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リビングに戻ってしばらく待つと、風呂場から玲たちが戻ってきた。
「ほら、レイ? ドライヤーの前にちゃんと水滴を拭きとらないと、乾かすのに時間がかかるから」
「ん……」
玲の湿った髪を、ミアがタオルで押さえつけるようにして拭いている。
そうやってタオルドライされている玲は、長い髪の毛も相まってさながらゴールデンレトリーバーのようだ。
ちょうど色も金色だしな。
「おかえりー、結構長く入ってたんじゃない?」
「レイが本当に動きたがらなくて困ってたんだよ。まあ、今日はソロの案件もあったし、疲れてるのは分かるけどね」
肩を竦めながら、ミアが言う。
なるほど、どうりでこんなに疲れているわけだ。
「うーん、レイはもう寝かせてしまおうか。今日はカノンのナイトルーティーンを撮る予定だったよね?」
「そうね。撮影なら今いるメンツで事足りるし」
ナイトルーティーンとは、いわゆる普段寝るまでの決まった行動のことだ。
簡単なところでいえば、風呂とか歯磨きとか、そういった毎日必ず行っていることを動画にしていく。
「じゃあ申し訳ないんだけど、レイを寝かせてきてくれるかな、凛太郎君」
「ああ、分かった」
俺は素直に了承して、玲の下へ。
家の中で撮影する以上、万が一にも俺が映るようなことがあってはならない。
だからここで俺が玲を連れて部屋に引きこもるのは、当然のことである。
「玲、行くぞ」
「ん……りんたろう、おぶって……」
「そんなに動きたくねぇのか……?」
普段はどれだけ過酷なレッスンがあっても、分かりやすく疲れた様子を見せない玲。
そんな彼女が、動きたくないというほど疲れている。
まだ半年という短い付き合いではあるものの、こんな姿は中々見ない。
「レイ、ここ数日ミーチューブの研究で遅くまで起きてるみたいなんだよね」
「え?」
やれやれといった様子で、ミアが言う。
そしてチラリとカノンの方に視線を向けた。
「はぁ……あたしも今更とやかく言わないことにしたわ。遊びとか趣味ならともかく、ちゃんと勉強してるんだもの、この子」
「そうそう、ちゃんと有名なミーチューバーの名前とか憶えてるし、提案してくる企画もそれっぽいものばかりになったよ」
「それで本業がおろそかになってたら叱ってるところなんだけど……一応、仕事も手を抜かずにやってくれてるから」
「最近ますます忙しくなって、負担はかなり大きいはずなんだけどね」
玲が努力家なのは間違いない。
それは誰もが認めている。
しかしそれで体を壊してしまえば本末転倒。
「ちゃんと見といてやらないとな……」
俺はそう呟きながら、玲の前で背を向ける。
それからミアとカノンの協力を得て、玲をおんぶした。
「じゃあ寝かせてくるわ」
「うん、頼んだよ」
玲を背負いながら、なんとか二階へ。
そして彼女の部屋を開けて、中へと入る。
「……」
どうして同じ家であるはずなのに、こうも甘い匂いがするのか。
掃除のために何度も入っているはずなのに、そのたびに妙な気分になる。
ここに長居するのはまずいと本能が言っていた。
「玲、ベッドに下ろすぞ」
「ん……」
自分ごと座るようにして、玲をベッドに置く。
そしてそのまま少し力を入れて押せば、彼女の体はたやすく横になった。
「んう……りん、たろう」
「はいはい、ここにいるぞ」
玲の頭の近くに腰を下ろす。
すると玲は、甘えるように俺の背中に頭をこすりつけてきた。
なんだ、この可愛らしい動物は。
こっちは日々理性を保つことで必死だったりするのに、こんなことされるとめちゃくちゃ困る。
(でも……俺を信頼してくれてるわけだからな……)
玲も、あの二人も、俺を信頼しているから側に置いてくれている。
それを裏切るような対応をするわけにはいかない。
俺は玲の頭を撫でようとした手を、ゆっくりと下ろす。
――――こうして誤魔化し誤魔化し過ごした先に、一体何があるのだろう。
「……おやすみ、玲」
そう言い残し、俺は玲の部屋を後にした。
◇◆◇
「帰ったよー、クロ」
「シロ……! おかえり」
住んでいるマンションに帰ってきた途端、クロがウチに抱き着いてきた。
毎度毎度、クロはウチが一人で外出するとこうなる。
ウチがどこかへ行ってしまうのではないかと不安になるのだろう。
だからこうなった時は、その背中をゆっくり摩ってあげる。
「ほらほら、ちゃんと帰ってきたで? 安心せーな」
「うん。無事に帰ってきてくれてよかった」
「毎度大げさなんやから」
同じ孤独を知る人間との生活は、心が落ち着く。
りんたろーさんには、『クロは人を信用しない』という風に言ったけど、それは半分嘘。
正解は、ウチもクロも、人を信用していない――――だ。
