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30-3

「……ふぅん、なるほどね」


 俺の話をベンチに座って一通り聞いたカノンは、サングラスの隙間からこっちをジッと見つめ始めた。

 なんだよ、居心地が悪いじゃねぇか。


「あんたも、想像以上に厄介な物抱えてたのね」

「別に……大したもんでもねぇよ」

「嘘おっしゃい。大したもんじゃないなら、あんたがあんな顔になるのはおかしいわよ」

「俺だって普通に落ち込む時くらいあるわ」

「ああ、じゃあやっぱりちゃーんと落ち込んでたのね」


 ニヤニヤとからかうような表情を浮かべるカノン。

 ちくしょう、テンポのいい会話に嵌められた。

 

「何がともあれ、女の子に怒鳴ったことはいただけないわね。まあ、どう聞いても相手の子が悪いとしか思えないけど……」

「ああ、そこは本当に反省してる」


 いい悪いという以前に、俺が俺を許せない。

 怒鳴って何かを思い通りにしようとするのは、子供のやることだ。

 高校生はまだ子供だと言われればそれまでだが、駄目だと理解しているのにやってしまうというのはいくつになっても情けない行為だと思う。

 俺は、あまりにもガキ臭い自分の行動にムカついているのだ。


「……今日、レイは仕事だっけ」

「え? ああ、そのはずだけど」

「ふーん……」


 一体何が言いたいのか。

 カノンはそっぽを向き、しばらく髪をいじる。


「……ねぇ」

「なんだよ」

「どうせ暇なら、今からあたしの実家に来ない?」

「はぁ?」


 まさかの提案に、俺は素っ頓狂な声をもらしてしまう。


「さっき話したけど、うちのチビたちに昼ご飯を作ってやらないといけないのよ。あんたがいたら仕事が減るし、できれば手伝ってほしいなって」

「おいおい……一応お前の目線だと俺は落ち込んでる人間のはずじゃねぇのか? そんなこき使っていいのかよ」

「ここでボーっとしてるだけで気持ちが落ち着くとは思えないわ。とりあえず動く! 自分から立ち止まったら、人は終わりよ」


 暴論といえば暴論だが、なんともカノンらしい言葉だと感じた。

 今の俺には、多少なりとも強引な力が必要なのかもしれない。

 こうして一つ動く理由を与えられただけで、少なくとも胸に渦巻いていた罪悪感のようなものは少しだけ薄れていた。


「……分かったよ、手伝わせてくれ」

「ええ、存分に手伝ってくれるといいわ!」

「日本語おかしくなってんぞ」


  俺はベンチから立ち上がり、カノンと共に彼女の実家へと向かうことになった。



「……! 姉ちゃんがカレシ連れてきたぁぁあああ!」


 カノンの実家に到着して早々、俺を出迎えてくれたのは、そんな叫び声と共に玄関先で飛び跳ねるクソガキ――――もとい、小学生くらいの少年だった。  

 少年の叫び声に誘われるかのように、廊下の先からもう二人の小さな子供が駆けてくる。


「カレシ⁉ ねーちゃんに⁉」

「おねーちゃんのカレシー⁉」


 男の子が二人、女の子が一人。

 これがカノンの言っていた弟と妹だろう。

 よく見ると、三人とも目元がカノンそっくりだ。


「彼氏じゃないわよ! 恥ずかしいから騒ぐなチビども!」

「あー! ねーちゃんが怒った!」

「おこりんぼうのおねーちゃん!」

「子供に怒るなんて大人げないぞ!」

「そんなこと言うならもうちょっと可愛げあることを言えー!」


 わーきゃーと逃げていく子供たちを、カノンが追いかけていく。

 年季の入った一軒家の玄関に取り残された俺は、あまりの行き場のなさに思考が停止した。


「――――あらあら……ドタバタしていると思ったら、あの子がお友達を連れてきたのね」

「へ?」


 突然廊下にある扉のうちの一つが開き、中から小柄な女性が現れる。

 雰囲気としては三十代後半。

 女性は俺を見ると、スリッパを鳴らしながら玄関まで歩み寄ってきた。


「えっと、初めまして……よね? 夏音の母の琴音です」

「あ、その、志藤凛太郎と言います。今日はカノン――――さんに誘われて来ました」

「そうだったのね。あの子が友達を連れてくるなんて久しぶりで驚いちゃった。何もない家だけど、ゆっくりしていって?」

「……ありがとうございます」

