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57-1 大掃除

 十二月二十九日。

 ついに今年も、残すところ三日となった。

 明後日は大晦日。

ミルフィーユスターズの三人は、大晦日の生放送歌番組に出演することになっている。

 四人揃って食事をする機会は、今日を入れたらあと二日しかない。

 というわけで、今日と明日は、かなり豪勢な夕食にすることにした。


「やっぱ、冬と言えば鍋よね……!」


 目の前でぐつぐつと煮える鍋を見て、カノンが言った。

 俺たちは今、リビングにてキムチ鍋を囲んでいる。

 誰が言い出したかは忘れてしまったが、いつの間にか、今日は鍋ということで満場一致していた。

キムチ鍋になったのは、カノンの提案だった。

体を温めるなら、辛くて熱いものが一番だ。


「もうボチボチ食えるぞ」


 豚肉に火が通っていることを確認して、俺はそう言った。


「「「「いただきます」」」」


 四人で手を合わせ、各々が取り皿に好きなだけ鍋の具をよそう。


――――一気になくなっちまった。


 最初から相当量の具材を鍋に入れておいたのに、もうほとんどない。

 しかし、こうなるのを見越して、さらに大量の第二陣、第三陣を用意しておいた。

 常識的に考えれば尋常ではない量だが、こいつらならペロリだ。


「あつあつ……! それに辛い!」


 言葉とは裏腹に、ミアは嬉しそうな様子を見せた。

 キムチ鍋は辛くてなんぼ。市販の鍋の素に、少しだけ辛みを足したのだが、どうやらそれが正解だったようだ。


「ん~~! 最高! いくらでも食べられるわ!」

「美味しい」


 そうして第二陣も、すぐに彼女たちの胃袋へと消えていった。

 俺は慌てて第三陣を投入する。


「あ、ミア⁉ それあたしが狙ってたお豆腐なんですけど⁉」

「残念、早い者勝ちだよ」

「くっ……りんたろー! お豆腐もうない⁉」


 俺は苦笑いしながら、新しい豆腐を持ってくる。


「ちゃんとあるから、落ち着けって……」

「でかしたわっ!」


 そんなに豆腐好きだったっけ、こいつ。

 大きめに切った豆腐をゴロゴロと入れて、念のため用意した第四陣を投入する。

 第三陣で終わらなかったのは、俺の見込みが悪かったと言わざるを得ない。

白菜、ニラ、もやし、豚肉。でかい鍋にこれでもかと具材をぶち込んだが、やはりそれも、一瞬にして消えてしまった。


――――もうすっからかんだよ。


 用意した具材は、もうほとんどなくなった。

 残っているのは、鍋のシメのみ。


「凛太郎君、シメはもちろんうどんだよね?」


 ミアがそう言うと、カノンと玲が勢いよく立ち上がった。


「ちょっと! シメはリゾットでしょ⁉」

「シメはラーメン。これは譲れない」


 睨み合う三人の間に、火花が散る。

 シメに何を選ぶか。それはまさに戦争の火種にもなり得る危険な話題。

 しかし、こんなところで戦争を起こされては、たまったものではない。


――――というわけで。


「こうなると思って、全部のシメを用意しておいた。だからもう好きなのを食え」

「「「え?」」」


 そう言って、俺は三つの鍋を用意した。

 元々この家にあったものと、前のマンションから持ってきたもので、かろうじて三つ。

 それぞれには、キムチ鍋の素と、少量の具材が入っている。

 これをシメと言っていいものか……正直、俺には判断しかねる部分だ。

 ただ、これなら全員の要望が満たせる。

 苦肉の策だが、戦争を避けるためには、もうこれしかない。


「まさかの方法……恐れ入った」

「ね……あたしら戦争する気満々だったのに」

「これじゃあ、ボクらが争う意味がないね」


 そう言いながら、三人は目の前に置かれた鍋を見つめた。


――――あれ、なんか萎えてねぇか?