この孤独を知らない人は、またウチらに同じ思いをさせるかもしれない。
だから信用できない。
その点、クロといると安心できる。
孤独の辛さを知っているこの子は、ウチにもうそんな思いをさせないようにしてくれるから。
「ほら、中行こ?」
「うん」
ウチらが借りているマンションの間取りは、2LDK。
リビングに対して、寝室、そしてミーチューブ用の撮影部屋がくっついている感じだ。
「……そろそろ引っ越してもええかもな」
ウチは撮影用機材などで手狭になってきたリビングを眺めながら、そうつぶやいた。
「うん、編集部屋とかもほしい」
「せやなぁ……いつまでもダイニングテーブルで編集しとると、腰に悪そうやし」
チョコレート・ツインズのチャンネルは、撮影から編集まで、全部ウチらだけで行っている。
外部の人間は、当然信用できない。
それでも事務所に入った理由は、事務所側との利害が一致したから。
ウチらは面倒くさい他事務所からの勧誘を弾きつつ、事務所の名義で好き勝手できる。
その代わり、ウチらは事務所にチョコレート・ツインズという名前を貸しているのだ。
ウチらの名前があるだけで、事務所として箔がつくらしい。
まあWINWINというやつだ。
「とりあえずお腹減った! なんか出前でも頼も?」
「あれ? 外で食べてきたんじゃないの?」
「んー、ちょっと予定が変わってな」
りんたろーさんのことは夜まで振り回したろと思っていたのに、早々に逃げられてしまった。
こちら側としては、確認したいことはすべて確認できたし、楽しい時間も過ごせたし、思い残すことは特にない。
しかし、ウチみたいな美少女とのデートを途中で離脱できるあの人の神経が理解できなかった。
普通できるだけ一緒にいたいと思うやろ。
周りに美少女が多いからって、変に慣れてしまったんじゃないだろうか?
なんとも贅沢な話である。
「……こういう時、ウチらにもパッと料理が作れればええんやけど」
綺麗に整頓されているキッチンを見て、ウチは苦笑いを浮かべる。
キッチンが綺麗な理由は、至極単純。まったくと言っていいほど使っていないからだ。
「ミルスタの子らはええよなぁ、あんなサポーターなんてつけて。りんたろーさんの料理、きっと目玉飛び出るほど美味いんやろなぁ」
「……最近のシロ、ずっと〝りんたろう〟の話ばかり」
「だって羨ましいんやもーん。あない好みな男、中々おらへんで? 間違いなくウチら側の人間やし」
「今日はそれを確かめに行ったんじゃないの?」
「そうそう、実際あの人はこっち側……って」
ウチはおそるおそるクロの顔を見る。
「……いつから気づいとったん?」
「今日は留守番しててって言われた時から、なんとなく」
「はぁ~、こりゃ一本取られたわ」
まさか、あのクロがウチの行動に気づくとは。
色恋には鈍感だと思っていたこの子も、実は成長しとるんやろか。
「黙って行ったこと、怒っとらんの?」
「不満はあるけど、怒ってはないよ。シロにとって必要なことだったんだろうし、それに……りんたろうって人、あんまり嫌な感じしないから」
「へぇ、あんたがそういうなんて珍しいね」
生粋の人間嫌いであるはずのクロが、とげとげしい態度を取っていない。
それだけで、長年一緒にいるウチは素直に驚いてしまう。
「雰囲気がちょっとシロに似てる。だからあんまり怖くない」
「……ふーん、やっぱクロもそう思ったんやな」
ウチは思わず笑ってしまう。
好みのタイプで、クロもあんまり警戒していなくて、ウチらと同じ孤独を知る男の子――――。
そんな人、放っておけへんに決まっとる。
「なあ、クロ」
「何?」
「りんたろーさん、本当に奪っちゃう?」
あんな風に、すべて持ってます! みたいな顔してる子たちに、りんたろーさんはもったいない。
ウチらみたいな人間は、集まって傷を舐め合うのが一番だ。
「シロが欲しがるなら、私は協力するだけ」
「んー! クロはほんまかわええなぁ!」
りんたろーさんさえ奪えば、きっとミルスタなんて敵じゃない。
勝ち負けはどっちでもいいというのは本音やけど、気分的には勝った方がいいに決まっている。
ぼちぼち投票期間が始まる頃だ。
土俵はウチらが選ばせてもらったが、それだけで倒せるほどミルスタは甘くない。
しかし、だからこそ争う価値がある。
「人気も、男も、根こそぎウチらがいただいたるわ……!」
こちら新作を始めました!
『宮廷魔術師として500000000ゴールド貯めたので、辺境の地で平穏な隠居生活を送りたい〜土地を荒らす不届きものを倒していたら、いつの間にか「最果ての魔女」として恐れられていました〜』
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