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「よし、じゃあ次は体を洗おうか」
そう言いながら、ミアが洗体用のタオルを手に取る。
「誰がどこを洗う?」
「どこって……」
三人の視線が自分に集まっているのを感じる。
このままではまずい。
頭ではそう理解しているのに、この状況を乗り越えるための思考が働かない。
正直言って、めちゃくちゃ眠いのだ。
今ベッドに飛び込めば、おそらくすぐに意識を完全に失うことだろう。
こうして耐えている時間すら、徐々に辛くなってくる頃合いだった。
(なんでこんな眠いんだ……?)
ハロウィンライブの日に寝落ちたのは、ライブ自体で体が疲れていたからだと思う。
しかし、今日はなんだ?
普通に学校へ行って帰ってきただけ。
普段の自分であれば、眠気を感じるのは日付が変わってから。
家事を終わらせて、授業の予習復習が終わってからようやく眠くなる。
それがどうしたことだろう。
まだ日付が変わるまでにだいぶ余裕があるこの時間に、これだけ強い眠気がくるなんてことは、あまり経験したことがない。
(だが――――)
ここで寝落ちるのは、さすがにやばい。
また玲たちに迷惑をかけてしまう。
俺はシャワーのお湯を顔にかけて、少しでも目を覚まそうとした。
……あんまり効果はなかったが。
「ねぇ、これって……」
「……ボクらの予想通りだったね。この調子で続けよう」
今のはまたカノンとミアか?
さっきから眠気で認識が遅れている。
聞き取れてはいるのだが、その内容を覚えていられない。
「凛太郎、体洗う」
「ああ……前は自分でやるから」
「だめ。今日は全部私たちでやる」
「え……? ああ、そうか……」
そうか、〝だめ〟なら仕方ない。
俺は抵抗するのを諦め、すべてを委ねることにした。
というか、もうそうすることしかできない。
「……いざ好きにできるとなると、逆に抵抗あるよね」
「そうね……なんか悪いことしてる気分」
「でも洗った方がいいだよね……その、前も……多分」
「ここまでしといてあれだけど、アイドル的にどうなの? それ」
よく分からないが、体が洗えなくて困っているようだ。
じゃあ、自分でやるしかないよな。
「え、凛太郎君?」
俺はミアから洗体用のタオルをスッと奪い、自分の体を洗っていく。
あれ、どうして俺が風呂に入っているのに、玲たちがいるんだろうか?
――――まあいいか。
めちゃくちゃ眠いし、きっとこれは夢なのだろう。
じゃなきゃ一緒に風呂に入るわけないしな。
「凛太郎、自分で洗い始めちゃった……ちょっと残念」
「まあ仕方ないよ。ボクらにこのステージはまだ早かったみたいだし、むしろ助かったかな」
「ん……変態三人組になるところだった」
「言わないでほしかったなぁ、それ」
彼女たちのよく分からない会話を聞きながら、俺は濁った思考の中で体を洗い続けた。
「凛太郎、体拭く」
「ああ……」
どうやら風呂はもう終わりらしい。
浴室から出た俺の体を、三人が拭いてくれている。
ありがたい。なんだかお偉いさんにでもなった気分だ。
「さて、凛太郎君、先に歯を磨こうか」
「はを?」
「っ……そうだよ、歯を磨くんだ」
何故ミアは顔を赤くしているのだろう。
よく分からないが、とりあえず歯を磨けばいいらしい。
「普段のイメージと違いすぎて、破壊力がえげつないね……寝ぼけた凛太郎君」
「さっきは色っぽかったけど、今は幼さを感じるわね……」
「まずいなぁ、ショタコンの気はないんだけど」
「あたしだってそうよ……」
シャカシャカと歯を磨いていく。
歯磨きをすると、これから眠るんだと体が認識して、いよいよ眠気がきつくなってきた。
もはや起きていることがしんどいレベル。
「凛太郎、歯を磨いたら、凛太郎の部屋に行く」
「ふぁかった……」
口をゆすいで歯磨きを終えた俺は、玲に指示された通り自分の部屋へと向かうことにした。
フラフラと階段を上り、二階の廊下へ。
