54-3
「……あれ、りんたろーさん、ちょっと瘦せた?」
タクシーを降りた俺を見て、シロナがそんな風に訊いてきた。
自分でも、さっきと比べてげっそりしている自覚があった。
「誰のせいだと思ってんだよ……」
「さぁ〜誰やろなぁ〜」
分かりやすくすっとぼけるシロナを見て、俺は青筋を浮かべた。しかしもう、噛みつくような元気もない。
「……で、どこに向かおうってんだよ」
降り立った場所は、新宿歌舞伎町。
どこもかしこもギラギラと光っており、まさに眠らない街というに相応しい景色だ。
とてもこんな時間に高校生がウロウロしていていい場所には見えないが……。
「こっちやこっち」
そう言いながら、シロナとクロメは歩き出す。
もしはぐれたら、とんでもないことになる。俺はすぐに二人の背中を追いかけた。
どこもかしこも、キャッチや酔っ払いだらけ。確かキャッチって条例で禁止されていた気がするけど、捕まったりはしないのだろうか。
「男連れってええなぁ、クロ」
「うん、全然ナンパされない」
二人が俺を見る。
変装しているとはいえ、それでも隠し切れないほど、二人は美少女である。歩いているだけで声をかけられてしまうのは、もはや必然か。
思えば、玲もミアも声をかけられていたな。
「二人で歩いてると、毎度この辺りのナンパがしつこいねん。ただ歩くだけで大変なんよ」
「そいつは同情するよ……」
ナンパなんてされたことないが、気持ちがまったく分からないわけではない。
見知らぬ人に声をかけられ、下心むき出してつきまとわれたら、面倒臭いし気持ち悪いに決まっている。
これから行く店は、嫌な思いをしてでも行きたくなるような店なのだろうか。あまりいい予感はしないのだが、ある意味楽しみになってきた。
「ついたで、ここや」
「……BAR?」
そこには〝Barツインズ〟と書かれた看板があった。
ツインズ、まさかとは思うが、二人に何か関係があるのだろうか。
「まあまあ、とりあえず入ろうか」
「一応聞いておくが、未成年でも入っていいんだよな?」
「……」
「おい……なんだその沈黙」
俺がビビりながらそう問いかけると、シロナは噴き出すように笑った。
「ぷっ、にゃはは! 大丈夫大丈夫。ここの店は未成年でも入れるから!」
「ビビらせんなよ……」
ホッと胸を撫でおろしながら、ため息をつく。
思わせぶりな反応しやがって……。
「色々と気になるところやろうけど、入ってからのお楽しみってことで。ほな行きましょ」
シロナに手を引かれ、俺は店の中へ。
薄暗い入口に設置された扉を潜ると、中はさらに薄暗かった。
バーカウンターに、テーブル席。店の奥には扉が設置されているが、トイレだろうか?
「いらっしゃぁい」
俺たちに向かってそう声をかけてきたのは、バーカウンターにいるムキムキマッチョだった。肩回りを見せたいが故のタンクトップに、パツパツのジーンズ。顔はかなりの強面で、悪役レスラーと言われても納得してしまう。
しかし、彼が発した声は、まるで媚びた猫のようだった。
「まいど~、また来たで、ユメちゃん」
「あんらぁ~シロちゃんとクロちゃんじゃなぁい」
シロナとこの男性(?)は、互いに気さくな挨拶をかわした。
バーのマスターと知り合いって、こいつら一体どういう交友関係を持っているんだ……?
「あら、そちらのナイスなボーイは?」
「りんたろーさん言うてな、ウチらの素敵なステキな連れや」
「へぇ~、どうもアタシ川崎夢吉ですぅ。ユメちゃんって呼んでねぇ?」
ねっとりとした視線を向けられ、思わず身震いした。
「り、凛太郎です……お邪魔します」
「あんらぁ~緊張しちゃってるのぅ? かんわいいわねぇ! ……食べちゃいたい」
「っ⁉」
ギラついた視線を向けられた途端、俺の防衛本能が今すぐこの場を離れろと訴えかけてきた。逃げたい。今すぐ逃げ出したい。ここにいては、色々なものを失ってしまう気がする。
「もう、ユメちゃん? この人はウチらのもんよ! 許可なく食べたらアカン!」
「分かってるわよぉ、シロちゃん」
「まったく……油断も隙もありゃせんわ」
シロナが間に入ってくれたおかげで、俺はなんとか落ち着くことができた。まさか、この二人がこんなにも頼もしく見えるなんて。人生何が起きるか分からないものだ。
「それで、今日はどうしたのん?」
「いつものが食べたいんやけど、いける?」
「もちろんよぉ! 三人分でいいのよね?」
「うん、それで頼むわ!」
「りょうかぁい。あ、奥の部屋使っていいわよ」
「おおきに~」
シロナとクロメは、俺の手を引いて店の奥に連れていく。
そして奥にあった謎の扉を開くと、躊躇なく中へと入っていった。
扉の奥は、まるでカラオケルームのような一室だった。VIPルームというやつだろうか? 扉も防音のようで、外の音はほとんど聞こえない。
「秘密基地みたいでええやろ、ここ」
「ああ……でも、なんでこんな店知ってるんだ?」
「実はユメちゃん、半年くらい前までウチらのマネージャーやってん。バーのマスターになりたいゆーて辞めてもうたんやけど、それからもウチらのことは面倒見てくれとるんよ」
「へぇ……」
「来たらなんぼでも食わせてくれるし、専用ルームも貸してくれる。歌の練習とかもできるんやで?」
シロナが指さした先には、カラオケの機械が置いてあった。
カラオケボックスみたいとは思ったが、まさか本当にカラオケができるとは恐れ入った。
「その代わり、ウチらは業界の人にこの店を宣伝する……おかげで芸能人もよく来る店ってことで、結構繁盛してるらしいわ」
「なるほどね……」
「ユメちゃんの作る料理は絶品やで? 特にパスタが美味い!」
料理と聞いて、俺が気にならないわけがない。
「マスターは何が得意なんだ?」
「ずばり、ナポリタンや!」
「ナポリタンか……!」
思わず目を輝かせてしまう。
簡単な料理と思われがちなナポリタンだが、実はこれも中々奥が深い料理なのだ。二人が絶賛するマスターのナポリタン、ぜひ味わってみたい。
「おまたせぇ~!」
しばらく雑談して待っていると、香ばしいケチャップの匂いと共に、マスターが部屋に入ってきた。
「アタシ特製ナポリタンよぉ~! さあ、ご賞味あれ!」




