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26-4

『ど、どうも! ミルフィーユボーイズです!』


 ステージマイクの前に立った柿原がそう告げると、観客たちからは大きな笑い声が上がった。

 やはり受け狙いだと思ってもらえたようで安心する。

 正直過激派のファンにゴミを投げつけられないかビクビクしていたのだ。


「柿原くーん! かっこいいよー!」

「見に来たぞー! どうもとぉー!」

「えっと……ベースのあいつって誰だっけ?」


 何となくそんな声が聞こえてきて、俺は思わず笑ってしまいそうになる。

 柿原と堂本の知名度のおかげで、会場には三、四十人の観客が集まっていた。

 ひとクラス以上の人間が集まっているのは、素直に凄いと言わざるを得ないだろう。


 そして、肝心の二階堂の姿もそこにある。


『えっと……この場所に立つに当たり、俺たちはそれなりに練習を重ねてきたつもりです』


 柿原が話し出すと、観客たちは声を潜める。

 これが彼のカリスマ性というか、人が後ろについてくる素質を持った人間の証なのかもしれない。


『今日に至るまで、俺のせいで二人に迷惑をかけてしまったことも一度や二度じゃありません。まずは、それでも俺と一緒にこのステージに立つことを選んでくれた二人への感謝から入りたいと思います』


 よせやい、照れるじゃねぇか。

 ――――と言う顔を浮かべておく。まあ実際少しは照れているんだけれど。

 

 堂本は本当に照れた様子で、控えめにシンバルを鳴らす。

 

『そして俺たちの演奏を見に来てくれた皆さんも、本当にありがとうございます。一曲だけですが、どうかお付き合いください』


 歓声が飛ぶ。

 柿原がマイクで話し始めたことで、その声に惹かれた人間がまた続々と集まり始めていた。

 すでに五、六十人は超えているかもしれない。

 しかし、不思議と緊張はしていなかった。


(そんだけ練習したってことだよな)


 俺は野木からもらったベースに目を落とす。

 何だかんだ、練習を辛いと思ったことはなかったな。

 指先の皮が剥けて休んだことはあれど、それだけ自分が練習したんだと逆に嬉しくなる始末だった。


 それに、この何百倍、何千倍という規模のライブを毎回行っているあいつらの側にいたのだ。

 このくらいのプレッシャーじゃ物足りない。


「行けるか、二人とも」


 柿原は俺と堂本にそれぞれ視線を送り、そう声をかけた。

 俺たちは何も言わず、その問いにただ頷く。


『では、聞いてください――――』


 曲名を告げ、柿原はギターを鳴らす。

 同時に歌を紡ぎ始めた彼は、観客の意識をまとめて惹き込んだ。


 柿原一人のイントロが終われば、そこから俺と堂本が加わる。

 入りは上々。テンションが高いせいで若干テンポが速い気はするが、それでも不自然過ぎるわけじゃない。むしろ変に遅いよりはよっぽどついて行ける。


(……楽しい)


 ミスをゼロにすることはできない。

 だけど始めたての頃と比べれば明らかにスムーズに動くし、柿原と堂本の足を引っ張らずに済んでいるという自覚がある。

 それが何よりも、楽しい。


「っ!」


 サビに入ったところで、堂本のドラムが一層激しくなった。

 俺は一瞬柿原へと目線を送る。 

 すると奴と目が合ったため、俺は薄っすらと口角を吊り上げた。

 何となく、「行っていいぞ」と言われた気がしたのだ。


(よし……!)


