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「まずは……三人とも、気を使わせて悪かった。俺が疲れていたことに気づいてたんだな」
「まあね。明らかに睡眠時間が減っているようだったし、あくびも増えてたから」
「よく見てるよ、本当に」
苦笑いを浮かべた俺は、そのまま話を続ける。
「体調に支障が出る前に休ませてもらえて、素直に助かった。自分がヤワだとは思ってねぇけど、保証なんてないもんな」
俺も、こいつらも、結局人はどこまでいっても人。
いくら大丈夫と言い張ったって、壊れる時は一瞬だ。
その上でこいつらは、俺が壊れてしまうリスクを下げてくれた。
感謝は尽きない。
「あたしたちも、その件については話さないといけないと思ってたわ。……単刀直入に聞かせて? あたしたち、あんたの負担になってない?」
三人の顔は、どことなく緊張気味だ。
そりゃそうだろう。
自分が相手にとって邪魔な存在かどうか聞いているのだ。
俺だって、自分の存在意義をこいつらに問うのは気が引ける。
だからこそ、俺は即答しなければならない。
「負担なんかじゃねぇよ。この生活を提案したのは俺、そしてこの生活を辞めないのも俺だ。お前らが責任を感じる必要なんてない」
「……ほんと?」
「神に誓って」
「……じゃあ、よかった」
玲の顔が安堵の表情に変わる。
それを見て、俺は再び自分を戒めた。
女を不安にさせる男なんて、俺にとってはクソ野郎でしかない。
そんなクソ野郎からは、さっさと脱却しなきゃな。
「自分が情けないことなんて、百も承知。その上で、お前たちに頼みたいことがある」
「……それはなんだい?」
「もう少し、お前たちを頼りたい」
俺の言葉を受けて、三人が三人きょとんとした顔になる。
「さっき雪緒に言われたんだ。家族みたいに生活してみるのはどうかって。ぶっちゃけ、俺は家族ってもんがよく分からん。……ただ、支え合うものってことくらいは分かる」
ただ側にいるだけで家族になれるわけじゃない。
お互いの気持ちが通じ合うことで、ようやく家族と呼べる。
それが、俺の思う家族の〝理想の形〟だった。
「余裕がある時だけで構わない。いずれ俺がストレスなくすべてをこなせるようになるまで、少しだけ家事を手伝ってほしい」
「ん、分かった」
「ええ、いいわよ」
「もちろん、喜んで手伝うよ」
「軽っ」
結構意を決して伝えたつもりだったんだけど。
「むしろ手伝っていいなら先に言ってほしかったわ。この家はあんたのものだから、変に手を出さない方がいいのかと思ってた」
「ボクもそう思っていたよ。凛太郎君には決まった家事のやり方があって、それを邪魔されたくないのかなって」
二人の言葉で、俺はぽかんと口を開く。
「今のボクらは、確かに君におんぶにだっこな生活をしている。特に君が作ってくれる食事には依存していると言ってもいい」
「そりゃ言いすぎだろ……」
「いや、言い足りないくらいだよ。でもね、凛太郎君。玲はともかくとして、ボクらは前のマンションでもほとんど君の力を借りずに生活していたんだよ?」
それはそうだ。
洗濯に掃除、少なくともこの二人は、その辺りの家事を自分で済ませていた。
玲に関してはひどい言われようをしているが、別に家事がどうしてもできないわけではない。
現に実家へと招いてもらった時は、料理をふるまってくれた。
「あんたより家事を上手くこなす自信はないけど、皿洗いとか、ゴミ出しくらいならできるわよ」
「私も、自分から動くのは難しいけど、頼んでもらえたらできると思う」
――――俺は、今まで三人のことをどう考えていたのだろう。
別に、アイドル活動以外何もできない奴らだなんて考えたことはない。
しかし、俺は間違いなくこいつらと自分を切り分けて考えていた。
三人はアイドルの仕事に専念する。
そして俺は、家事を一手に引き受ける。
内と外。お互いの居場所は、そこにあると思っていた。