「そんなところにいてもなんだから、ひとまず上がってリビングで待っててもらっていいかしら? 今あの子たちを連れ戻して来るから」


 俺を家に上げてくれた琴音さんは、そのままリビングまで案内してくれた。

 綺麗に整えられているリビングには大きなソファーがあり、俺はそこに腰掛ける。

 ソファーの前に置かれたテレビを適当に眺めていると、廊下の方から息を切らしたカノンとその弟、妹たちがぞろぞろと入ってきた。


「わ、悪かったわね、りんたろー……ほったらかしにして」

「別にそれは問題ねぇけど……大丈夫か?」

「大丈夫よ、いつものことだから」


 ボロボロのカノンと、そんな彼女に捕まって不満そうな姉弟たち。

 これが日常茶飯事だと聞くと、カノンの面倒見の良さもなんとなく納得してしまった。


「ほら、あんたら挨拶しなさい」


 カノンに背中を押され、子供たちが俺の前に並ぶ。


「俺、秋也! 小学四年生!」

「僕は冬樹! 小学二年生!」

「わたしは春香! ねんちゅーさんです!」


 元気に挨拶をする三人。

 なるほど、カノンの名前も含めて春夏秋冬というわけか。

 センスある名付け方だな、ご両親。


「俺は志藤凛太郎、お姉ちゃんの友達だ。高校二年生……よろしくな」

「よろしく! りんたろー!」

「「りんたろー!」」

「……」


 いきなり呼び捨てかい。

 まあ、いいけど。


「彼氏って誤解は解いてくれたんだな」

「ええ、ちゃーんと言い聞かせてきたわ」


 そう言って親指を立てるカノン。

 この様子を見るに、本当にしっかりと言い聞かせてきたんだろう。

 俺は一人っ子だから理解はできないが、子供の面倒を見るというのは本当に大変な行いのようだ。


「りんたろー! 今日はお姉ちゃんと何しにきたの?」

「ん? ああ、確か昼飯を作るんだったか」

「昼飯⁉」


 昼飯という言葉を聞いて、秋也は目を見開いた。


「りんたろーはご飯作れるのか!」

「んー、まあ、一人暮らししてるからな」

「大人だ!」


 何故かはしゃぎ始める秋也に同調するようにして、他の二人も飛び跳ね始める。


「ご飯だ! ご飯!」

「おひるごはんー! おなかすいたー!」


 飛び跳ねる子供たちに俺が困惑していると、隣でカノンがため息を吐いた。

 

「はぁ……育ちざかりのせいで、ご飯一つでこの反応なの。うるさいでしょ?」

「ははっ、いや、むしろたくさん食ってくれそうでありがてぇよ」

「ああ、あんたはそういうやつだったわね……」


 そんな会話をしていると、先ほどカノンたちを呼びに行った琴音さんがリビングへと入ってきた。

 何故だろう、少し疲れているように見える。


「はぁ……散らかしたら散らかしっぱなしなんだから、もう」

 

 ――――なるほど、子供たちが散らかした物の後始末をしていたらしい。


「ママ、りんたろーと一緒にキッチン借りるわよ」

「え? 凛太郎君も一緒にご飯作ってくれるの?」

「うん、こいつの作る料理はそこら辺で食べるよりも美味しいから、期待して待ってて」

「へぇ、それは楽しみね」


 期待を煽るなと言いたいところだが、まあ、カノンにそんな風に言ってもらえて俺としても悪い気はしない。

 子供たちの面倒は琴音さんに任せ、俺はカノンと共にキッチンの方へと向かう。

 使用感に溢れたキッチンには一通りの調理器具が揃っており、琴音さんの几帳面な性格が窺えた。

 

「それじゃあ申し訳ないんだけど……作る物とかは全部任せていい?」

「むしろ俺がやっていいのかよ? 元々はお前が作る予定だったんだろ?」

「それは気にしないで。あたしは別に料理が好きってわけでもないし、楽ができた方がありがたいから」

「はっきり言いやがって」

「あんたに隠し事する方が不自然でしょうが」

「そりゃそうか」

「ひとまずあたしは手伝いに回るわ。そんなに手の込んだ物じゃなくてもいいから、とにかく一気に作れる物でお願い」

「ああ、分かった」


 子供たちの腹を満たせる物。

 そのリクエストに応えることができる物となると、今の俺に思いつく料理は一つだけだった。

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