表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/280

56-3

 ……腹が苦しい。

 しかし、動けないほどではない。


「凛太郎、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。でもちょっとゆっくり歩いていいか?」

「うん。のんびり行こう」


 玲がそう言ってくれて助かった。

 歩けば歩くほど、きっとこの満腹感も薄れていくことだろう。

 

「お笑いライブやってまーす! お笑いライブどうですかー!」

「ん?」


 歩いていると、道端でそんな風に叫んでいる人を見かけた。

 

「お笑いライブだって。興味あるか?」

「行ったことないから、ちょっと気になる」

「俺もだ」


 思い立ったが吉日。

 俺と玲は、案内に従ってお笑いライブを見に行くことにした。

 たどり着いた場所には、地下に伸びた階段があった。パッと見では怪しさ満点だが、ちゃんとお笑いライブの張り紙が貼ってあった。どうやら複数のコンビが、合同で開いたイベントらしい。

 二人で入場料を払い、会場の中へ。

 会場は思っていたよりも狭く、座席の数はせいぜい三十前後といったところか。

 

「つーか、全体的に薄暗いな……」

「地下の会場は、大体こんなものだと思う」

「へぇ……」

「多分、普段は音楽ライブに使われてるんだと思う。ステージの端に機材とかある」

「あ、ほんとだ」


 よく見れば、ドラムやアンプが隠されている。

 あれを見ると、文化祭でバンドを組んだときのことを思い出す。久しぶりにベースの練習しようかな。まだ一曲しか弾けないし、せっかく譲ってもらったのだから、もう少し上手くなりたい。


「そう言えば、お前らにもライブの練習に付き合ってもらったっけ」

「ん、懐かしい」

「まだ半年も経ってねぇけどな」


 そうツッコミながら、俺は自分の言葉に驚く。

 文化祭があったのが九月だから、まだ三か月しか経っていないことになる。そんなバカなと言いたくなった。感覚的には、もう一年前くらいな気がする。それだけ日々が濃密ということだろうか? 


「面白いといいね」

「え? あ、ああ、そうだな」


 玲が放った一言で、俺は顔を引き攣らせる。

 きっと彼女に悪気はないのだ。悪口や嫌味を言える性格じゃないことは分かっているし、今の言葉だって、純粋にこのライブを楽しみたいという気持ちから出たものだろう。しかしこの発言を出演者が聞いていたら、かなりのプレッシャーになってしまうに違いない。


「ん、そろそろ始まるみたい」


 席に座って待っていると、楽しげな音楽が鳴り始めた。

 そして最初の出演者が、ステージ上に現れる。


「「どうもー! マダラメロンです!」」


 ――――その名前はどうかと思うぞ。



「……」

「……」


 それから一時間ほど芸人のライブを見ていた俺たちは、無言で会場をあとにした。この空気で察してほしいのだが、うん……まあ、良くもなく、悪くもなく。芸人からすれば〝つまらない〟よりも言われたくない言葉かもしれないが、もうそう言うしかないのだ。


「……面白いところもあったね」

「ああ……」


 そう、面白いところもあった。

 面白いところと、面白くないところがあった。

 塩梅がなんとも絶妙で、面白いと思った直後に白けるやり取りがあり、ずっとその高低差を味わわされていた。


「芸人って大変だよな……客の反応が悪くても、最後までやり切らないといけないんだから」


 思ったことをそのままつぶやく。

 俺たちは、多分いい客とは言えない。俺も玲も口を開けて爆笑するタイプじゃないし、会場の盛り上がりには一切貢献できなかった。それでも芸人たちは、最後まで自分たちの漫才をやり切った。

 笑いとは別に、どこか感動してしまった。


「収録で出会った芸人さんたちも、ああいう時代があったのかな」

「そうか、お前は売れてる人たちとも会ってるもんな」


 バラエティに出演した際は、玲も一流の芸人たちと顔を合わせている。

 テレビで活躍している人たちは、やっぱりそこにいられるだけの技術とハートの強さを持っているのだろう。

 さっきの出演者たちは、全員芸歴の浅い新人だった。まだまだこれからということなのだろう。いつか、彼らを地上波で見ることがあるかもしれない。


「テレビで合う芸人さんは、みんな面白い。収録の裏でも、笑わせようとしてくれる」

「へぇ……やっぱり芸人ってすげぇな」

「でも、危険な人もいる」


 そう言いながら、玲はどこか不満そうな表情を浮かべた。


「芸人さんに限らないけど、連絡先とかしつこく聞いてくる人は、ちょっと危ない。私たちは近寄らないようにしてる」

「おいおい……未成年をナンパしようとするやつなんているのか?」

「たまにいる。どういう意図かは分からないけど」


 どういう意図かなんて、そんなの分かり切っているだろう。

 俺は自分が怒りを覚えていることに気づいた。


「……気をつけろよ、ほんとに。玲が狙われるのは当たり前なんだから」

「どうして?」

「どうしてって……そりゃお前が可愛――――」


 はっきりぶちまけそうになって、俺は慌てて口を閉じる。

 恐る恐る隣を見ると、玲は目を細め、からかうような笑みを浮かべていた。


「そっか、凛太郎は私のことを可愛いと思ってくれてるんだ」

「……口が滑った。忘れろ」

「やだ。忘れない」


 玲は無邪気に舌を出して、俺を挑発する。

 これはもう取り返しのつかない事態だ。だったら開き直るしかない。


「……お前は可愛いよ。ずっと前から」


 その言葉は、自分でも信じられないくらいスムーズに飛び出した。

 小さい頃、俺は玲と会っていた。俺が料理好きになったのは、玲の影響だったんだ。

 あの頃から、玲はずっと魅力的だった。その魅力は、今もなお増し続けている。そして俺の胸に秘めたこの想いも、看過しきれない大きさになっていた。


「お前が俺の世界を変えてくれたんだ。だから、その……ありがとな」


 急に照れ臭くなって、最後は言葉を濁してしまった。

 しくじった感は強いけど、なんだか妙にすっきりしている俺がいる。


「恥ずかしいから……あんまり言わせんなよ――――って、どうした?」

「……凛太郎、それは反則」

 

 玲は顔を真っ赤にしながら、こちらを見つめていた。

 どうやら、俺の言葉が彼女を照れさせてしまったようだ。

 ここからは一転攻勢。俺のターンというやつである。


「あらら、玲さんや……照れてしまいましたか」

「凛太郎にそんなこと言われたら、絶対照れる」

「そうかそうか」


 満足げに頷いた俺を見て、玲はどこかムッとしたのだろう。

 突然俺の手を取って、その体を寄せてきた。


「なっ……」

「今日は手を繋いで歩くって決めたから」

「だからってこんなくっつかんでも……」

「だめ?」

「っ……」


 相変わらず、こいつの上目遣いは最強だ。

 やっぱり、誰もこの魅力には敵わない。


「……分かったよ。はぁ、結局お前のペースじゃねぇか」

「まだまだ若い人には負けない」

「同い年だって」


 どこか噛み合っていないような、それでいていつも通りの会話をしながら、俺たちは歩く。

 さて、まだまだ時間は残されている。

 次なる目的地を考えながら歩いていると、不意に面白そうな看板が目に入った。


「凛太郎、あそこ面白そう」

「ああ、俺も同じこと考えてた」


 俺たちの視線の先にある看板には〝猫カフェ〟と書かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