30-5
「うわ、負けた……!」
「やー! りんたろーの負けー!」
食後に始まったトランプゲーム。
子供三人と俺一人という状況でババ抜きをした結果、三戦目にしてついに俺は敗北を喫した。
いや、まあ、あまりにも三人の顔が読みやすいもんで、わざと負けた部分はあるんだけど。
とりあえずこれで一区切りはつけることができただろう。
「ふぅ……負けちまったし、ここらで休憩させてくれ」
「えー、りんたろーおじさんみたい」
「おいおい……って言いたいところだが、高校生じゃお前たちの元気についていけねぇみたいだ。悪いな」
「もー、しかたないなー」
一番下の春香に許しをもらい、俺はトランプゲームから離脱する。
まだまだ元気が有り余っている三人は、仲良く並んでテレビゲームを始めた。
彼らには見えない角度で小さく息を吐きながら、俺はソファーに腰掛ける。
別に酷く疲れたというわけではないが、思ったよりも心が疲れていたようだ。
そりゃ午前中にあんなことがあったわけで、疲れている理由はすぐ分かるんだけれども。
「お疲れ。悪いわね、あの子らの面倒見てもらっちゃって」
そう言いながら、カノンが俺の前に温かいお茶を置いてくれた。
そしてそのまま俺の隣へと腰掛ける。
「嫌じゃないから全然いいよ。むしろいいリフレッシュになった」
「そう? ならいいんだけど」
「でも、これを毎日ってなるとめちゃくちゃ大変なんだろうな。ちょっと舐めてたかもしれねぇ」
俺にも将来的には子供ができるかもしれない。
その時、子育ての主力になるのは専業主夫になった俺だ。
きっと赤子はもっと手がかかることだろう。
一通り家事ができたところで、子育てについては実際に子供ができるまでは結局素人。
そういう意味では、苦労に対する心構えをさせてもらえただけでもありがたかった。
それに――――。
「三人ともめちゃくちゃいい子だと思うぜ。……ちょっとだけ、いや、かなり生意気だけど」
「まあ、ね」
カノンはゲームに夢中になっている子供たちを見ながら、苦笑いを浮かべていた。
子供なんて、生意気なくらいでちょうどいい。
何事も元気が一番だ。
……これはあまりにとジジ臭いか?
「そういえば、親父さんは不動産屋なんだっけ。今日も仕事か?」
「ああ、パパ? ……レイのやつ、伝え方が下手ね」
「? どういう意味だ?」
「正確には、不動産を持っている人よ。不動産屋っていうと多くの場合は仲介業者を指すんだけど、あの人たちは建物のオーナーと入居者を繋ぐ仕事をしているだけだから、実際に物件を好き勝手できるわけじゃないの。けどパパは直接物件の権利を持っているから、好きに相手を選んで部屋を貸せるってわけ」
「つまり、あのマンションはお前の親父さんの所有物ってことか……⁉」
「今まで伝わってなかったのね……」
玲め、ちょっと恥かいちゃったじゃねぇか。
「つーかあのマンションの所有権を買えるって……親父さん相当稼いでるな」
「まーね。パパの本職は、世界中を飛び回るカメラマンよ。三ヶ月に一回、季節の変わり目に帰ってくるの。撮る物は綺麗な景色とか、その国で暮らしている人たちとか……そういう"国の色"が分かる写真って感じ」
そう言いながら、カノンはリビングに置かれた本棚の中から冊子を一つ取り出した。
「で、帰ってくるたびにこんな感じにまとめて出版してるのよ。結構人気なのよ?」
「へぇ……」
「まあぶっちゃけ安定した職ではないから、お金があるうちに投資として物件を買っておくんだって。それでいくつか不動産を持ってるみたい」
写真集を受け取った俺は、中身をパラパラとめくる。
俺は写真についてはよく分からない。
バイト先である漫画家の優月先生の仕事部屋には背景資料としてこういう物がたくさん置いてあるけど、まだ主戦として活躍できない俺は細かい雑用に追われ、目を通すことすらできていない。
しかしこの写真集は、そんなずぶの素人である俺でも心を動かされる何かがあった。
自然の壮大さや、その地域に住んでいる人々の優しい笑顔。
ページをめくればめくるほど、世界の広さや神秘が目を通して伝わってくる。
普通の写真とは訳が違うということが、俺にも知識とは別の部分で理解できた。
「すげぇな……理屈は分からねぇけど、ただの写真じゃない気がする」
「あたしも被写体には慣れてるけど、こういう写真はさっぱり分からないのよね。でも、すごく好き」
