45‐1 アカウント開設
『どうもー! ミルフィーユスターズでーす!』
『このたびボクらのミーチューブチャンネルを開設してみました』
『これからしばらく毎日更新していく予定なので、チャンネル登録してもらえると嬉しい、です』
ミルフィーユスターズの公式ミーチューブチャンネル、〝ミルスタチャンネル〟の初投稿動画。
それはたった一日で多くの人に拡散された。
「すごいね、ミルスタ。昨日の夜に投稿された動画が、もう二百万再生超えてるよ」
俺の前に座っていた雪緒が、スマホの画面を見せながら話しかけてきた。
ミルスタがミーチューブチャンネルを開設するというのは、世間的にもかなり驚きがあったらしい。
SNSではいまだにトレンドに入っているし、ネットニュースでもバンバン記事が上がっている。
これこそが、ミルスタが常にエンタメの最前線にいる証拠だった。
「ま、ひとまず喜びの声が大きくて一安心ってところだな」
「だね」
多少批判のようなものが来るかと身構えていたが、今のところその気配はない。
ファンたちは、ミルスタが今まで謎に包まれていたプライベートの姿を見せるという部分に大いに反応し、あらゆる界隈で盛り上がっている。
チャンネル登録者も続々と増え、間もなく五十万人に届こうといったところ。
初動から増加ペースは加速しており、もしかすると明日までに百万人の大台に乗ってしまうかもしれない。
「まあ……ああやって質問責めに遭っちゃってるのは、ちょっと気の毒かな」
雪緒が玲の座っている席に視線を向けながら、苦笑いを浮かべる。
今日は彼女も登校日。
最近では一週間に半分出席できればいい方の玲に対し、クラスメイトはえらく協力的だ。
特別扱いせず、できるだけ普通に接することが、全体的な暗黙の了解になっている。
まあ、それでも昨日の一大発表の後はさすがに仕方がない。
今もミーチューブについて詳しく聞かれているのだろう。
「質問したがる気持ちは分かるよ。プライベートも少し見せるって動画で言っちまってるからな。どういう内容が公開されていくのか、気にならない方が難しい」
「まあねぇ……」
「あ、そうだ。前にお前がまとめてたノート、あれあいつらにも共有していいか?」
「え⁉ い、いいけど……今更何か役に立つ?」
「お前が集めた情報なら、きっと役に立つよ」
あいつらも、できることはすべてやろうとしている。
それなら俺も、投票期間開始まで足掻き続けたい。
「……そこまで言われちゃ、悪い気はしないよね」
そう言いながら、雪緒は自分の鞄から数冊のノートを取り出した。
そのうちの一冊はこの前見せてもらった物だが、他のノートに見覚えはない。
「あれからまた暇な時間を見つけるたびに、こうやってノートにまとめてたんだ。もちろん全部じゃないけど、ツインズみたいにミーチューブで活躍してるアーティストのことは、結構まとめられたと思う」
「マジかよ……」
前とは違うノートを開き、中身を読む。
そこには、あらゆるアーティストが世に出した動画の中で、特に再生数が伸びているものがピックアップされる形で書き記されていた。
特に伸びた動画に関しては、内容についてまで事細かに説明が書いてある。
さらに視聴者のリプレイが多い箇所は別枠で説明が入っており、どうしてここが人気なのか、心理に基づいて解説してあった。
そして情報量もさることながら、ノート自体がとにかく見やすい。
勤勉な雪緒の性格が、これでもかと反映されている。
「例の人気投票バトルの件を聞いたから、ミーチューブに関しては重点的に調べたよ。それとツインズの研究だけしても偏っちゃうと思ったのと、正直彼女たちはツインズと同じ路線は合わないと思ったから、他の色んな人気ミーチューバ―の情報も入れてみた」
「……ここまでくると、ミーチューブの教科書みたいだな」
メンバー構成まで載っているページを見つけ、俺は冷や汗を流す。
雪緒が、俺たちのためにここまでの労力をかけてくれた。
