26-1 後夜祭
「大人気だね、乙咲さん」
俺の横に並んで立っている雪緒は、校庭にできた人だかりを見てそう呟いた。
人だかりの中心にいるのは、言わずもがな我らのアイドル乙咲玲である。
「これなら宣伝効果もバッチリだろうね」
「そうだな」
ちょっと過剰すぎるくらいだと思うけれど。
文化祭二日目。
俺たちのメイド執事喫茶は昨日の問題が大事にはならなかったことから、通常通りの営業を許されていた。
ちなみに当事者の金城だが、俺が強く訴え出なかったことで大したお咎めはなかったらしい。
ただ一週間前後の停学と、契約しているモデルの事務所に報告が飛ぶことは防げなかったとか何とか。
おそらく今後の芸能活動とやらに支障が出るだろうけど、傷害事件ということにならなかっただけマシだと思う。
『乙咲さんマジ可愛い……』
『レイのメイド姿とかプレミア物じゃない⁉』
『付き合いてぇ……ガチで付き合いてぇ』
『じ、自分! 写真いいっスか⁉』
人混みに近づけば、先輩同級生後輩問わず玲に対する肯定的な声が飛び交っていた。
乙咲玲が人気であることは、自分のことのように嬉しい。
ただ――――胸の深いところが、何故かチクチクと痛む。
「……それよりも。凛太郎、いよいよ今日だね」
「ん? あー、そうだな。ずいぶんバタバタした日が続いてたから、ちょっと実感ねぇや」
今日の文化祭が終われば、始まるのは我が校の後夜祭。
俺たちの練習成果を披露する場であり、同時に、柿原の今後の学校生活――――さらには人生に関わるかもしれない分岐点だ。
そもそも告白をしないという可能性は大いにあるけれど、する、しないの時点で彼の人生には大きく関わっているし、嘘は言っていない。
本人もあの体調不良をきっかけに意識の切り替えができたのか、緊張の様子も最低限だった。
とりあえずはガチガチになっていないようで何よりである。
「こういうこと初めてだから、俺も気張らねぇとな」
「……頑張れ、凛太郎」
「おう」
雪緒は、俺がステージに立つなんて思ってもみなかっただろう。
内心では似合わないって思っていたって不思議じゃない。
しかし、こいつの笑顔からは純粋なる期待が感じられた。
俺にとっての一番の親友の期待だ。それに俺は応えてやりたいと思う。
(やれることは……やったよな)
手のひらを見下ろせば、指先にはさらに硬くなったタコがある。
これは俺なりにここまで努力した証。楽しくて辛い、夏から始まった一つの結果。
努力は裏切らないという言葉は綺麗ごとかもしれないが、無駄にはならないと言われれば納得できる。
何がともあれ、努力できたという結果はこの先の俺の支えになるだろうから――――。
「ま、ひとまずは今日の分の仕事をこなしちまうか。文化祭が無事に終わらないことには後夜祭も楽しめねぇし」
「だね!」
俺にはまだキッチンの仕事が残っている。
さっさとその仕事をこなして、午後に備えるとしよう。
◇◆◇
「皆! 二日間お疲れさまでした!」
「「「お疲れさまでしたー!」」」
柿原の音頭に合わせ、俺たちは持っていた紙コップを掲げる。
午後。特にトラブルもなく営業を終えた俺たちは、残った飲み物を手に互いの苦労を労っていた。
一日目の俺たちが執事として働いていた時間帯は金城のせいで微妙に売り上げが落ちてしまったものの、二日目には特に影響もなく、むしろ玲の宣伝活動が効きすぎたのか、一般客はいないはずなのに売り上げは一日目と大して変わっていない。
「後夜祭は自由参加だから、ここからはもう自由解散だ。本当に今日まで皆お疲れ様」
「おいおい! 後夜祭では柿原たちがステージに立つんだろ? ちゃんとそれ見届けてから帰るって」
クラスメイトたちがニヤニヤしているのを見て、柿原は照れたように頭を掻く。
「そ、そうか……俺も竜二も凛太郎も頑張ったから、ぜひ見に来てほしい」
