40‐1 ツインズ、襲来
「ふあ……」
朝食を作りながら、俺はでかいあくびを漏らす。
昨日、いつの間にか寝落ちていた俺は、ソファーの上で目を覚ました。
気づけば俺の体には毛布がかけられており、頭の下にはご丁寧に普段使っている枕が敷いてあった。
もちろん、わざわざソファーに移動して、枕まで持ち出して横になった記憶なんてない。
そこまでするくらいなら自室で寝るしな。
つまりこの家にいる誰かに寝かせてもらったことになるのだが――――。
(はずいよな、普通に)
自分の頬が熱くなるのを感じる。
寝顔を見られた上、枕を用意するために自分の部屋にも入られた。
ソファーまで運んでもらったのはありがたいと思っているが、こればかりはどうにもならん感情というか。
それに、きっとあいつら三人ともが俺の寝顔を見ているはず。
いくら身体能力お化けとはいえ、意識のない男子高校生を女手一つで運ぶのは無理がある。
となると、三人で協力して運んだに違いない。
別に寝顔を見られることなんて初めてではないはずだが、恥ずかしいもんは恥ずかしいのだ。
「にしても……」
俺はリビングにある時計を確認する。
時刻は午前十時。
日曜日の午前中ということもあって、あいつらはまだ起きてこない。
ライブの翌日だし、疲れもたまっているのだろうしな。
問題なのは、俺がこんな時間に起きたということ。
寝ぼけていた俺の記憶が確かなら、起きたのは一時間前くらい。
休日だろうがなんだろうが、普段なら六時には起きている俺が、まさかの大寝坊。
一度も起きずにぶっ通しで寝ていたということは、昨日の疲れは相当なものだったのだろう。
俺自身、想像以上に昨日のライブを楽しんでいたらしい。
「……おはよう」
頭をすっきりさせるためにコーヒーを淹れようとしていたら、リビングに玲が入ってきた。
「おはよう。珍しいな、お前が一番乗りなんて。普段はミアの次なのに」
「疲れてる時、ミアは私以上に長く寝る。私もいつもより寝ちゃうけど普段から長く寝てる分、大きな差はないみたい」
「なるほどな」
こればかりは、一つ屋根の下で過ごすようにならないと知りえない情報だな。
その後玲は洗面所で顔を洗って、リビングへと戻ってきた。
いまだ眠たそうな目をこすりながら、彼女はソファーに座る。
「眠そうだな、コーヒーいるか?」
「うん、欲しい」
「はいよ」
「あ、凛太郎、一つお願いがある」
「ん?」
「コーヒー淹れてるところ、近くで見たい」
そう言いながら、玲は期待でキラキラした目を俺に向けてきた。
別に珍しい姿でもないだろうに――――なんて思ったが、そういえば淹れているところを近くで見せたことはなかった気がする。
「……面白い保証はないぞ」
「大丈夫、面白いものを求めているわけじゃない」
玲がキッチンへと入ってくる。
妙な緊張を覚えてしまうが、別に指導するわけでもないし、普段通り淹れればいいだけの話。
俺は体の力を抜き、改めてコーヒーの準備に取り掛かる。
「一応、今何やってんのかって説明はした方がいいか?」
「できれば」
「りょーかい」
俺は冷凍庫から密閉されたコーヒー豆を取り出した。
そして分量を量り、粉末にするべく電動コーヒーミルの中に入れる。
一時期、手回し式のコーヒーミルにも憧れた時期があったが、毎日淹れるとなるとやはり手間だということに気づき、結局この電動式の物に落ち着いた。
手入れを怠らなければ、常にムラなく挽ける点がありがたい。
ちなみに、ミルにも円盤型だのプロペラ型だの種類があり、粉末にムラが出やすいタイプと出にくいタイプというのがあるようだ。
ただ趣味で淹れる程度であれば、財布と相談しながら気に入ったデザインの物を買えばいいと思う。
「普段の淹れ方だと、豆は基本的に中細挽きだ」
「中細挽き?」
「豆の細かさの話だよ。粗挽きなら粒が大きくて、細挽きなら細かい。中細挽きなら、ちょうど真ん中くらいのイメージだな」
豆は細かく挽けば挽くほど、ドリップした際に風味が濃く出る。
