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42‐4

「よし、じゃあ次は体を洗おうか」


 そう言いながら、ミアが洗体用のタオルを手に取る。

 

「誰がどこを洗う?」

「どこって……」


 三人の視線が自分に集まっているのを感じる。

 このままではまずい。

 頭ではそう理解しているのに、この状況を乗り越えるための思考が働かない。

 正直言って、めちゃくちゃ眠いのだ。

 今ベッドに飛び込めば、おそらくすぐに意識を完全に失うことだろう。

 こうして耐えている時間すら、徐々に辛くなってくる頃合いだった。


(なんでこんな眠いんだ……?)


 ハロウィンライブの日に寝落ちたのは、ライブ自体で体が疲れていたからだと思う。

 しかし、今日はなんだ?

 普通に学校へ行って帰ってきただけ。

 普段の自分であれば、眠気を感じるのは日付が変わってから。

 家事を終わらせて、授業の予習復習が終わってからようやく眠くなる。

 それがどうしたことだろう。

 まだ日付が変わるまでにだいぶ余裕があるこの時間に、これだけ強い眠気がくるなんてことは、あまり経験したことがない。


(だが――――)


 ここで寝落ちるのは、さすがにやばい。

 また玲たちに迷惑をかけてしまう。

 俺はシャワーのお湯を顔にかけて、少しでも目を覚まそうとした。

 ……あんまり効果はなかったが。


「ねぇ、これって……」

「……ボクらの予想通りだったね。この調子で続けよう」


 今のはまたカノンとミアか?

 さっきから眠気で認識が遅れている。

 聞き取れてはいるのだが、その内容を覚えていられない。


「凛太郎、体洗う」

「ああ……前は自分でやるから」

「だめ。今日は全部私たちでやる」

「え……? ああ、そうか……」


 そうか、〝だめ〟なら仕方ない。

 俺は抵抗するのを諦め、すべてを委ねることにした。

 というか、もうそうすることしかできない。


「……いざ好きにできるとなると、逆に抵抗あるよね」

「そうね……なんか悪いことしてる気分」

「でも洗った方がいいだよね……その、前も……多分」

「ここまでしといてあれだけど、アイドル的にどうなの? それ」


 よく分からないが、体が洗えなくて困っているようだ。

 じゃあ、自分でやるしかないよな。


「え、凛太郎君?」


 俺はミアから洗体用のタオルをスッと奪い、自分の体を洗っていく。

 あれ、どうして俺が風呂に入っているのに、玲たちがいるんだろうか?

 ――――まあいいか。

 めちゃくちゃ眠いし、きっとこれは夢なのだろう。

 じゃなきゃ一緒に風呂に入るわけないしな。


「凛太郎、自分で洗い始めちゃった……ちょっと残念」

「まあ仕方ないよ。ボクらにこのステージはまだ早かったみたいだし、むしろ助かったかな」

「ん……変態三人組になるところだった」

「言わないでほしかったなぁ、それ」


 彼女たちのよく分からない会話を聞きながら、俺は濁った思考の中で体を洗い続けた。

 


