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51-1 季節の変わり目

「……くしゅんっ! あー……さむっ」


 腕をさすりながら、俺はいそいそと校舎に入った。

 暑いか寒いかで言ったら、暑いほうが苦手と即答する俺だが、別に寒さに強いというわけではない。

 寒さだけならまだしも、特に辛いのが、寒暖差というやつだ。

 あまりにもひどいと、体調を崩してしまう。それを避けるためには、ゆっくり風呂にでも入って、体を休めるしかない。


「おはよー、凛太郎」

「おー、雪緒」

「……大丈夫? なんか鼻声だけど」

「ん、問題ねぇよ」

「この時期になると、毎年体調崩してるよね、凛太郎」

「ああ、気を付けねぇとな……」


 俺は大きなため息をつく。

 体調を崩すのは避けられないとしても、できれば早めに崩したい。二十四日にはミルスタのクリスマスライブがあるし、次の日はクリスマスパーティーだ。そのときに治っていてくれさえすれば、問題ない。

 いや、できれば崩したくないが。


「とりあえず、今日は期末テスト最終日だし、最後まで頑張ろうね」

「おう、そうだな」


 そう、今日は四日間に渡って行われる期末テストの最終日。

 今のところ、感触は悪くない。連日遅くまで勉強した甲斐があったというものだ。このまま何もなければ、全体的に好成績で終えられるだろう。


 ――――何もなければ。


◇◆◇


「それでは、ペンを置いてください」


 最後のテストが終わると同時に、俺は机に突っ伏した。

 ああ、これは駄目なやつだ。全身を包む倦怠感と、嫌な寒気。自分が発熱していることが、熱を測らずとも分かる。視界も若干ぼんやりしているような気がする。まだ意識があるだけマシだが、今すぐ横になって眠ってしまいたいというのが本音だった。


「お疲れ、凛太郎。……凛太郎?」

「ああ……お疲れ」

「ちょっと、顔真っ青だよ⁉」

 

 雪緒が声を上げる。

 

「はー! 終わったぜ! この解放感たまんねぇよな! みんなで打ち上げにでも……って、どうした? お前ら」

「なんかあったのか?」


 俺たちのもとに、竜二と祐介がやってくる。

 二人に挨拶しようと思った俺は、なんとか体を起こした。


「お、おい! どうしたんだ凛太郎⁉」

「顔色とんでもねぇぞ⁉」


 そんなにひどい顔なのだろうか?

 まあ、そんな顔色でも仕方ないくらいの気分の悪さは感じているが。


「すぐに帰ってほうがいいよ、凛太郎」

「俺たち、送っていこうか? 帰るのもしんどいんじゃないか?」


 その提案に対し、俺は首を横に振った。

 もしこの体調不良が、季節の変わり目によるものではなく、インフルエンザのような感染症だったとしたら、三人に迷惑をかけてしまう。しんどくても、家に帰ることができると思えば、まだ体も動く。ここはひとりで帰ることが吉だと判断した。


「大丈夫だ……インフルかもしれないし、ひとりで帰るよ」

「……そうか」


 三人が心配そうな目で俺を見ている。

 いつまでも俺に気を遣わせてしまうのも申し訳ない。テストも終わり、もう下校してもいいはずだ。俺はすぐに荷物をまとめ、席を立った。


「回復したら、また連絡するわ……それじゃ」

「うん、お大事にね」

「おう、ありがとな」


 そうして俺は、教室をあとにした。



 ――――結論から言って、俺の体調不良は季節の変わり目からくるものだった。

 ひとまずインフルエンザじゃなくてよかった。移るものでもないため、これなら玲たちに迷惑をかけずに済む。


「……三十八度五分か」


 体温計を見て、今日何度目か分からないため息をつく。

 これまでの傾向だと、大体発熱してから二、三日は高熱が続く。学校は、最低でも四日は休んだほうがいいだろう。


「俺のことより……あいつらの飯どうしよう」


 とても家事ができる体調ではない。

 医者からも安静にしろと言われてしまったし、変に動き回って悪化でもしたら、なおさらあいつらに迷惑をかけてしまう。それだけは避けなければならない。

 

「……連絡だけしておくか」


 あいつらが仕事から帰ってくる前に、俺は四人のグループチャットで体調不良のことを連絡した。夕飯を作れそうにないから、外で済ますかデリバリーしてくれ、という頼みも添えておく。

 すぐに既読がつかない。まだ仕事中だからだろう。俺はスマホを枕元に置いて、目を閉じた。布団にくるまっているのに、寒気が治まらない。解熱剤は飲んだから、効くのを待つしかない。


「……」


 誰もいない家の中で、じっと眠りに落ちるのを待つ。

 時たま、外を通る車の音や、子供が楽しげにはしゃぐ声が聞こえてくる。

 ――――ああ、懐かしいな。

 この部屋は、俺が一人暮らしを始めるまで使っていた部屋だ。

 ずっと、こうしてひとりで耐えていた。母親は出て行っちまったし、親父に連絡しても、仕事の邪魔になるだけ。だからこうして、熱が下がるのをじっと待っていた。


 熱が出ると、どうしてこうも不安な気持ちになるのだろう。

 まるで自分がこのまま消えてなくなってしまうような、そんな不安が精神を蝕んでくる。眠ってしまったら、二度と目覚めないのではないか。不安が不安を呼び、なかなか寝つけない。

 ――――情けねぇな。

 色々と吹っ切れたと思いきや、体調を崩した途端にすぐこれだ。

 安静にしていれば、数日で回復することは自分が一番よく分かっている。それでもこんなに不安な気持ちになるのだから、体調不良とは厄介なものだ。

 俺はあいつらに頼られている。以前の俺なら「そんなわけない」と卑下するところだったが、今は堂々と言い切れる。あいつらが俺を信頼してくれているように、俺もあいつらを信頼しているから。

 しかし、それを理解しているからこそ、こうして動けないままでいることに申し訳なさを感じてしまう。


「熱が下がったら……あいつらにうんと美味いものを作らねぇと……」


 言い聞かせるようにつぶやいてから、しばらく目を閉じていると、いつの間にか俺の意識は深い眠りの中に落ちていた。


◇◆◇


「凛太郎、大丈夫かな」


 番組から用意された楽屋で、ぽつりとレイが呟く。

 彼女が握りしめているスマホには、凛太郎からのメッセージが表示されている。

 

「心配だね。疲れてるときはあったけど、体調を崩すのは初めてだし」

「そうね……最近急に寒くなったし、無理もないけど」


 ミアとカノンの顔にも、心配の色が見てとれる。

 三人にとって、志藤凛太郎はとても大きな存在だ。彼が床に伏しているというだけで、彼女たちはまるで支えを失ったかのような不安を覚えている。

 しかし、一番苦しい思いをしているのは凛太郎であると、彼女たちは理解していた。


「ゼリーとか、食べられそうなもの買っていってあげようか」

「スポーツドリンクもあったほうがいいわよね」

「汗拭きシートも必要かも」


 ――――汗拭きシート?

 ミアとカノンの視線が、レイに集まる。


「……そうだね。今頃汗だくなんじゃないかな、凛太郎君」

「そ、そうね。ちゃんと拭いてあげないと、寝苦しくなるわよね」

「きっと動くのも辛い。だから誰かが拭いてあげたほうがいいと思う」

「「「……」」」


 途端、楽屋に沈黙が訪れる。

 その沈黙は、スタッフが楽屋の扉をノックするまで続いた。

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