第75話 刺客を送っても負けたらそれまで
義賊として暗躍する組織、庶民の味方ロ・コレクト。その代打ちが闘技大会に呼ばれたズーク・オーウィングである。
そんな噂が流れ始めて、裏レートマージャン大会に参加する者達がざわついた。予選で見たのは本物だった、あれは間違いなく本物だ。
胡散臭い噂が流れると、当然ながら本当か確かめる者達が現れる。もし本物であるのなら、対応を考えねばならない。
裏社会ではハッタリをかます者は少なくない。今回の件もラドロンが流した大嘘だと、疑った組織がそれなりにあった。
だからこそ彼らは、切り捨てて構わない駒を使う。もし相手が本物だったら、Sランク冒険者を相手に喧嘩を売った事になってしまう。
その場合は非常に面倒な立場に立たされてしまう。Sランク冒険者になれる者は、人知を超えた領域に至る。
そこまでの強者を相手に、裏社会で少々顔が利く程度の存在が対決するとなると先ず勝てない。
Sランク冒険者は基本的に王族や貴族と関係を持っていて、権力で踏み潰せない事が多い。
だから送られた、雑な刺客達がズークに挑む。そして見事に返り討ちに遭って終わるのだ
「あのさぁ、もういい加減にしてくれない?」
「違うんです! 俺達はやれって言われて」
「どうであっても、敵対したのは変わらないだろ」
ロ・コレクトの代打ちが、Sランク冒険者のズーク・オーウィングである。ただのハッタリだと思われた噂が、何も間違っていないと判明した。
それからは色々と流れが変わっていく。ただの思い込みと真実を、摺り合わせる事は何よりも大事である。
先入観や固定概念に囚われてしまうと、将来的にとんでもない負債を抱えてしまう。それが金銭的な損失なのか、精神的な損失なのかは分からないけれど。
どちらであったとしても、Sランク冒険者と敵対するというのは非常に宜しくない。
「いやそれは! ただ頼まれただけで!」
「だから何? 自分は頼まれた事をやって、思い通りに行かなかったから自分は悪くないと?」
「ですからその、悪くないとまでは思っていなくて」
裏社会に生きる最底辺の下っ端であろうとも、彼らは彼らなりの意思がある。
敵に回して良い相手と、そうでない相手ぐらいの区別はつく。そしてそこから判断をして、これからの生き方に活かしていく。
ただそれも今この場を乗り越えられるかどうかが重要である。偽物と疑ってかかって、ちゃんと本物でした。
だからこそ理念を捻じ曲げて、とりあえず無難な方針を選ぶ。褒められた行為ではないとしても、生存戦略として楽な道を選ぶのは人間の心理として何もおかしくない。
街のチンピラ程度であっても、彼らなりのシノギがあるのだ。
「何も文句はありません。どうぞ通って下さい」
「最初からそう言えば良いのに」
「その辺りは察して下さいよ~」
裏社会で当たり前に行われている、縄張り争いに駆り出される下っ端達。彼らに大した権力も発言権も無いので、やれと言われたら従うしかない。
より強い者を頼って、下働きを続けているだけの存在だ。その行動が世間一般で悪と判断される様なものでも、ただ従うしか出来ない。
その過程で圧倒的な戦力差がある者を相手に、下手くそな喧嘩を売ってしまった。どこを見て歩いているんだと、ありがちなイチャモンから喧嘩を売る。
どうせ偽物の騙りだと聞かされていた彼らは、何の躊躇いも無くズークを相手に突撃した。そうして迎えた結果は、無条件降伏のみである。
後はもうただ謝罪を重ねて、許されるのを待つしか無かった。偽物を痛めつけるつもりだったのに、実際に蓋を開けてみれば本物だ。
街のチンピラ程度では、どう足掻こうが勝てない。そんな相手に向かって、偽物野郎だと失礼な態度で立ち向かってしまった。彼らは決めつけて対立して、舐めた態度を取ってしまった事を後悔している。
「まあ良いけど、誰に頼まれたのかぐらい教えてくれるよな?」
「いやそれはその。えっとその……」
「教えてくれるよねぇ?」
逆らう事も反抗する事も出来ない彼らは、ただ今の現状を受け入れる事しか出来ない。
所詮は使い捨ての駒でしかないのだと、知りたくない現実を彼らは思い知らされた。
どう足掻いても街のチンピラでしかなく、大手裏組織の飼い犬にしかなれない。そんな彼らは最後の抵抗を試みたが、結局はズークに押し切られた。
そうして発覚したのは、強欲の螺旋が望んでいる事。何をしてでもロ・コレクトを邪魔してやるのだという、醜い意地とさもしいプライド。
これまでに行って来た犯罪の数々が、彼らの自尊心を満たす為のものでしかない。自分達の嫌いな者達を見下して、そうする事で心の安定を維持して来た。
しかしそれも今となっては怪しいもので、満足出来る程の何かは出来ずにいた。彼らを問い詰める事で、今起きている事の真相をズークは掴む事に成功した。




