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44‐2

「加工は後でするとして……まずは食べよ。時間置いてクリームが崩れでもしたら台無しや」


 律儀に手を合わせるシロナを見て、俺も食前の儀式を済ます。

 そして改めてパンケーキに視線を向けるのだが……。


「……マジでとんでもない量だな」


 乗せられたホイップクリームは、まるで山脈のよう。

 パンケーキ自体にもしっかりと厚みがあり、それでいて大きい。

 あまり考えるべきではないことは分かっているが、カロリーだけでいえば、こってり系のラーメンと大差ないように思える。


「りんたろーさんは甘い物苦手なん?」

「まあ……特別好きってわけじゃねぇな」

「あれま。そら悪いことしたなぁ……でもここのクリームは、見た目ほど甘くないらしいで?」


 これが甘ったるくないわけがないだろ――――なんて思いながら、俺はパンケーキを切り分け、口に運んでみる。

 ふわふわのパンケーキと濃厚なクリームが、口の中で合わさった。

 その瞬間、俺は衝撃を受ける。


「……うまっ」


 クリームは確かにとてつもなく甘い。

 甘いのだが、まったくくどくないというか、意外とあっさりしているというか。

 ぶっちゃけいくらでも食べられそうな気がしてくる。

 

「でしょう? じゃ、ウチも失礼して」


 シロナがパンケーキを口に運ぶ。

 そして口に運んだ途端、彼女の顔から笑みが溢れた。


「おいひぃ~! やっぱり流行りものは信じるべきやなぁ」

「……好きなのか? 甘い物」

「んー? いや、人並やと思うで。そもそも甘いもんが嫌いな女子なんておらへんし」


 確かに、そういうイメージはある。

 

「あと、基本的に可愛いもんが嫌いな女子もおらん。このパンケーキなんて、まさに女子の理想が詰まった宝石箱や」

「へぇ……」


 見渡せば、店の中にいるのは女性がほとんどだ。

 少なからず男性もいるが、俺のように相方の女がいる人ばっかり。

 外観からして、男だけで入るのは気が引けるしな、ここ。


(女子の理想、か……にしても、これどうやって作るんだろ)


 俺は再びクリームをたっぷりとつけたパンケーキを口に運ぶ。

 やはりちゃんと甘味を感じるのだが、それが口の中に残り続けない。

 一言で表すなら、とても上品なのだ。

 今のシロナの話を踏まえれば、あいつらもおそらくこのパンケーキを前にすればテンションが上がるだろう。

 もしもこれを家で作ることができれば、あの企画にも――――。


「……妬けるなぁ、りんたろーさん。ウチというものがありながら、あの子らのこと考えてる」

「うおっ⁉」


 驚いて顔を上げれば、目と鼻の先にシロナがいた。

 何故こんなにも顔が近いのか。

 俺はさらに連鎖的に驚いてしまい、思わずのけぞる。


「にゃはは! やっぱりからかい甲斐がありますなぁ、りんたろーさんは」

「っ……なんであいつらのこと考えてるって分かったんだよ」

「そりゃウチがエスパーやから?」

「んなわけあるかよ」

「ツッコむ時はもっとガツンとこんかい! ……まあええけど! 単に女の勘が働いただけや。意外と分かるもんやで? 結構男子って単純やさかい」

「……そういうもんかねぇ」


 そう言いつつ、俺は内心でビビっていた。

 勘とは言いつつも、結局俺の顔にある程度感情が出てしまっていたのだろう。

 だいぶ分かりやすい顔をしていたということだ。

 この女の前に感情や思考が分かりやすい状態で座っているというのは、かなり危険であると思う。


「てゆーか、りんたろーさんは彼女おんの?」

「今聞くのかよ……別にいねぇけど」

「ふーん? てっきりあの子らのうちの誰かと付き合ってるんかと思たわ」

「色々疑問なんだが……そう思っていたなら、どうして俺をわざわざ誘ったんだ? そこまで俺にこだわる理由はなんだ?」


 俺がそう問いかけると、シロナは妖しい笑みを浮かべた。


「ゆーたやんか。人のモノほど欲しくなる質やねん、ウチ」

「……じゃあ俺にこだわるのも、誰かのモノだと思ったからか」

「いや……それは、うん」


 シロナの歯切れが突然悪くなる。

 さらに照れた様子で顔を赤くしているのを見て、俺は疑問を浮かべた。


「その……ウチがあんたに一目惚れしたって言ったら、笑う?」

「ひとめっ――――」


 思わず吹き出しそうになり、俺は口を押さえた。

 危ない、むせるところだった。


「ミルスタのハロウィンライブでぶつかった時から、りんたろーさんの顔が頭から離れへんのや。なんというか……強いシンパシーを感じたんよ」

「……シンパシーってなんだよ」

「りんたろーさん、親にあんまいい思い出ないやろ」

「っ……!」


 しまった、完全に顔に出た。

 図星を突かれた顔をした俺を見て、シロナは再び目を細めるようにして笑う。


「ドンピシャみたいやなぁ。ウチの感じたシンパシーは本物やったか」

「どうして分かった……?」

「親とわだかまりがある子って、なんとなく同じ顔をしてるんよ。小さい頃に強い孤独を味わった顔って言うんかな? ウチにはそれが分かる」


 そう言いながら、シロナは俺の目を覗き込んでくる。

 なんだ、この心の奥まで見透かされそうな感覚は。

 心がざわざわして落ち着かない。

 しかしここで目を逸らすのも、負けた気分になる。

 俺は臆することなくシロナの目を見つめ返した。

 ――――それは、気のせいだったのかもしれない。

 いや、むしろ気のせいであってほしかった。

 シロナの目の奥の、更に深いところ。

 その部分に、〝俺〟がいた。

 雷雨の中、あの広い家で孤独に耐えていた頃の俺がいた。

 

「この先の話は……そうやなぁ。ここではちょっと話しにくいわ」


 シロナは椅子に深く腰掛け直し、パンケーキに視線を落とす。


「とりあえず食べよか。今日は夜まで帰さへんで?」


◇◆◇


「はー! 美味しかったなぁ、パンケーキ」


 カフェを出たシロナが、そんな風に告げた。

 対する俺はというと……。


「うっ……」


 店を出た途端、俺はよろけてしまう。


「あらま、やっぱりちょっと多かった?」

「どう見てもそうだろ……」


 とにかく胃が重たい。

 最初はいくらでも食べられそうだと思ったクリームだったが、食べているうちにそれは幻想だと気づいた。

 何しろ量が多すぎる。

 普通に腹が膨れすぎて気持ち悪いのか、それともクリームの甘みで気持ち悪いのか、自分でも分かっていなかった。


「よくピンピンしてられるな……あんた」

「普段から動き回っとるせいで、胃袋も大きくなっとるんよ。あの子らもそうなんとちゃうん?」

「……なるほどな」


 あいつらの胃袋なら、ここのパンケーキくらいぺろりと平らげるだろう。

 それと同じと言われれば、俺は納得せざるを得ない。


「そんじゃ次行きましょか!」

「おい……俺はもうこれ以上食えねぇぞ」

「大丈夫大丈夫、りんたろーさんはついてくるだけでええから」


 そう言いながら、シロナが俺の手を引く。

 今すぐにでも帰りたい気持ちだが、まだこいつからミーチューブでバズる方法とやらを聞いていない。

 それに……こいつの過去、それも気にならないと言ったら嘘になる。


(……今日一日は付き合うって話だったしな)


 離脱するという選択肢を省いた俺は、大人しく彼女の手に引かれることにした。

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