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それから再生と共に照明を落として一時間ほど。
基本的にほの暗い映像が流れている画面を、俺はほぼ無心で見続けていた。
映画の内容としては、呪われた家に入った人間を、黒髪の女の幽霊がテレビの中に引きずり込もうとする話だった。
明らかな元ネタがあるくせに、内容にはリスペクトの欠片も感じないこのクソ映画感……好きな人は好きなんじゃないだろうか? 俺は好きじゃないけど。
「「すぅ……すぅ……」」
「……」
ふとソファーの上を見てみれば、玲とカノンが規則正しい寝息を立てていた。
カノンは許そう。巻き込まれた側だからな。
しかし玲、お前はダメだろ。
何で見たいと言い出したお前が寝てるんだよ。
「……はぁ」
もう言い出しっぺが寝てしまっているのだから、再生を止めたらいいと皆は思うだろう。
何故それをしないかと言えば――――。
「り、りんたろーくん……は、離れないで……」
「……ああ、分かってるよ」
隣でミアが俺に縋っているからだ。
席から動こうとすると、彼女が俺の腕を引っ張ってその場から立てないようにしてくる。
デジャヴというか何というか。
ほぼ抱え込まれているような形であるせいで、今度はミアの胸の感触が肘の辺りを通して伝わってきていた。
玲よりも日本人らしい体型の彼女だが、玲が規格外なだけで十分な大きさをお持ちになられている。
軟さよりも張りといった感じだ。
故に俺は無心を貫いている。
俺だってこの歳で犯罪者にはなりたくない。
「お前、意外とホラー駄目なんだな」
「い……今まであんまりこういうのを見てこなかったんだよ……」
なるほど、ホラー耐性がそもそもないのか。
むしろこの程度の作品でよかったと言えるのかもしれない。
これがホラー映画好きに大絶賛されている作品なら、きっとミアは気絶している。
「りんたろーくんは大丈夫なのかい……?」
「ん? ああ、俺はこういうの見慣れてるからなぁ」
実は俺の大親友、稲葉雪緒の趣味にB級映画鑑賞というものがある。
レンタルショップにしかないような作品を借りてきては、俺と一緒によく鑑賞会を開いていた。
見終わった後に聞いてもいない感想をペラペラと語るのだが————ぶっちゃけると、いつも左から右へ聞き流している。
というか雪緒もそれには気づいているのだが、とにかく語りたくてたまらないらしい。
「あと一時間の辛抱だ。頑張れ」
「う、うん……」
腕を締め付ける力が強くなる。
そうなると必然的に肘辺りの感触が強くなってしまうのだが、そこは鋼の精神力で耐え抜くことにした。
俺とミアの、ある意味辛い一時間が始まる――――。
◇◆◇
「ふー……まさか最後に井戸の中に手榴弾を落として根源から消し飛ばすとは思わなかったよ。意外と面白かったね」
「……そうだな」
一時間という時間は思ったよりも短いもので。
気づけば画面にはエンドロールが流れていた。
これまた意外なことに、ミアはずいぶんとこの作品を気に入ったらしい。
きっと雪緒といい酒が飲めることだろう。まだ未成年だけど。
ちなみに俺はと言うと、ほぼほぼ真っ白に燃え尽きていた。
自分の理性とは対極に存在する性欲という名の悪魔に何度も襲われそうになり、その度に心頭滅却を心掛け、ようやく勝利したのだ。
自分との戦いというものが、ようやく理解できた気がする。
「他の二人は……まだ寝てんな。はぁ、気持ちよさそうにしやがって」
「こんなに安らかな寝顔を見ると、何だかいたずらしたくなっちゃうね」
「確かにな……ま、今回はパーティーってことだし、勘弁してやるか」
定番どころで額に肉って書く落書きくらいしてやろうかと思ったが、アイドルの顔にそれをやるのは背徳感が凄まじいため控えておくことにした。
時刻を見れば、すでに夜中に回りそうないい時間になっている。
そろそろ起こしてやらないと体も痛くなるだろうと思い、俺は寝息を立てる二人に声をかけようとした。
「――――まだ、起こさなくていいんじゃない?」
それを止めたのは、俺の隣にいたミアだった。
