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「あ、そろそろ始まるで!」
会場を見下ろしながらシロナがそう告げると、喧騒がゆっくりと収まっていった。
そして会場に設置されたバカでかいモニターに、今回のクリスマスライブのために作られたPVが流れ始める。
「シロ、私たちもああいう映像流したい」
「せやなぁ……でも、製作費なんぼなんやろ」
隣から業界人らしい会話が聞こえてくる。
アイドルに囲まれながら、アイドルのライブを見届けるなんて、ファンが知ったら卒倒するだろう。
しばらくして映像が終わると、再び静寂が訪れた。
黄色、赤色、青色のスポットライトが、ステージを照らす。そして一曲目のイントロが流れ出し、どこからともなく三人の歌が聞こえてきた。
途端、興奮によって全身に鳥肌が立った。何度も何度も聴いたはずなのに、いざライブとなると、受ける衝撃が何十倍にもなる。
「……この歌声、ますます上手くなってはるわ」
隣では、シロナが冷や汗をかいていた。
ツインズとライブをしたときよりも、彼女たちのレベルは何段階も上がっていた。
ライバルとしては、気が気でないだろう。
いよいよ曲が大きく盛り上がる部分が迫ってきた。そしてステージがさらに強い光で照らされた瞬間、ステージの下から三人が飛び出してくる。すると、会場は耳をつんざくほどの歓声に包まれた。
『みんなー! 今日は来てくれてありがとー!』
『ボクらと最高のクリスマスイブを過ごそうね』
『みんなにとって、今日が特別な日になりますように』
各々がそう言って、本格的に曲が始まる。
完璧に息のあったダンスと、抜群な歌唱力によって紡がれる歌。
彼女たちが観客に手を振るたびに歓声が上がり、会場のボルテージは天井知らずに上がっていく。ファンにとって、ミルフィーユスターズは一種の神様なのだ。
『イブだからって容赦しないわよー! ついてこれるかしら!』
「「「うおぉおおおおおお!」」」
カノンの声に、親衛隊の方々が雄叫びを上げる。
とにかく熱狂的なんだよな、カノンのファンは。
『カノンは相変わらず激しいね……君たちはボクがエスコートするからね』
「「「きゃぁぁーーー!」」」
ミアが投げキッスをすれば、女性たちから歓喜の声が上がる。
三人の中で、もっとも女性人気があるのがミアだ。声をかけただけで卒倒してしまう人がいるくらいに、彼女は多くの人を惑わせている。
『もっともっと盛り上がりたい。みんな、声出して?』
玲が声をかければ、観客たちはこれまでで一番大きな歓声をあげた。
それから定番の曲と、最近リリースされた新曲を歌いきった彼女たちは、一度ステージから姿を消した。そしてこの日にぴったりのクリスマスソングが流れ始め、観客たちは大いに盛り上がる。
『一年に一度のクリスマス!』
『毎日頑張っている、とってもいい子のみんなには』
『私たちが、とびきりのプレゼントをあげる』
そう告げながら現れた三人は、赤と白を基調とした、まさにクリスマスに相応しい衣装を身に纏っていた。赤いトップスにミニスカート、そしてサンタ帽を模したヘッドドレス。
三人の美しいサンタクロースが、俺たちに最高の思い出を届けに来た。
『まだまだぁ! 全力で行くわよー!』
カノンが叫ぶと同時に、会場はさらなる盛り上がりを見せた。
◇◆◇
アンコールも含めて三時間以上続いたクリスマスライブは、大成功で幕を閉じた。ライブをやり切った彼女たちの顔は晴れやかで、思わず拍手の時間が長くなってしまったのは、言うまでもない。
終わってしまったのは寂しいが、俺は真っ直ぐ帰宅するべく、会場を出た。
「うはー、すさまじかったなぁ、ミルスタのライブ」
そんな俺に何故かついてきたシロナが、大きく伸びをしながらそう口にした。隣にいるクロメは何も話さないが、少なくとも、その表情はもう退屈そうにはしていなかった。