「凛太郎、体拭く」

「ああ……」


 どうやら風呂はもう終わりらしい。

 浴室から出た俺の体を、三人が拭いてくれている。

 ありがたい。なんだかお偉いさんにでもなった気分だ。


「さて、凛太郎君、先に歯を磨こうか」

「はを?」

「っ……そうだよ、歯を磨くんだ」


 何故ミアは顔を赤くしているのだろう。

 よく分からないが、とりあえず歯を磨けばいいらしい。


「普段のイメージと違いすぎて、破壊力がえげつないね……寝ぼけた凛太郎君」

「さっきは色っぽかったけど、今は幼さを感じるわね……」

「まずいなぁ、ショタコンの気はないんだけど」

「あたしだってそうよ……」


 シャカシャカと歯を磨いていく。

 歯磨きをすると、これから眠るんだと体が認識して、いよいよ眠気がきつくなってきた。

 もはや起きていることがしんどいレベル。


「凛太郎、歯を磨いたら、凛太郎の部屋に行く」

「ふぁかった……」


 口をゆすいで歯磨きを終えた俺は、玲に指示された通り自分の部屋へと向かうことにした。

 フラフラと階段を上り、二階の廊下へ。

 その際体を支えてくれていた三人に感謝しつつ、俺は自分のベッドに倒れ込む。


「凛太郎君、もうほとんど聞こえてないと思うけど、今から君をマッサージするよ。眠たかったらそのまま寝てね。無理しなくていいから」

「まっさーじ……?」


 駄目だ、もう意識を保っていられない。

 三人が足や背中を揉んでくれているような気がする。

 しかしもう、その感触を楽しんでいるだけの余裕は残っていなかった。


◇◆◇


「……寝た?」

「うん、寝たね」


 背中のマッサージを担当していたミアが、そう答える。

 私は二人と共に彼の上から離れ、様子を見ることにした。

 凛太郎の部屋には、彼の寝息だけが響いている。


「……この寝息を録音して枕元で流せば、彼と疑似的に添い寝できるね」

「何を馬鹿な……レイ、やめなさい」


 カノンに止められた私は、渋々スマホをしまった。

 残念。凛太郎の寝息音声、ほしかった。


「それにしても、突然凛太郎のケアをしようって言われた時は驚いたわよ」


 カノンがミアに告げる。

 私もそれに同意するように頷いた。

 事の始まりは、会議が始まる前のこと。

 凛太郎の帰りを待っていた私たちに対して、ミアが言った。

 凛太郎の体が心配……と。

 私も、少し前から凛太郎に対して心配していた。

 前の家で一度昼寝しているところを見たことがあるけれど、きちんとソファーで眠っていたことを覚えている。

 それがこの前は、テーブルに突っ伏すようにして寝ていた。

 寝落ちであることに変わりはないかもしれない。

 ただ、なんだかんだいってしっかり者である凛太郎が、そんなところで寝ていることに私は違和感を覚えた。


「二人もある程度は気づいてたと思うけど、ボクらとの距離が今まで以上に近づくにあたって、凛太郎君にかかる負担が跳ね上がってる。今まではレイだけでよかったのが、ボクとカノンの分まで世話してくれているわけだからね」

「単純計算で三倍だもの……そりゃそうでしょ」

「あくびの回数とか増えてるし、あの寝落ちは自分でも予想外だったみたいだしね」

「あくびの回数って……あんたりんたろーのどこ見てるの?」

「すべてだよ、すべて。ボクは凛太郎君の一番を目指しているわけだから、それは当然でしょ?」

「キモイわ!」


 カノンのツッコミがミアに刺さる。

 ただ凛太郎が近くで寝ているからか、さすがに声量は抑えていた。


「だからボクらで責任持ってケアしようと思ったんだけど……この寝顔を見ると、やってよかったみたいだね」


 私たちは凛太郎の寝顔に視線を向ける。

 そこには安らかな寝顔があった。

 普段の少し大人びた雰囲気と違い、どこかあどけない、子供のような顔。

 見ているだけで、こっちまで温かい気持ちになる。


「……とりあえず出るわよ。ずっと見てたい気持ちは分かるけど、眠りを邪魔しちゃ悪いわ」

「ん、分かった」


 三人そろって部屋を出る。

 そして一度リビングに戻り、ソファーに座った。


「それで……どうするの、これから」

「凛太郎のこと?」

「このままじゃいつか体壊すわよ。あたしたちは大いに楽させてもらってるけど、あいつが体調崩したら本末転倒じゃない」


 カノンの心配はもっともだし、私も同じように思う。

 本来なら、凛太郎と距離を取ることが正解なのかもしれない。

 だけど、そのことを考えただけで胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 凛太郎と離れたくない。

 でも、凛太郎を苦しめたくない。

 どうすればいいかすら分からない自分が、あまりにも無力に思える。


「……凛太郎に、ちゃんと相談しよう」


 私は二人にそう告げた。

 このまま自分たちだけで結論を出しても、凛太郎はきっと納得してくれない。

 天宮司さんの件を経て、全員で集まって考えることの重要性は理解しているつもり。

 全員、だから凛太郎の意見もちゃんと聞く。


「そうだね。ボクらだけで結論を出すべきじゃない」

「あたしたちだって、あいつから離れたいわけじゃないものね。皆で解決の道を考えた方がいいわ」


 二人の言葉に、私は頷く。

 考えよう、凛太郎を守るために。

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