 だから俺は前に出た。

 いつも以上に激しく弾く。

 弦を見ながら弾いてしまう悪い癖があるのだが、今日ばかりはそれを無理やり無視した。

 顔を上げ、観客の方へ。


「あ……」


 皆の目が、俺たちに釘付けになっている。

 この場における主役は、間違いなく俺たちだ。

 ゾクゾクと快感のようなものが背中を駆け上がっていく。

 

 これは駄目だ、癖になる。


 曲は進み、やがてラストのサビへ。

 もう何も温存する必要はない。

 俺たちは全力で音をふり絞る。

 すべての体力を使い切ったって構わない。そのくらいの気持ちで前に出る。

 

 終わりが迫るその時になって、終わってしまうことへの切なさがこみ上げてきた。

 この先、柿原と堂本と一緒に演奏することは、きっとないだろう。

 だから出し惜しみはしたくない。ここで終わってもいいという気持ちで、練習のすべてをぶつけるんだ。


『――――っ!』


 柿原が最後の歌詞を叫ぶ。

 多分、すべてを出し切ることはできたと思う。

 ボーカルでもないのに息を切らしながら、俺は膝に手を突いた。

 すると肩から垂れたベースが床を擦りそうになり、慌ててそれを支える。

 こんなところで傷をつけてしまいたくない。


「ほら、凛太郎。顔上げようぜ」

「え?」


 堂本に肩を叩かれ、思わず顔を上げる。

 

「「「おおおおおおおお!」」」


 男女入り交じった歓声が、俺たちに浴びせられていた。

 もちろん玲たちのライブと比べれば十分の一程度の勢いだったかもしれない。

 それでも、この場は確かに俺たちが湧かせた空間だった。

 

「ハッ、これで場は整えられたんじゃねぇか? ……な、祐介」

「竜二……」


 堂本は柿原の背中を押すと、そのまま俺と共に後ろに下がる。

 ここからは正真正銘あいつ一人のステージだ。


「二人とも……ありがとう」

「頑張れ、祐介君」


 頷いて、再びマイクの前に立つ柿原。

 数秒の時間を置いた後、彼は顔を上げて口を開いた。


『……最後に、この場を借りて伝えたいことがあります』


 観客がどよめく。

 ここで伝えたいことがあると宣言するということは、つまりこの学校の都市伝説を実行しようとしているということ。

 学校で一番モテる男と言っても過言ではない柿原祐介による告白というのは、彼を知る者に大きな動揺を与えることだろう。


『俺には、一年生の頃からずっと好きな人がいます。――――二階堂梓さん』


 彼女の名を口にすれば、皆の注目は観客の中にいた二階堂へと集まる。

 二階堂は酷く真剣な表情を浮かべ、真っ直ぐ柿原を見つめていた。

 

『梓、ずっと……ずっと好きでした! 俺と、付き合ってください!』


 マイクを通さずとも聞こえるほどの声で、柿原はついに大事な言葉を口にした。

 しばしの沈黙を経て、二階堂はゆっくりとステージの前まで歩み寄る。


「――――私でよければ、喜んで」


 柿原祐介の告白にそう返事を返した二階堂は、嬉しそうな、幸せそうな、今にも壊れてしまいそうな笑顔を浮かべていた。

 この時間は、きっとそれだけ尊いものなのだろう。

 だから儚く見えるし、誰かの気持ちを揺さぶるだけの力がある。


「竜二っ、凛太郎っ! お、俺……!」

「行って来いよ。ステージの方は俺たちで片付けとくから」


 何と面倒臭いことを勝手に引き受けてくれやがってるんですかねぇ? と、言いたいところだが、まあ――――今日くらいはいいだろう。

 笑顔で見送ってやれば、柿原はステージを飛び降りて二階堂の下へと向かった。

 二人は手を繋ぎ合うと、俺たちに、そして観客たちに頭を下げる。

 

「何だか……感慨深いよなぁ」


 隣でつぶやく堂本の声は、少し震えていた。

 俺はその顔を見ないようにして、ステージ上の片付けに取り掛かる。

 彼がどれだけ柿原と二階堂の仲を心配していたのか、今の声だけでも十分理解できた。


「――――お疲れ、柿原」


 知り合いたちに祝福されている柿原たちを一瞥し、俺は彼のギターをケースの中にしまった。

 

 

 

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