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44‐6

 リビングに戻ってしばらく待つと、風呂場から玲たちが戻ってきた。

 

「ほら、レイ? ドライヤーの前にちゃんと水滴を拭きとらないと、乾かすのに時間がかかるから」

「ん……」


 玲の湿った髪を、ミアがタオルで押さえつけるようにして拭いている。

 そうやってタオルドライされている玲は、長い髪の毛も相まってさながらゴールデンレトリーバーのようだ。

 ちょうど色も金色だしな。


「おかえりー、結構長く入ってたんじゃない?」

「レイが本当に動きたがらなくて困ってたんだよ。まあ、今日はソロの案件もあったし、疲れてるのは分かるけどね」


 肩を竦めながら、ミアが言う。

 なるほど、どうりでこんなに疲れているわけだ。


「うーん、レイはもう寝かせてしまおうか。今日はカノンのナイトルーティーンを撮る予定だったよね?」

「そうね。撮影なら今いるメンツで事足りるし」


 ナイトルーティーンとは、いわゆる普段寝るまでの決まった行動のことだ。

 簡単なところでいえば、風呂とか歯磨きとか、そういった毎日必ず行っていることを動画にしていく。


「じゃあ申し訳ないんだけど、レイを寝かせてきてくれるかな、凛太郎君」

「ああ、分かった」


 俺は素直に了承して、玲の下へ。

 家の中で撮影する以上、万が一にも俺が映るようなことがあってはならない。

 だからここで俺が玲を連れて部屋に引きこもるのは、当然のことである。


「玲、行くぞ」

「ん……りんたろう、おぶって……」

「そんなに動きたくねぇのか……?」


 普段はどれだけ過酷なレッスンがあっても、分かりやすく疲れた様子を見せない玲。

 そんな彼女が、動きたくないというほど疲れている。

 まだ半年という短い付き合いではあるものの、こんな姿は中々見ない。


「レイ、ここ数日ミーチューブの研究で遅くまで起きてるみたいなんだよね」

「え?」


 やれやれといった様子で、ミアが言う。

 そしてチラリとカノンの方に視線を向けた。 


「はぁ……あたしも今更とやかく言わないことにしたわ。遊びとか趣味ならともかく、ちゃんと勉強してるんだもの、この子」

「そうそう、ちゃんと有名なミーチューバーの名前とか憶えてるし、提案してくる企画もそれっぽいものばかりになったよ」

「それで本業がおろそかになってたら叱ってるところなんだけど……一応、仕事も手を抜かずにやってくれてるから」

「最近ますます忙しくなって、負担はかなり大きいはずなんだけどね」


 玲が努力家なのは間違いない。

 それは誰もが認めている。

 しかしそれで体を壊してしまえば本末転倒。


「ちゃんと見といてやらないとな……」


 俺はそう呟きながら、玲の前で背を向ける。

 それからミアとカノンの協力を得て、玲をおんぶした。


「じゃあ寝かせてくるわ」

「うん、頼んだよ」


 玲を背負いながら、なんとか二階へ。

 そして彼女の部屋を開けて、中へと入る。


「……」


 どうして同じ家であるはずなのに、こうも甘い匂いがするのか。

 掃除のために何度も入っているはずなのに、そのたびに妙な気分になる。

 ここに長居するのはまずいと本能が言っていた。


「玲、ベッドに下ろすぞ」

「ん……」


 自分ごと座るようにして、玲をベッドに置く。

 そしてそのまま少し力を入れて押せば、彼女の体はたやすく横になった。


「んう……りん、たろう」

「はいはい、ここにいるぞ」


 玲の頭の近くに腰を下ろす。

 すると玲は、甘えるように俺の背中に頭をこすりつけてきた。

 なんだ、この可愛らしい動物は。

 こっちは日々理性を保つことで必死だったりするのに、こんなことされるとめちゃくちゃ困る。

 

(でも……俺を信頼してくれてるわけだからな……)


 玲も、あの二人も、俺を信頼しているから側に置いてくれている。

 それを裏切るような対応をするわけにはいかない。

 俺は玲の頭を撫でようとした手を、ゆっくりと下ろす。

 ――――こうして誤魔化し誤魔化し過ごした先に、一体何があるのだろう。

 