つまり、家事も一人でこなせいないようなら、俺なんていらないと思っていたんだ。
「……家族のように暮らしていくって、稲葉君も面白いことを言うね。すごく楽しそうだ」
「うちはただでさえチビたちが多いっていうのに、あんたたちのことも家族扱いしたらますます大変になりそうね……確かに楽しそうだけど」
ミアとカノンは、お互い顔を見合わせて笑った。
「凛太郎。私たちはもう十分楽させてもらってる。仕事に集中させてもらってる。だから、もう少しくらい自分が楽になる方法を考えたって、罰は当たらないと思う」
「……そうか。いや、そうだな」
玲がそう言ってくれるなら――――こいつらがそう言ってくれるなら、俺は多分それに甘えていいのだ。
こいつらに頼られたいと俺が思っているように、こいつらだって、俺に頼られたいと思ってくれているのだから。
そのことが、今確かに伝わってきた。
「分かった。これからはもっとお前らを頼らせてくれ」
「ん……」
こいつらとの関係が、さらに強くなったのを感じる。
いや、正確には、強くなっていたことをようやく自覚できたといった感じか。
「なんだかんだ、ずっとこの四人でいられたら、人生退屈せずに済みそうだよね」
ミアが俺たちの顔を見ながら言う。
ずっと四人で、か。
この居心地のいい空間が一生続くなら、確かにそれは願ったり叶ったり。
だけど、全員がきっと分かっている。
四人での生活は、決して長く続くものではないということを。
「……俺からの話は終わりだ。これからミーチューブを撮ろうってタイミングで悪かったな」
「ううん、ボクらも凛太郎君にかけてしまっている負担について話し合おうと思っていたから、むしろちょうどよかったよ」
「ずっと心配かけちまってたんだな」
「ふふっ、それはお互い様さ」
この三人は、間違いなく俺の今を変えてくれた恩人だ。
ここから先の人生、こいつらへの感謝を忘れてはならない。
何度も何度も、俺はそれを心に刻んだ。
「撮影の邪魔にならないように上に避難しておくから、何かあったら呼んでくれ」
俺は三人にそう伝え、自室へと引っ込むことにした。
体も心も、やけにすっきりしている。
それもそのはず。ぐっすり寝て、言いたいことも全部言って、健康にならないわけがない。
ただ、こういう時こそ気を付けなければ。
大抵の場合、俺の心が晴れやかになると、嫌なことが起きる。
「ん……?」
部屋に戻った途端、まるで見計らったかのようにスマホが震える。
どうやらメッセージが届いたようだ。
「……おいおい」
差出人の名前は、チョコレート・ツインズのシロナこと、狐塚白那だった。
猛烈な嫌な予感に襲われながら、メッセージを開く。
『おにーさん、ウチとデートしまショ』
「……」
俺は現実逃避すべく、一度スマホから目を離す。
断る――――そうだ、断ってしまおう。
二階堂や天宮司の時と違って、何も弱みを握られているわけじゃない。
ちゃんと断るべきだ。こいつと深く関わるのは、精神衛生上よくない。
『デートしてくれたら、ミーチューブでバズるノウハウを教えたるよ』
「っ……」
ミルスタがミーチューブで戦おうとしていることも、向こうにはお見通しか。
どうする、話がかなり変わってきた。
ミーチューブでバズる秘訣。それを喧嘩を売ってきた本人たちに聞くなんて、ミルスタの三人には不可能だ。
代わりに俺がその情報を仕入れられるなら、プラスにはならずともマイナスになることを防げる。
(つーか……ここで俺にコンタクトを取る理由はなんだ?)
敵に塩を送ることになってでも、俺を呼び出す理由はなんだ。
正直、まったく予想できない。
しかし見当もつかないからこそ、飛び込むべきではなかろうか。
得体が知れないままにしておくことが、一番気持ち悪い。
「……行ってやろうじゃねぇか」
いい加減、この舐められている感じも腹が立つ。
開き直った俺は、すぐにメッセージを返した。