「ウチらも負けてられへんな! なっ! クロ!」
「そうだね。負けていられない」
ミルスタからいい刺激を受けたようで、二人は闘志を漲らせていた。
今後、ますますツインズも注目を浴びていくことだろう。
まあ、今はそんな話は別にいいのだ。
「お前ら……なんで俺についてくんの?」
「いやー、りんたろーさんとご飯でも行きたいなー思て」
「飯?」
「このあとお暇? ウチらとご飯食べてから帰らへん?」
「あー……」
どうせ今日は、玲たちも打ち上げがあるからすぐには帰ってこない。
ライブに来る前に家事は一通り終わらせたし、飯くらいなんの問題もない。
「分かった、いいぞ」
「にゃはは! そうこなくっちゃ!」
「それで、どこか当てはあるのか?」
「行きつけのお店があるんよ。そこはご飯も美味いんやで?」
「……も?」
「ほらほら、レッツゴーですわ!」
「お、おい……!」
背中を押され、俺はタクシー乗り場まで連れていかれる。
「タクシーかよ……贅沢なやつらだなぁ」
「ウチらがなんぼもろてると思っとんねん。預金口座見せたろか?」
「……遠慮しとく」
見ただけで顔が青くなる自信がある。
「心配せんでも、今日のお代はウチらが全部出しますから。りんたろーさんはなーんも気にせんとついてくるだけでええのよ」
「いや、それはさすがに……」
「遠慮してまうんやったら、ミルスタの子たちの話を聞かせてくれへん? りんたろーさんがあの子らとどういう生活をしてるんか興味あんねん」
「そんなんでいいのかよ」
「もちもち! ほな行こか!」
そうして俺は、強引にタクシーへ乗せられた。
「新宿までお願いしますー」
シロナが運転手にそう告げると、タクシーは走り出した。
何故か後部座席に三人で乗り込んだため、かなりギュウギュウだ。しかも会場と同じように、シロナとクロメが俺を挟む形で座っているため。離れようとするともう片方に近づいてしまう。
「りんたろーさん、そんなにソワソワしてどないしたん?」
「お前……分かっててやってんだろ」
「うーん、シロナよく分からんにゃー」
ケタケタと笑いながら、シロナは俺の膝に自分の膝をぶつけてくる。
さっきから太ももや肩が当たりまくっていて、俺の意識はだいぶそちらに削がれていた。そして何故か悪戯とは無縁そうなクロメも、やけに体を当ててくる。
「……りんたろうが近くにいるときは、これでもかと体を当てておけとシロが言っていた」
「何を吹き込んでんだテメェ……!」
俺が睨みつけると、シロナはそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
こいつ、いつか絶対泣かせてやる。
「まあええやん。女子からのスキンシップなんて、りんたろーさんなら慣れてるやろ?」
「んなわけあるか……」
「あんな美少女侍らせておいて?」
「人聞きが悪い……!」
「でもおかしいやん。結構長く一緒に暮らしとるんやろ? 普通少しは慣れるやろ」
「……」
――――確かに、おかしいのはこっちか?
いや、この話は考えたら負けだ。
「こっちは諦めてへんよ、りんたろーさん」
「な、なんの話だ?」
「その家事力をこの身で味わって、ウチらはどうしてもあんたが欲しくなってしもうたんや。相手がミルスタでも関係ないわ。りんたろーさんが自分からウチらのもんになりたいって言いだすまで、これでもかとアピールしたるわ」
そう言いながら、シロナは俺に腕を絡めてくる。
そしてそれを真似するようにして、クロメも腕を絡めてきた。
「私もまた、りんたろうの唐揚げが食べたい」
「ほら、美少女二人からこんだけ迫られて、今どない気分? ウチらと一緒に暮らすようになったら、鼻血もんの甘々生活が待っとるで?」
さらに密着度を上げてくる二人。
俺は邪な感情をすべて追い払うべく、タクシーの天井を見上げ、目を閉じた。




