53-1 凛太郎のプレゼント
俺の体調は、翌日にはすっかり回復していた。
倦怠感は少し残ったものの、動いているうちに消えるだろう。
人間、健康が一番。体調不良になるたびに、そんな当たり前のことに気づく。
熱が下がったあとも、一日ゆっくりと体を休め、さらに翌日。
今日は玲たちが登校できる日だ。夕方からクリスマスライブに向けたレッスンがあるため、昼は精がつくものを用意してやらねば。
というわけで、俺は弁当を作るため、朝早くからキッチンに立っていた。
「~♪」
ノリノリで、卵焼きをひっくり返す。
料理をする習慣が染みつきすぎて、できない日が続くと不安になってくるのだ。だからこうしてキッチンに立てることが、嬉しくてたまらない。
「おはよう、凛太郎君」
いつの間にか、ミアがリビングにいた。
もう起きてくる時間だったか。夢中になりすぎて気づけなかった。
「ああ、おはよう」
「ずいぶん調子良さそうだね。もう万全かな?」
「追加で一日休ませてもらったからな。すこぶる良くなった」
「それはよかった」
「お前らの看病のおかげだ。ありがとな」
「ふふっ、そんなのお安い御用さ」
俺は淹れたてのコーヒーをミアに渡す。
すでに冬も本番。朝の冷え込みは一層厳しくなり、ホットコーヒーがなおのこと美味しく感じられる季節になった。寒いのは嫌いだが、冬のそういうところは嫌いじゃない。
「……そう言えば聞きそびれていたんだけど」
「ん?」
「カノンとのデートはどうだったんだい? 楽しかった?」
「あー」
色々あって、話しそびれていたな。
特別面白い話があるわけじゃないし、話すこともほとんどないのだが――――。
「まあ、普通だよ。ふつう」
「ふーん……? そうやって誤魔化さないといけないようなことがあったのかな?」
「んなわけねぇだろ」
「冗談だよ。君がボクらに手を出さないってことは、ちゃんと理解しているからね」
朝っぱらから話す内容じゃないことに対し、俺は苦笑いを浮かべた。
「あ……凛太郎」
ミアと雑談していると、眠そうな目をした玲が二階から下りてきた。
相変わらず寝相がよろしくないようで、髪がボサボサしている。
「調子いい?」
「ああ、おかげさんでな。それより早く顔洗ってこい」
「ん……分かった」
トテトテと洗面所へ向かう玲を見送り、追加でコーヒーを淹れる。
いつもの朝が戻ってきた。寝込んでいたのはたった数日とはいえ、この当たり前が、なんだかとても嬉しい。
「ふわぁ……おはよー……」
「あ、カノンも起きてきたね」
ふらふらと階段を下りてきたカノンは、そのまま洗面所のほうへ消えていった。
挙動がいつも心配になるけど、何故かいつも転ばないんだよな……。
「凛太郎君、昨日も言ったと思うけど、今日はかなり帰りが遅くなると思う」
「ああ、分かってる。ライブ前はいつも以上に大変だな」
「まあね……でも、ボクらにとっては何回もあるうちの一回でも、観に来る人にとっては、一生に一回の機会かもしれないだろう? そのたった一回の思い出を、最高のものにしてあげたいからね……努力は惜しんでいられないよ」
そう言いながら、ミアは得意げに胸を張った。
かっこいいやつらだよ、本当に。
◇◆◇
三人に弁当を持たせ、少し時間をずらしてから学校へ。
このルーティーンにも、ずいぶん慣れたものだ。
「おはよう、凛太郎。もう元気そうだね」
「ああ、おかげさまでな」
先に教室にいた雪緒に挨拶し、自分の席に座る。
学校は好きでも嫌いでもないが、数日休むと、どこか新鮮な気持ちになる。
「休んでたときの授業、ノートにまとめておいたよ」
「助かるよ……世話になったな」
「看病には行けなかったし、これくらいはね」
受け取ったノートを開き、相変わらず上手いことまとめるもんだと感心する。