「……」
俺と共に写真集を覗き込むカノン。
その顔はどこか嬉しそうで、宝物を前にしているかのようだった。
「……何よ?」
「あ、いや……」
自分の中に浮かんだ問いかけを、俺は一度押し殺す。
しかし、今だからこそ聞いておくべきなんじゃなかろうか――――。
「なあ、カノン」
「……?」
「お前、親父さんのこと好きか?」
「はぁ?」
俺の問いかけに、カノンは意味が分からないといった表情を浮かべた。
ただ、彼女はすでに俺が今置かれている状況を知っている。
だからすぐに俺の問いの意味を察し、呆れたようにため息を吐いた。
「別に、好きでも嫌いでもないわね」
カノンは真っ直ぐ俺の目を見ながら、そう言い切る。
「好きとか、嫌いとか、そういう感情って家族でいるために必要?」
「え……?」
「家族は家族よ。"好き"でも、"嫌い"でも、あたしたちが子供である限り今のパパとママの子であることは変えようがないわ。家族って関係性は、想像よりも強い繋がりを持っているってあたしは思う」
「……」
正論――――というか、これはあくまでカノンの考えということは理解している上でも、俺は反論の余地を見つけることができなかった。
納得したというわけでもないと思う。
俺はカノンと意見交換ができるほど、"家族"という関係性について知らない。
それが少しだけ、悲しかった。
「あんたが自分の父親にいい感情を持っていないことくらいは分かるけど、ちゃんと"嫌い"だって感情を抱けてる?」
「な、なんだよ、その問いかけは……」
「嫌いだって思えるほど、あんたはその人について知ってるの?」
「っ!」
ハッとさせられた。
俺は、親父について何を知っているのだろう。
家のことを放置して、母親に逃げられた。
そして、俺のことを会社の跡取りにしようとしている――――。
――――本当にそうか?
本当に、親父は俺を跡取りにしようとしているのか?
一度でも、俺に対して跡を継げと言ってきたか?
あいつの態度を見て、周りの環境を見て、勝手にそう認識してしまっていたんだとしたら……俺は、今まで一体何を――――。
「ちょ、ちょっと⁉ あたしなんか悪いこと言った⁉ 急に黙らないでよ!」
「あ、ああ……悪い」
目の前でカノンが焦っている。
俺の気分を害したのではないかと思ってしまったのだろう。
それに関してはしっかりと否定しつつ、俺は再び考える。
親父が俺のことをよく知らないのと同じで、俺も想像以上に親父のことをよく知らない。
この先親父と接触するのはまったくもって望むところではないが、きちんと確かめることは必要なことである気がしている。
やることが明確になってようやく、俺は自分が置かれている状況を冷静に把握することができるようになってきた。
現状において俺の敵と呼べる存在は、親父や会社ではなく、おそらく天宮司柚香だ。
あいつは俺を婚約者にして自分の会社に貢献しようとしている。
その目的を果たすために、ありとあらゆる手段を使ってくる可能性が高い。
(手段の一つとして最有力なのは、脅迫……か)
俺の弱味を握り、言うことを聞かせる。
もちろん犯罪行為だが、あの天宮司グループが裁判事でわざわざ戦わせてもらえるような状況は作ってこないだろう。
天宮司グループに対応するためには志藤グループの力が必要になるのは当たり前の話。
しかし俺は親父の力を借りたいとは思わない。
ならば、そもそも脅迫の材料を押さえられないようにするしかないわけで。
(俺の、弱味……)
そんなもの、一つしかない。
大人気アイドルグループ、ミルフィーユスターズのレイとの関係性。
今のところその情報を知っている人間は限られているが、天宮司グループが本腰を入れて俺を調べるようなことがあれば、突き止められてしまう可能性はかなり高いように思える。
だとすれば、俺がやらなければならないことは――――。
「……何か考えがまとまったみたいね」
「ああ、カノンのおかげだ。頭がすっきりしたよ」
「ふーん、それなら感謝してくれてもいいのよ?」
「ありがとう、カノン。お前は本当にいい女だよ」
「なっ……⁉」
変に照れているカノンを無視して、俺は覚悟を決める。
何があろうと、"志藤凛太郎"を好きに利用させることだけは許さない。
今動くだけの理由は、それだけで十分だ。