「まさかとは思うが……お前ら、喧嘩したかったとか言わねぇよな?」

「い、いやいやいや! そんなわけないじゃない! 確かにシメ戦争まで含めて鍋パだって思ってたけど⁉ そんな野蛮なことをあたしたちが望むわけないでしょ⁉」

「ほとんど言っちまってるぞ……」


 まずったな、どうやら気を回し過ぎたらしい。


「悪い、俺が有能すぎるあまり」

「いや、うん……あんたは何も悪くないんだけど、なんか複雑だわ」


 まあ、そんなことは置いといて。


「食うだろ?」

「「「もちろん」」」

「そうこなくちゃ」


 俺はそれぞれの鍋を温め、シメを作っていく。

 うどん、ラーメン、リゾット。

 彼女たちは、それらを一瞬にしてぺろりと平らげた。


「「「ごちそうさまでした」」」

「はい、お粗末様」


 なにはともあれ、今回の鍋には満足してくれたようだ。



「ふう……」


 のんびりと洗い物を済ませた俺は、三人のもとへ戻る。


「凛太郎、ご苦労様」

「おう」


 労いの言葉を受け取り、俺もソファーに座る。

 テレビには、バラエティ番組の年末スペシャルが映っていた。

 出演者の中には、よく見慣れた顔が並んでいた。


『ミルフィーユスターズは、今年の〝年末歌合戦〟には初出演だったよね? 緊張とかしてる? レイちゃん』

『そう……ですね。確かに緊張してます。でも、ずっと憧れていた番組でもあるので、出演できることになって嬉しいです』

『へぇ! それなら気合もひとしおだね! これはファンの人たちも楽しみでしょ!』


 画面の中で、拍手が巻き起こる。

 こいつらには、一体どれほどのプレッシャーがのしかかっているのだろう。

 こうして見ると、三人はいつも通りケロッとしている。

 何故、こんなにも堂々としているのか。どれだけのときを一緒に過ごしても、それだけは一生理解できない気がした。


「……レイ」


 ふと、カノンが玲を呼ぶ。

 その表情は、いつになく真剣だった。


「武道館ライブが終わったら……あんたはどうするの?」


 カノンがそう問いかけると、玲より先にミアが声を上げた。


「カノン、それは今話すことかい? 機を見て話そうって、二人で決めたじゃないか」

「ごめん、ミア。でも……あたしは今聞くべきだと思ったのよ」

「……」


 ミアが黙る。

 どうやら、カノンの主張を聞き入れたようだ。


「レイ、あんた、りんたろーとなんか話したでしょ」

「……どうして分かるの?」

「あんたがやけにすっきりした顔してたからよ。絶対りんたろーに相談したと思ったわ」


 まさかそんなところまでお見通しとは。

 相変わらず、周りをよく見ているやつだ。


「もう、答えは出てるんでしょ? 聞かせなさいよ。あたしとミアにも」

「……分かった」


 玲は、順繰りに二人を見る。

 そして意を決した様子で、口を開いた。


「アイドルは、辞めないことにした。いつか、私たちの輝きが衰えてしまうその日まで……」

「……本気なのよね、それ」

「本気中の本気。もう、迷うつもりはない」


 玲がそう言い切ると、リビングにしばしの沈黙が訪れた。

 そして、それまで神妙な面持ちをキープしていたカノンが、盛大に息を吐く。


「はぁ~~~~よかったぁ」


 へなへなと崩れ落ちるカノンを見て、俺は苦笑いを浮かべた。

 自分から核心に切り込んでおいて、ずいぶんと緊張していたようだ。

 まあ、ミルスタが存続するかどうかの大事な話だし、無理もない。


「てっきり、あんたはこのまま辞めるつもりかと思ってたからさぁ……」

「カノンとこの先のことについて相談してんだけど……どうやら無意味だったみたいだね」

「無意味で結構よ……レイが抜けたあとのことなんて、こっちは考えたくもなかったんだから」


 そういう二人に対し、玲は頭を下げる。


「ごめん、二人とも。心配かけた」

「まったくよ……ほんとに、心配したんだから」


 安堵の表情を浮かべ、カノンは玲の肩を小突く。

 これで、三人はなんの憂いもなく武道館ライブへ臨めるだろう。

 ひとまずは、一件落着ということでよさそうだ。


「それで、凛太郎君とは何を話したんだい?」


 一件落着だったはずなのに、最後の最後でミアから爆弾が投げ込まれた。

 さて、どう答えたものか。

 あんな小っ恥ずかしいやり取りを、二人に共有するわけには――――。


「アイドルを引退したら、結婚してほしいって、凛太郎に頼んだ」

「ぶっ……⁉」


 口に含んだコーヒーを吹き出しそうになり、とっさに口元を押さえる。


「お、おい……玲?」

「ごめん、凛太郎。でも、二人にはちゃんと話しておきたい」

「いや、だからって……」


 恐る恐る二人のほうを見る。

 二人とも、唖然とした様子で玲を見ていた。


「あの、二人とも、これはその……色々あってだな」

「……びっくりした。まさかレイが、ボクらにチャンスを残すなんて」

「……は?」


 ミアの言葉の意図が分からず、俺は首を傾げる。


「つまるところ……アイドルを辞めるまでなら、ボクらにもチャンスがあるってことだろう?」


 ニヤリと笑ったミアに対し、何故か玲は得意げな顔をしていた。


「さすが。察しがいい」

「どーも。さながら、これは君からの宣戦布告……ってところかな?」

「そう取ってもらっても構わない」

「……まさか、君から挑発される日が来るとは思わなかったよ」


 いやいやいやいや……何を楽しそうに睨み合っているのだ。

 せっかく色々落ち着きそうだったのに、これではまた一波乱起きてしまう。


「あらあら、なんか余裕そうな顔してるけど、絶対あとで後悔するわよ?」

「後悔なんてしない。私は負けない」

「……上等じゃない。あたしも、容赦なんてしないからね」

「ん、望むところ」


――――完全に置いてかれている……。


 当事者のはずなのに、話にまったくついていけない。


「……というわけで、覚悟してもらおうか、凛太郎君」

「これからは、あたしももっとアピールしてくつもりだから、よろしくね!」


 ミアとカノンが、ずいっと俺のほうへ身を寄せてくる。

 それに負けじと、玲も体をねじ込んできた。


「凛太郎は、絶対に譲らないから」

「……っ! ええい! 離れろ離れろ! 照れ殺す気か!」


 俺は三人から距離を取る。

 すると彼女たちは、面白がって俺を追いかけてきた。

――――俺の人生は、どうしてこんなに極端なんだ……。

 贅沢な悩みであることは、重々承知。

 しかし、恨まれるのを覚悟で言わせてほしい。

 大人気アイドルたちから、好意を寄せられる? バカ野郎。荷が重いわ。

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