「……おやすみ、玲」


 そう言い残し、俺は玲の部屋を後にした。


◇◆◇


「帰ったよー、クロ」

「シロ……! おかえり」


 住んでいるマンションに帰ってきた途端、クロがウチに抱き着いてきた。

 毎度毎度、クロはウチが一人で外出するとこうなる。

 ウチがどこかへ行ってしまうのではないかと不安になるのだろう。

 だからこうなった時は、その背中をゆっくり摩ってあげる。


「ほらほら、ちゃんと帰ってきたで? 安心せーな」

「うん。無事に帰ってきてくれてよかった」

「毎度大げさなんやから」


 同じ孤独を知る人間との生活は、心が落ち着く。

 りんたろーさんには、『クロは人を信用しない』という風に言ったけど、それは半分嘘。

 正解は、ウチも(・・・)クロも、人を信用していない――――だ。

 この孤独を知らない人は、またウチらに同じ思いをさせるかもしれない。

 だから信用できない。

 その点、クロといると安心できる。

 孤独の辛さを知っているこの子は、ウチにもうそんな思いをさせないようにしてくれるから。


「ほら、中行こ?」

「うん」


 ウチらが借りているマンションの間取りは、2LDK。

 リビングに対して、寝室、そしてミーチューブ用の撮影部屋がくっついている感じだ。


「……そろそろ引っ越してもええかもな」


 ウチは撮影用機材などで手狭になってきたリビングを眺めながら、そうつぶやいた。


「うん、編集部屋とかもほしい」

「せやなぁ……いつまでもダイニングテーブルで編集しとると、腰に悪そうやし」


 チョコレート・ツインズのチャンネルは、撮影から編集まで、全部ウチらだけで行っている。

 外部の人間は、当然信用できない。

 それでも事務所に入った理由は、事務所側との利害が一致したから。

 ウチらは面倒くさい他事務所からの勧誘を弾きつつ、事務所の名義で好き勝手できる。

 その代わり、ウチらは事務所にチョコレート・ツインズという名前を貸しているのだ。

 ウチらの名前があるだけで、事務所として箔がつくらしい。

 まあWINWINというやつだ。


「とりあえずお腹減った! なんか出前でも頼も?」

「あれ? 外で食べてきたんじゃないの?」

「んー、ちょっと予定が変わってな」


 りんたろーさんのことは夜まで振り回したろと思っていたのに、早々に逃げられてしまった。

 こちら側としては、確認したいことはすべて確認できたし、楽しい時間も過ごせたし、思い残すことは特にない。

 しかし、ウチみたいな美少女とのデートを途中で離脱できるあの人の神経が理解できなかった。

 普通できるだけ一緒にいたいと思うやろ。

 周りに美少女が多いからって、変に慣れてしまったんじゃないだろうか?

 なんとも贅沢な話である。


「……こういう時、ウチらにもパッと料理が作れればええんやけど」


 綺麗に整頓されているキッチンを見て、ウチは苦笑いを浮かべる。

 キッチンが綺麗な理由は、至極単純。まったくと言っていいほど使っていないからだ。


「ミルスタの子らはええよなぁ、あんなサポーターなんてつけて。りんたろーさんの料理、きっと目玉飛び出るほど美味いんやろなぁ」

「……最近のシロ、ずっと〝りんたろう〟の話ばかり」

「だって羨ましいんやもーん。あない好みな男、中々おらへんで? 間違いなくウチら側の人間やし」

「今日はそれを確かめに行ったんじゃないの?」

「そうそう、実際あの人はこっち側……って」


 ウチはおそるおそるクロの顔を見る。


「……いつから気づいとったん?」

「今日は留守番しててって言われた時から、なんとなく」

「はぁ~、こりゃ一本取られたわ」


 まさか、あのクロがウチの行動に気づくとは。

 色恋には鈍感だと思っていたこの子も、実は成長しとるんやろか。


「黙って行ったこと、怒っとらんの?」

「不満はあるけど、怒ってはないよ。シロにとって必要なことだったんだろうし、それに……りんたろうって人、あんまり嫌な感じしないから」

「へぇ、あんたがそういうなんて珍しいね」


 生粋の人間嫌いであるはずのクロが、とげとげしい態度を取っていない。

 それだけで、長年一緒にいるウチは素直に驚いてしまう。


「雰囲気がちょっとシロに似てる。だからあんまり怖くない」

「……ふーん、やっぱクロもそう思ったんやな」


 ウチは思わず笑ってしまう。

 好みのタイプで、クロもあんまり警戒していなくて、ウチらと同じ孤独を知る男の子――――。

 そんな人、放っておけへんに決まっとる。


「なあ、クロ」

「何?」

「りんたろーさん、本当に奪っちゃう?」


 あんな風に、すべて持ってます! みたいな顔してる子たちに、りんたろーさんはもったいない。

 ウチらみたいな人間は、集まって傷を舐め合うのが一番だ。


「シロが欲しがるなら、私は協力するだけ」

「んー! クロはほんまかわええなぁ!」


 りんたろーさんさえ奪えば、きっとミルスタなんて敵じゃない。

 勝ち負けはどっちでもいいというのは本音やけど、気分的には勝った方がいいに決まっている。


 ぼちぼち投票期間が始まる頃だ。

 土俵はウチらが選ばせてもらったが、それだけで倒せるほどミルスタは甘くない。

 しかし、だからこそ争う価値がある。


「人気も、男も、根こそぎウチらがいただいたるわ……!」

 

こちら新作を始めました!


『宮廷魔術師として500000000ゴールド貯めたので、辺境の地で平穏な隠居生活を送りたい〜土地を荒らす不届きものを倒していたら、いつの間にか「最果ての魔女」として恐れられていました〜』


書き溜め更新になりますので、毎日18時に更新予定です!


こちらの作品も面白いと感じていただけましたら、ぜひブックマーク、★評価、レビューなどいただけると嬉しいです! 

作品の継続に関する大きな指標にさせていただきます!

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