普通に授業を受けるより、このノートをもとに勉強したほうが学力が上がるかもしれない。
「おー! 復活か⁉ 凛太郎!」
「体調良くなったんだな!」
教室に入ってきた竜二と祐介が、俺にそう声をかけてきた。
「心配かけて悪かったな」
「いやー、お前が熱出して帰ったときはビビったぜ。よかったな! 大事にならなくて!」
竜二が俺の背中をバシバシと叩く。
一応病み上がりなんだが、容赦ねぇなこいつ。
「……ん」
ふと、こっちを見ている玲と目が合った。
俺がこいつらと楽しげに話しているのを見て、玲は安心したような表情を浮かべた。
その日の授業は、雪緒のまとめてくれたノートのおかげでなんとかついて行けた。
昼休み。さっさと弁当を食べ終えた俺は、雪緒にとある相談を持ち掛ける。
「三人へのクリスマスプレゼント?」
「ああ……迷惑かけちまったし、お礼もかねて、何か渡したいんだけどさ」
「なるほどねぇ……」
柄じゃないことは分かっているが、何か返さないことには、俺の気が済まない。
あいつらが好きな料理を作る――――っていうのはいつもやっていることだし、もっとこう、プレゼントらしいものを用意したいと考えていた。
「そうだなぁ……タンブラーとかはどう?」
「タンブラーか……」
そういえば、イメージカラーごとのマグカップはあるけど、タンブラーはまだなかった。温冷どちらの飲み物を飲むときも便利だし、探してみるのはいいかもしれない。
「ありだな、タンブラー。探してみるわ……でも、それだけじゃちょっと足りない気がするんだよなぁ」
頬杖をついて、俺は考え込む。
タンブラーの他にもうひとつ何か用意したいところなのだが、あいにく全然思いつく気がしない。
「うーん……あ! じゃあ、作るっていうのはどう?」
「どう、って……飯はいつも作ってるし、今回はものがいいっていうか――――」
「そうじゃなくて、凛太郎の手でプレゼントを作るんだよ」
そう言いながら、雪緒はカバンから水色の毛糸で編まれたマフラーを取り出す。
そこで俺は、彼の意図を理解した。
「そういえば、ずっと使ってくれてるよな、そのマフラー」
「もちろんだよ。凛太郎がボクのために編んでくれたマフラーなんだから」
雪緒の言う通り、このマフラーは、俺が雪緒にプレゼントしたものだ。
中学時代。いい感じのマフラーを欲しがっていた雪緒に、ふと思い立って編んでみたのだが、まさかこんなに使い続けてもらえるとは思っていなかった。
相当気に入ってくれている証拠だろう。少し照れ臭いが、素直に嬉しい。
「実はこれ、お母さんに協力してもらって、ほつれができるたびに直してるんだ」
「そこまでやってんのかよ……」
「だってお気に入りなんだもん。……これなら、三人も喜んでくれるんじゃない?」
「……なるほどな」
手編みのマフラーなんて、考えてもみなかった。
しかし、雪緒のマフラーを編んだときは本当に気まぐれで、特別な日でもなんでもなかった。だからこそ、気楽に渡すことができた。
クリスマスのようなイベントごとになると、また違うのではないだろうか。
「大丈夫だよ、凛太郎。僕が保証する。君がマフラーを編めば、三人とも絶対に喜んでくれるよ」
「……お前がそこまで言うなら、やってみるか」
雪緒のことは、いつも俺が一番信用している。
マフラーを編むなんて、俺には似合わないかもしれないが、やってやるよ。
「そうと決まれば、早速手芸ショップに付き合ってくれねぇか? 時間もねぇし、編むならさっさと材料を用意しねぇと」
「お安い御用だよ。ついでにタンブラーも見てみよう」
「ああ、そうするか」
本当に、頼りになる親友をもったものだ。
今度また雪緒にもお礼を用意しなきゃな。