「何でだよ。こんなところで寝かせておくわけにもいかないだろ?」
「じゃあ君のベッドに運んで、しばらく寝させてあげようよ。ボクは君とまだ話していたいな。……二人っきりで」
ミアは細めた目で俺を見る。
何か企んでいるような、嫌な予感が過ぎった。
しかし、俺自身こいつのことをよく知っておかなければならない気がする。
この部屋で過ごす以上、彼女を避け続けることなどできないのだから。
「……分かった。少し話すか」
「そうこないと」
俺はため息を吐きながら、玲とカノンを寝室のベッドまで運ぶ。
寝心地をよくするために少し大きめのベッドを使っていたのが功を奏した。
女性二人を寝かせても、まだ少しだけ余裕がある。
体が冷えすぎないようにタオルケットをかけ、俺はリビングへと戻った。
「そんなに警戒しなくても、ボクは君に仇を成すようなことはしないよ」
「どうかな。それを決めるのは俺だ」
「ああ、そうかもね。でも本当に、ボクは君に悪意を持って接したいわけじゃないんだよ?」
ミアと目を合わせる。
その目は驚くほどに真っ直ぐで、俺は一瞬言葉に詰まった。
「……分かったよ。疑うような接し方をして悪かった。――――で、何か話したいことがあるんじゃないのか?」
「実は君にお礼が言いたくてね」
「お礼?」
「うん。玲と一緒にいてくれて、ありがとうって」
首を傾げた。
俺が困惑していることに気づいたのか、ミアは補足するように言葉を続ける。
「玲はね、元々すごくストイックな性格なんだ。アイドルという仕事のために自分を徹底的に追い込むタイプというか」
「……ああ、それは分かる気がする」
「でしょ? でも君とこういう関係になってからはまだマシな方なんだ。りんたろーくんは、玲からオンオフの切り替えについて聞いたことはある?」
「少しだけな。お前たちといる時と、俺の家にいる時だけはオフだって言ってた」
「違和感に気づかないかい?」
「……自分の家、言い方を変えれば実家が入っていない」
「その通りさ」
元々、親はほとんど家にいないというような話は聞いていた。
乙咲家自体がそれなりに裕福な家ということも聞いていたし、きっと由緒ある家なのだろう。
アイドルである以前に、玲は家の中で"乙咲家の娘"という立場を守り続けなければいけなかったのかもしれない。
それをオフとは言えない。
「今までオフでいられる場所は、ボクら三人でいる時だけだった。それが君という存在が現れたことで一つ増えたんだ。自分と過ごすようになった後の玲しか君は知らないかもしれないけれど、実は結構笑顔が増えたんだよ?」
「……そいつは光栄だね」
「本心で思ってる?」
「思ってるって。俺は玲を尊敬している。そんな奴の居場所の一つになれたってのは、結構嬉しいもんだ」
私はどこにも行かない――――。
そう言ってくれた玲の姿を思い出す。
彼女がそう言ってくれる限り、俺も離れようとは思わない。
それに一人の女も支えられないような男じゃ、この先専業主夫として生きていくなんて夢のまた夢だ。
「尊敬してる、ね。本当にそれだけ?」
「どういう意味だよ」
「恋はしてないのかって意味だよ」
ミアの口角が少しだけ吊り上がる。
いつの間にか真面目な雰囲気はどこかへと消え去り、今はただ普段通りの彼女がいた。
「恋、ねぇ……あいつのことは好きだが、恋ってなるとまた別だな。俺は生涯愛す女は一人って決めている」
「え……何、その考え。無駄に男らしいけど」
「そいつのことを好きになったら、目移りなんて絶対にしない。だからこそ、俺はその一人を慎重に選びたい。まだひと月程度の関係の相手にそんな気持ちは抱けねぇよ」
ここから半年、一年と過ごしているうちに恋心を抱いてしまう可能性は、俺の中で否定はできない。
少なくとも今この段階で言えることは、"現状"恋はしていないという部分だけだ。
「つまらねぇ答えで悪かったな」
「ううん。ボクとしてはありがたい答えだけど」
「は?」
「だって、それならまだボクにもチャンスがあるってことでしょ?」
自身の唇を舌で舐め、ミアはそう言い放った。