その際体を支えてくれていた三人に感謝しつつ、俺は自分のベッドに倒れ込む。
「凛太郎君、もうほとんど聞こえてないと思うけど、今から君をマッサージするよ。眠たかったらそのまま寝てね。無理しなくていいから」
「まっさーじ……?」
駄目だ、もう意識を保っていられない。
三人が足や背中を揉んでくれているような気がする。
しかしもう、その感触を楽しんでいるだけの余裕は残っていなかった。
◇◆◇
「……寝た?」
「うん、寝たね」
背中のマッサージを担当していたミアが、そう答える。
私は二人と共に彼の上から離れ、様子を見ることにした。
凛太郎の部屋には、彼の寝息だけが響いている。
「……この寝息を録音して枕元で流せば、彼と疑似的に添い寝できるね」
「何を馬鹿な……レイ、やめなさい」
カノンに止められた私は、渋々スマホをしまった。
残念。凛太郎の寝息音声、ほしかった。
「それにしても、突然凛太郎のケアをしようって言われた時は驚いたわよ」
カノンがミアに告げる。
私もそれに同意するように頷いた。
事の始まりは、会議が始まる前のこと。
凛太郎の帰りを待っていた私たちに対して、ミアが言った。
凛太郎の体が心配……と。
私も、少し前から凛太郎に対して心配していた。
前の家で一度昼寝しているところを見たことがあるけれど、きちんとソファーで眠っていたことを覚えている。
それがこの前は、テーブルに突っ伏すようにして寝ていた。
寝落ちであることに変わりはないかもしれない。
ただ、なんだかんだいってしっかり者である凛太郎が、そんなところで寝ていることに私は違和感を覚えた。
「二人もある程度は気づいてたと思うけど、ボクらとの距離が今まで以上に近づくにあたって、凛太郎君にかかる負担が跳ね上がってる。今まではレイだけでよかったのが、ボクとカノンの分まで世話してくれているわけだからね」
「単純計算で三倍だもの……そりゃそうでしょ」
「あくびの回数とか増えてるし、あの寝落ちは自分でも予想外だったみたいだしね」
「あくびの回数って……あんたりんたろーのどこ見てるの?」
「すべてだよ、すべて。ボクは凛太郎君の一番を目指しているわけだから、それは当然でしょ?」
「キモイわ!」
カノンのツッコミがミアに刺さる。
ただ凛太郎が近くで寝ているからか、さすがに声量は抑えていた。
「だからボクらで責任持ってケアしようと思ったんだけど……この寝顔を見ると、やってよかったみたいだね」
私たちは凛太郎の寝顔に視線を向ける。
そこには安らかな寝顔があった。
普段の少し大人びた雰囲気と違い、どこかあどけない、子供のような顔。
見ているだけで、こっちまで温かい気持ちになる。
「……とりあえず出るわよ。ずっと見てたい気持ちは分かるけど、眠りを邪魔しちゃ悪いわ」
「ん、分かった」
三人そろって部屋を出る。
そして一度リビングに戻り、ソファーに座った。
「それで……どうするの、これから」
「凛太郎のこと?」
「このままじゃいつか体壊すわよ。あたしたちは大いに楽させてもらってるけど、あいつが体調崩したら本末転倒じゃない」
カノンの心配はもっともだし、私も同じように思う。
本来なら、凛太郎と距離を取ることが正解なのかもしれない。
だけど、そのことを考えただけで胸の奥がきゅっと締め付けられる。
凛太郎と離れたくない。
でも、凛太郎を苦しめたくない。
どうすればいいかすら分からない自分が、あまりにも無力に思える。
「……凛太郎に、ちゃんと相談しよう」
私は二人にそう告げた。
このまま自分たちだけで結論を出しても、凛太郎はきっと納得してくれない。
天宮司さんの件を経て、全員で集まって考えることの重要性は理解しているつもり。
全員、だから凛太郎の意見もちゃんと聞く。
「そうだね。ボクらだけで結論を出すべきじゃない」
「あたしたちだって、あいつから離れたいわけじゃないものね。皆で解決の道を考えた方がいいわ」
二人の言葉に、私は頷く。
考えよう、凛太郎を守るために。




