目がキラキラと輝き始める。

 かなり期待してくれていたようだ。


「伸びないうちに食べてくれ」

「「「いただきます……!」」」


 三人同時に、そばに口をつける。

 味は保証するが、果たして三人は気に入ってくれるだろうか。


「っ! 美味しい……! 出汁の香りも強いんだけど、鴨肉の旨味っていうのかな? すごく強く感じるね」

「ネギがめちゃくちゃ甘い……! しかもトロトロ!」


 恍惚とした表情を浮かべたミアとカノンを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 もう何度このくだりを繰り返しているのか分からないが、それでもやはり、緊張するものは緊張するのだ。


「よかったよ。玲はどうだ?」


 玲のほうを見ると、彼女は一心不乱にそばを啜っていた。

 どうやら、訊くまでもなさそうだ。


「さすがだね、凛太郎君」

「どうも」


 照れ隠しのために、俺もそばを啜る。

 うん、味見通り、ちゃんと美味い。


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