これに対して俺が返せるものなんて、簡単には思いつけそうにない。
「ありがとう、雪緒……このお礼は必ずする」
「気にしなくていいよ――――って言いたいところだけど、もしそのノートが役に立ったら、またミルスタのライブに連れていってほしいな。この前のハロウィンライブ、すごく楽しかったからさ」
「分かった、あいつらにとびっきりいい席を頼んでおく」
次のライブとなると、もうそれはチケット争奪戦不可避な武道館ライブになるはずだが……まあ、なんとかなるだろう。
◇◆◇
「へぇ……! すごい分かりやすいわね! このノート!」
雪緒からノートを借りた俺は、その日の夜に早速三人に見せてみた。
三人が三人ともノートの内容に釘付けになっており、すでに雪緒のノートが有意義に使われていることが実感できる。
「凛太郎、これ全部稲葉君が?」
「そうだ。勉強の合間とかにまとめてくれたらしいぞ」
「本当にすごい……視聴者数が増えやすい時間帯まで、全部まとめてある」
実際にミーチューブをやっていない俺でも、このノートは本当に勉強になる。
ミーチューブ上で視聴者が増えやすい時間帯に動画を投稿すれば、再生数も増加する――――が、当然同じことを考えている連中がいる。
あらゆるミーチューバ―が同時に動画を投稿すれば、埋もれてしまう可能性があるということだ。
しかし注目度さえ高ければ、おそらく埋もれることなく視聴者を独占できる。
これはチョコレート・ツインズの投稿時間を見れば一目瞭然。
彼女たちの場合、いわゆるゴールデンタイムに動画を投稿しても、一切他人に邪魔されることなく急上昇ランキングを駆け上がる。
飛びぬけた人気と、固定ファンの多さが成せる技だ。
ただ、ミルスタには飛びぬけた人気はあれど、まだ始めたばかりでミーチューブ上に固定ファンがいるとは限らない。
それをカバーするのが、〝話題性〟。
あのミルスタがミーチューブを始めたという話題が存在感を放っている間に、固定ファン獲得する。それこそが長く人気を保つための最善手。
つまり今日を含めて数日間、すでに撮影済みの動画のストックの中から、強い企画をぶつけていく必要があるわけだ。
「これは出し惜しみをしてる場合じゃなさそうだね……」
そう呟いたミアは、読んでいたノートを閉じる。
「今日投稿する予定の動画、まだ決めてなかったよね」
「ええ、まだ投稿予定時間まで一時間くらいあるし、ここで考えようって思ってたから……」
編集は事務所の人間に任せる形になっているが、投稿の権限はミルスタが、具体的にはカノンが握っている。
受け取っている動画ファイルを、カノンがチャンネルに上げるのだ。
「今日の動画は、新曲のダンスの練習動画にするべきだと思う」
「ダンス動画? そんなの撮ってたのか」
「スタジオでのレッスン中に、ついでって形で撮らせてもらったんだよ」
近くに置いてあったノートパソコンを開いたミアは、一つの動画ファイルを再生した。
動画に映っていたのは、俺が差し入れにいったあのスタジオ。
その中心に、練習着の三人がいる。
そして発表されたての曲が流れだし、三人がキレキレのダンスを披露し始めた。
「おお……! なんか新鮮だな、この構図」
「でしょ? ボクらのダンスをちゃんと見てもらう機会って、実はあまりなかったんだ。もちろんライブや番組収録では見せているけど、ステージを練り歩く必要があったり、画角的に全員が常に映っているわけじゃなかったりね」
「言われてみれば、確かにそうだな」
例えば収録の都合上、ソロパートがある曲であれば、それを担当する者にカメラが寄るのは必然。
しかしこの動画であれば、ソロパート中に他の二人がどうしているのかまではっきりと映っている。
ライブでは遠目に見ることしかできなかった動きも、この動画ならすべて見えるし、なんなら低速再生でスローにすることだってできるのだ。
ファンにとっては、まさに必見といったところだろう。




