33-1 実家へのご挨拶?
「……つーわけで、しばらく恋人役はこいつにやってもらうことになった」
「「「……」」」
ミルスタの三人は、女子の制服を着た雪緒を見て黙りこくっていた。
俺の部屋に、しばしの沈黙の時間が流れる。
「……えっと、稲葉雪緒です。凛太郎とは同じクラスで……って、僕を紹介する必要性ってあるの?」
「あるだろ、そりゃ。俺とこいつらの関係が問題になってるんだから、状況は共有していかねぇと」
「そうかもしれないけどさ……いきなり有名人三人の前に突き出される僕の身にもなってほしいっていうか……」
「まあ玲には会ってるわけだしさ、そんな緊張するなって」
「いつの間にか肝が据わったね……凛太郎」
そんな呆れたような声で言わなくてもいいじゃないか。
「……同い歳だし、稲葉君でいいかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「分かった。じゃあ、一応ボクたちも自己紹介しとこうか。ボクは宇川美亜。ミルフィーユスターズではミアで通ってる。そしてこっちが――――」
ミアの視線が、カノンに向けられる。
「カノンこと、日鳥夏音よ。ねぇ、稲葉君? 一つ確認したいんだけど」
「え、何かな」
「その……本当に男の子なのよね?」
「うん、そうだよ」
カノンの目は疑わしい物を見る時のものだった。
まあ初めて会った人間からすればその反応は間違っていない。
だいぶ雪緒に対しては失礼な話だが、そう思われても仕方がない外見をしているわけで。
ていうか本人もだいぶ慣れてしまったのか、しれっとした顔をしている。
その様子には、もはや貫禄すら感じられた。
「ま、まあ? りんたろーの恋人役としてはこれ以上ない人材なんじゃないかしら?」
「そ、そうだね。今後も凛太郎君の周りのことは稲葉君に任せようか」
そんな風に言いつつ、何故かカノンとミアは複雑そうな表情を浮かべている。
よく分からないが、何か引っかかる部分があったようだ。
「稲葉君。凛太郎のこと頼める?」
「もちろん。そのつもりだからこうして君たちのところに挨拶に来たんだ」
「そう……ありがとう」
「こちらこそ。凛太郎の味方になってくれてありがとうね」
「凛太郎とはこれからもずっと一緒にいる予定。だから私はずっと凛太郎の味方」
「ふ、ふーん……? 僕も凛太郎とはずっと一緒にいる予定だけどね?」
「……ずっと一緒にいるのは私」
「僕だよ」
さっきから俺だけ蚊帳の外にいる気がする。
どうして玲と雪緒は睨み合って火花を散らしているんだ。
そんな風にいがみ合う要素はどこにもないだろうに……。
「はいはい、変な喧嘩しないで。それよりりんたろー、帰り道にその天宮司さんに待ち伏せされたって話の方を詳しく聞かせてくれないかしら」
「ああ、そっちも大事だしな」
俺は天宮司に待ち伏せされた際の状況を、三人に伝えた。
すると三人の表情が途端に曇っていく。
俺としては状況が好転しているという認識だったため、その様子に思わず首を傾げてしまった。
「いや……想像以上に鈍いね、凛太郎君」
「ええ、あたしもびっくり」
「……少しだけ、その天宮司さんに同情する」
あれ? なんだか俺が悪いみたいな空気になっていないか?
そう思って動揺し始めた俺を気遣ってか、慌ててミアが笑顔を取り繕う。
「ま、まあ、状況的に見れば凛太郎君が悪い要素は一つもないからね。君は気にしなくていいと思う。ただ女から見てちょっと気の毒に思う部分があっただけさ」
「そ、そうそう! 他人事じゃないって感じ?」
よく分からないが、ひとまず二人は俺のことをフォローしてくれているらしい。
隣で玲も必死に頷いていることから、本当に俺が責められているというわけではないのだろう。
「でも、そこで天宮司さんが引き下がったってなら、とりあえずは解決ってことでいいのかしら?」
「……そいつは正直分からねぇけど、なんとなく諦めてくれたような気配はあったな」
「はぁ……だとしたら、もう生活もそこまで気にしなくてよさそうね。……案外呆気ない感じ」
呆気ない、確かにカノンの言う通りだ。
これまで色々と呪縛から逃れようと思考を巡らせていたのが馬鹿みたいというか、こんなあっさりと解決してしまうのかという疑問も浮かびつつ、正直疑わしくも思っているというか――――。
「もちろん、油断なんかしないでよね」
「分かってるっつーの。もう向こうが俺の私生活を覗こうとしていないって分かるまでは、取り決め通りに生活するし、雪緒に協力してもらうつもりだ」
「ん、分かっているならよし」
こうして、俺たちの話し合いは終わった。
思いのほか呆気なく終わった天宮司の件。
しかし、なんだろうか。
やっぱりまだ、完全に俺との関係が切れたってわけではない気配がする。
別れ際の天宮司の表情と、それに伴ったこいつらの反応。
気にしなくていいと言われても、気にしてしまうのが俺の性だった。
◇◆◇
雪緒を駅まで送って、ミアとカノンも自分の部屋に戻った後、俺の部屋には俺自身と玲だけが残っていた。
大抵の場合玲は俺の部屋でダラダラしているため、この絵は決して珍しいものではない。
しかし、どうやら今日は玲の方から何か話があるらしい。
「……んで、話ってなんだ?」
俺は自分と玲の分のコーヒーをテーブルに置きながら、そう問いかけた。
「ん、ありがとう。……話っていうのは、私の家のこと」
「お前の家?」
「凛太郎、私と一緒に……実家に挨拶しに来てほしい」
「ぶっ――――」
吹き出しそうになったコーヒーを、とっさに手で覆って押しとどめる
それくらい今の玲の発言は、俺にとっては衝撃的な内容だった。
「お、お前……何言って……」
「お母さんが、凛太郎に会いたいって。私のことでお世話になっているからって、お礼がしたいみたい」
「あ、ああ……なんだ、そういうことか」
突然結婚の挨拶をしろってことかと思ったじゃねぇか。
「近いうちに来れない?」
「まあ、予定は全然問題ねぇけど……結局天宮司の件が解決しているかどうか分かってねぇしな」
しかし、よくよく思い出してみれば、玲の父親も大きな会社の経営者だ。
玲個人に対してであればともかく、直接乙咲の家に手を出すような真似はできないだろう。
いくら天宮司グループの後ろ盾があるとは言え、むやみやたらに敵を作りたいってわけでもないだろうし。
それとこれは俺自身の問題なのだが――――。
玲の父親は、うちの親父と面識がある。
今まで触れてこなかった、いや、触れないようにしていた親父のことを知るためには、いい足掛かりとも言える。
「……分かった、お邪魔させてもらうよ」
「ん、ありがとう。お母さんたちにも伝えておく」
こうして俺は、近いうちに玲の実家へと訪れることになった。




