49-3
「好きな女ねぇ……」
俺はもう、玲への気持ちに気づいている。
好きな女と訊かれたら、迷わずあいつの顔が浮かんでくる。
しかし、それを言葉にするわけにはいかない。いくらこいつらが信用できる連中だとしても、無理なものは無理だ。
「……たとえばなんだが」
俺はそう言葉を切り出す。
「俺がそいつと付き合うことで、そいつの人生を壊してしまう可能性があるとして……それでも俺は、そいつのことを好きでいていいと思うか?」
「……急になんの話だ?」
祐介と竜二は首を傾げているが、雪緒はすぐに真剣な顔つきになった。
俺とミルスタの関係を知っているため、何かピンとくるものがあったようだ。
「付き合っただけで相手の人生を壊すなんてことあるのか? 俺にはそこが分からねぇんだけど」
「……相手が有名人だったら、あり得るかもな。乙咲みたいなアイドルは、彼氏とかご法度だろうし」
祐介の的を射た言葉に、思わず心臓が跳ねる。
竜二と違って、祐介はなかなか察しがいい。
ただ、玲と俺が直接つながっていることには気づいていないようだ。
「うーん……相手が恋愛禁止でも、好きになっちまったら仕方ないんじゃねぇの? 別にあきらめないといけねぇ義務なんてねぇだろ」
「いや、でも……仮に恋が成就したとして、その結果相手の人生が壊れるようなことになったら、お互いすごく苦しい思いをすることになるんじゃないか?」
「だからあきらめんのか?」
「俺は……そういう選択肢もあると思う」
思いがけず、真面目に考え込む時間が始まってしまった。
もう少し気軽な相談のつもりだったのだが――――。
「お互い好き同士なら付き合えばいいと思うんだけどなぁ……バレなきゃいいんだろ? 結局」
「そうだけど、それってすごく難しいことだろ? 出かけるのだって一苦労だし、絶対辛い生活になると思うんだよな……」
「そういうもんかねぇ」
竜二と祐介の意見は、どちらも正しいと思う。
恋愛なんて、所詮は感情論。特に俺たちのような学生には、恋愛するのに理屈なんて必要ない。
しかし、相手がすでに社会に出ているとしたら、ましてやそれが有名人だとしたら、話は複雑になってくる。
竜二はその辺りに重点を置いていないようだが、祐介は現実的な方向へ考えているようだった。
「……僕は、その人のことを好きでいることは、悪いことじゃないと思う」
雪緒がそう言い切ると、場はしんと静まり返った。
「何かをあきらめないといけない理由なんて、ひとつもないんだよ。色々模索しながら、その人と結ばれる道を探したほうがいいと思うな」
雪緒の真っ直ぐな視線が、俺を捉える。
その視線はまるで、情けないことを言うなと俺を叱咤しているようだった。
「おお、いいこと言うな、稲葉」
「そう?」
「俺もあきらめるなってことには賛成だぜ! 悔しいじゃんか! フラれたわけじゃねぇのにあきらめるなんて」
竜二が俺の肩をバシバシと叩く。
少し痛いが、俺を励まそうとしているのはよく伝わった。
「……難しい話だけど、あきらめるかあきらめないかで言ったら、俺もあきらめないほうがいいと思う。竜二の言う通り、何もしないままあきらめるのは、なんか悔しいだろ?」
「ああ……そうかもな」
こいつらは、具体性の欠片もない俺の相談に、親身になってくれた。
これで何かが解決するわけじゃない。でも、相談してよかった。
「で、誰なんだ? 凛太郎の好きな女って」
「ひみつだよ、ひみつ」
「ずりぃぞおい!」
じゃれてくる竜二を適当にあしらいながら、俺たちは真面目な雰囲気を吹き飛ばすように笑った。
◇◆◇
「そんじゃあな!」
「また学校で」
ファミレスの前で、俺たちと祐介たちは別れることになった。
あれからなんやかんや勉強に集中し、テスト対策を進めることができた。
ふざけるときはふざける。集中するときは集中する。そういったメリハリを守れるやつらと一緒にいるのは、とても気が楽だ。
「じゃあ帰るか」
「うん」
雪緒と共に帰路につく。
夕暮れの中を、俺と雪緒はゆっくり歩いた。
「ねぇ、凛太郎」
「ん?」
「乙咲さんのこと、本気なの?」
やっぱり気になるよな、そりゃ。
俺は少し間を置いてから、口を開いた。
「ああ、まあな。今すぐことを動かすつもりはねぇけど」
「あ、そうなの? よかったぁ……てっきり近いうちに告白するんじゃないかって思ってたよ」
「んなわけあるか。……あいつがアイドルである限り、たとえ向こうから告白されたとしても、恋人になるつもりはねぇよ」
「……徹底してるね」
アイドルは、ファンがいてこそ。
俺はあいつに、ファンを裏切ってほしくないのだ。
「まあ、悩んでるっていうのは本当だ」
「あ、そうなの?」
「正直……玲には、アイドルを続けてほしいんだ」
色々な経験を積んだ上で、俺が導き出した本心だった。
アイドルは、乙咲玲にとっての天職だ。彼女のスター性は、あのミアとカノンがセンターを譲るほどの輝きを見せている。トップアイドルが一歩身を引くほどのアイドルなんて、そうは現れない。
玲は、人を導く光だ。その輝きを独り占めするなんて、あまりにも恐れ多い。
「あいつがずっとアイドルでいたほうが、みんな嬉しいだろ」
「……でも、好きなんでしょ?」
「――――まあな」
そう、厄介なのはそこだ。
玲の特別になりたいという気持ちと、アイドルでいてほしいという気持ちは、両立できないもの。
いつかは、どちらかに振り切らなければならない。それはちゃんと分かっている。
だからこそ、こんなに悩んでいるのだ。
「玲がどう思っているのか……それも分かってねぇしな」
アイドルを辞める気なのか、それとも続ける気なのか、あいつの答えはまだ分からない。しかし、俺の欲望のせいで、彼女が将来を曲げるようなことだけは避けなければならない。
「いつかは引退しないといけないのかもしれないけど、初武道館を最後に引退っていうのは、ちょっと早すぎるかもね……売れ始めてから、まだ二年くらいしか経ってないし、ファンのみんなも、これからの活躍に期待してると思う」
「ああ、同感だ」
そう、ファンはまだまだ玲の活躍を求めている。
きっと、玲がアイドルを辞めると言い出したら、多くの人が止めるだろう。
ああ……くそ。結局答えなんて出やしない。
「……まあ、最後は全部本人の意思次第だと思うよ。乙咲さんが冷静に下した判断なら、みんなで尊重しないとね」
「そうだな。相変わらず、お前の言葉はいつも的を射てるな」
「そう?」
きょとんとしながら、雪緒は首を傾げる。
雪緒に相談すると、頭がすっきりする。今回ばかりはすぐに問題が解決するわけではないけれど、もう少し様子を見ないと、まだなんとも言えない状況ということが改めてよく分かった。
今はひとまず、俺にできることを全力でやろう。
あとのことを考えるのは、やるべきことが終わってからだ。