しかし同時に雑味や苦みも強く出てしまうことがあり、そういったものが苦手な人からすれば、飲むのが辛くなることは間違いない。
とはいえ、コーヒーの苦みが好きな俺としては、粗挽きでは少々物足りなさを感じてしまう。
濃さを感じられ、なおかつ比較的誰でも飲めるであろう挽き方。
それこそが、結局一番オーソドックスな中細挽きだったというわけだ。
「豆が挽き終わったら、それをドリッパーにセットした紙フィルターに乗せる」
ドリッパーというのは、要はコーヒーを抽出するための道具のこと。
これを器の上にセットして、コーヒー豆に湯を通す。
するとその器に、抽出されたものが溜まっていくというわけだ。
「この時お湯の注ぎ方とか、蒸らしがどうのとか、コツは色々あるんだが……今は長くなるから、説明はまた今度な」
「ん、分かった」
沸いたお湯の入ったケトルを、ドリッパーの上でゆっくりと傾ける。
簡単にコツを話すとしたら、できる限りお湯は細く注ぐこと。
勢いよく注ぎすぎると、豆の風味が移らないままお湯が器に落ちてしまう。
「お湯は満遍なくかけず、ど真ん中を狙って小さな円を描くように注ぐ」
「……」
わずかに落下点を動かしながら、ゆっくりゆっくり注いでいく。
そして器に飲みたい量が溜まったのを確認して、ドリッパーを外した。
「まあこんな感じだ」
「すごい、よく分からないけど……絵になってた」
「絵って……ま、ご満足いただけたならなにより」
二つのマグカップにコーヒーを注ぎ、片方を玲に渡す。
「っと、玲はミルクと砂糖入りだよな。ソファーで待ってろ。すぐ持っていくから」
「ううん、今日はこのまま飲む」
「え?」
想像すらしていなかった玲の発言を受け、思わず聞き返してしまう。
「凛太郎がこだわって淹れてくれたコーヒーだから、これからは味を変えたくない」
そう言いながら、玲はマグカップを大事そうに抱えた。
玲の気持ちは嬉しい。
ただ、俺の望みは玲の思っていることとは違っていた。
「……確かに俺はコーヒーの淹れ方にこだわりを持ってるけど、それを人に押し付ける気はねぇよ」
俺がコーヒーを自分で淹れるのは、ただそうしている自分が好きだから。
プロから見れば、俺の淹れ方なんて当然お粗末だろうし、そもそも間違ったこだわりを持っている可能性だってある。
何度も言うようだが、コーヒーを淹れることはただの趣味だ。
その程度のこだわりしか持っていないのに、他人へ飲み方を強要するような真似は、俺にはできない。
「俺だって味の好みはあれど、豆の種類がどうのとか、味だの風味だの、全然理解してないしな。むしろブラックのまま無理して飲んで、お前がコーヒーを嫌いになる方が悲しい」
「……」
玲は手の中のコーヒーと俺の顔を見比べる。
そして少しほっとした様子で、笑みを浮かべた。
「……ありがとう、凛太郎。実はブラックで飲むのは少し辛かった」
「知ってるよ。ほら、いつものやつ持ってってやるから」
「分かった」
ソファーへと戻っていく玲を見送り、俺はミルクと砂糖を用意する。
相手を気遣うことは大切だが、気遣いすぎて縮こまってしまうこともよろしくない。
気遣いつつも、言いたいことはちゃんと言う。
俺たちは、そんな心地のいい距離感を保てている気がしていた。
(ちょっと前まで、他人のことを考えている暇すらなかったのにな)
自分の変わりっぷりに、自分でおかしくなる。
思えば、俺はずっと自分のことが嫌いだったのだろう。
嫌悪感ばかり主張して、人に歩み寄ろうとすらしなかった。
勝手に自分の運命を呪って、もがくことすら諦めた。
そんな奴、嫌いになるに決まってる。
今更だったとしても、馬鹿にされたとしても、俺は今の自分を少しだけマシだと感じるのだ。
この先もっと自分を大事に思えるようになれば、もっと人にも優しくできるようになる――――気がする。……なったらいいな。
そんな願いを抱えながら、俺はマグカップとミルクたちを持って、キッチンを離れた