「照れんなって!」
男子どもに揉みくちゃにされている柿原を見ていると、何だか俺も面白くなってしまう。
そんな中、俺の側に二階堂と野木が近づいてきた。
「ねぇねぇ志藤君。ウチのベースは役に立った?」
「うん。大事に使わせてもらってるよ」
「ふんふん、そうかそうか」
野木も何だか嬉しそうに、満足げに頷いている。
宝の持ち腐れにしてしまっていたこと、やはりそれをずっと気にしてしまっていたのかもしれない。
「二階堂さんと野木さんは後夜祭参加するのかな? よければ見ていって欲しいと思うんだけど」
「ウチは参加するよ。皆の晴れ舞台はちゃんと見届けないと!」
元気よく告げた野木の隣で、二階堂は手をもじもじと合わせながら、少し赤くなった顔でつぶやく。
「その……柿原君が、どうしても見に来てほしいって言ってくれたから……その」
――――おお、やるじゃん。柿原。
「……そっか。じゃあ、ちゃんと見届けないとね!」
野木は嬉しそうな顔のまま、二階堂の手を握って振り回す。
二階堂はその勢いにたじたじになってしまうが、最後は柿原と同じように照れた顔をして満更ではなさそうだった。
(決めたんだな、柿原)
二階堂に直接声をかけたということは、きっと柿原は告げるつもりなのだろう。
あれだけ苦しんでいたはずなのに、あの時とは違っていつも通りの爽やかフェイスを浮かべることができているのは、どこかしら吹っ切ることができたから――――なのかもしれない。
どういうわけか、俺の方がドキドキしてしまう。
うん、自分で言ってて恥ずかしい。
「んー……あれ?」
「どうしたの? ほのか」
「いやぁ、そう言えば乙咲さんいなくない?」
野木の言う通り、教室の中に玲の姿が見えない。
そのこと自体には気づいていたが、トイレにでもいるのだろうと勝手に結論をつけてしまっていた。
すると、突然教室に備え付けられたスピーカーから、校内放送が響き始める。
『あ、あー』
マイクテストらしき声には、聞き覚えがある。
「え、乙咲さん……?」
二階堂の言う通り、この声は間違いなく玲のものだ。
クラスメイトたちが皆混乱する中、スピーカー越しの彼女は言葉を続ける。
『えっと……こんにちは、乙咲玲です。在校生の皆さん、文化祭、お疲れさまでした』
たどたどしい声を受け、教室の中も、廊下も、彼女の続く言葉を聞くために静まり返る。
『準備期間を含め、私はあまり文化祭に関わることができませんでした。それなのに、私のせいで自分のクラスの皆に迷惑がかかったと言う噂も、聞きました』
教室内がわずかにざわめく。
金城の一件は乙咲玲に伝えないという話でまとまっていたため、それがすでに知られてしまっているという事態に気まずさを覚えてしまっているのだろう。
彼らは知らないことだが、彼女はあの場にいて被害を受けかけていたのだから、知ってしまっていることはもう仕方のないことなのだ。
『今日は、その罪滅ぼしをさせてほしいと思い、こうして放送室をお借りしています』
校庭をご覧ください――――。
そんな玲の言葉を受け、俺たちは教室の窓から外を見る。
目の前に広がる校庭には、キャンプファイヤーの準備と後夜祭ステージの土台があった。
そしてそのステージの上には、二つの人影がある。
「え⁉ あれカノンとミアじゃない⁉」
「マジ⁉ マジマジマジ⁉」
クラスメイトたちの興奮が広がっていく。
あそこにいるのは、確かにカノンとミアだ。
二人は俺たちが見ていることに気づくと、校舎に向かって手を振る。
その瞬間、学校中から歓声が湧き上がった。
『後夜祭の前座として、私たちミルフィーユスターズが、少しだけステージをお借りします。どうか、楽しんでいただけると幸いです』
その言葉を最後に、校内放送が切れる。――――と、同時に、皆がそろって教室を出たことは言うまでもないだろう。




