第65話 黒い女
ズークが予選で知り合った髪も服も黒い女性。まるで喪に服しているのかと思う程に、全身が黒で染まっている。
だからこそ大きく開いた胸元が、妖艶な色気を醸し出していた。予選を勝ち残ったら名前を教えるという約束を守った彼女は、ズークの誘いに乗ってロ・コレクトが運営する酒場まで着いて来た。
ここでなら金の無いズークであっても、自由に飲食が可能だ。単に雇われた代打ちだというのに、偉そうに奢りだと宣言する。
奢っているのはズークではなく、組織のボスをやっているラドロンだというのに。
「さて、それでお姉さんの名前は?」
「……アンナよ」
「美人にお似合いの良い名前だ」
今日出会っただけのズークを相手に、試合中でもないのに好意的な態度を見せ続けるアンナ。そこにある真意は不明だが、ズークは気にせず話し掛け続けた。
カウンターに2人で並んでお酒を飲みながら、お互いの自己紹介を続ける。とは言えズークの方は有名である為、改めて話す事は多くない。
Sランク冒険者としてのズークについて、アンナは十分な知識を持っていたからだ。必然的にアンナの方が話す内容が多くなるが、彼女は自信の情報を隠さず明かした。
今は27歳の未亡人で、マージャン大会に参加した理由もちゃんとある。お金に困ったからなんて浅い目的ではなく、とある組織に痛手を負わせる為だった。
「『強欲の螺旋』って組織、聞いた事ないかしら?」
「うん? どこかで聞いた様な?」
「裏の世界じゃあ有名な悪党達よ」
このマネー大陸の裏社会で、結構な規模を誇っているマフィア達。その中でも特に悪辣な事で有名な『強欲の螺旋』という組織がある。
詐欺や地上げは当たり前で、殺人や暗殺すらも厭わない極悪非道な連中だ。その上ずる賢く立ち回り、処罰される事もなく長年活動を続けて来た。
当然そんな事をしていれば、あちこちで恨みを買う。アンナはその1人であり、かつて夫を殺されていた。
彼女は職業は冒険者ではないものの、Aランク相当の魔導士としての経歴を持つ。ソロの傭兵として各地を回りながら、強欲の螺旋の邪魔をする為に今は生きている。
そして強欲の螺旋という組織は、ロ・コレクトのラドロンが今回ダメージを与えたい組織だ。先日の邂逅で名前が出たから、ズークにも聞き覚えがあった。
「……そんなに事情を俺に明かしても良いのか?」
「だってアナタ、きっとロ・コレクトの代打ちでしょ? だからここに連れて来たのではなくて?」
その一言に反応したのは酒場のマスターだった。この店がロ・コレクトの隠れ蓑だと知っている人間はごく僅かだ。
もしも敵対的な組織の関係者であったなら、今すぐここで対処をせなばならない。
しかしズークの勘が、アンナはそういう目的で来ていないと告げている。
明らかに先程アンナが見せた、強欲の螺旋に対する憎悪は本物だと理解出来たからだ。恨みを抱いた者同士として、共感したズークはマスターを静止する。
「待てマスター、彼女は敵じゃない。……分かっていて着いて来たのか?」
「いいえ。ここに来るまで、雇い主までは分からなかったわ」
ズークの裏に誰が居るのかまでは掴んで居なかった様子だ。しかしここの地下にある、ロ・コレクトを隠す為の酒場の真実を知っている。
それだけで只者ではない事は確定だ。しかしズーク達には一切の悪感情を見せておらず、敵対の意思はないらしい。
あくまでも連携を取れる相手を求めて、ここに来ただけだと言う。もしズークが味方になりそうにない組織に関わっていれば、ただ少し酒を飲むだけのつもりだったらしい。
だが着いて来てみれば、強欲の螺旋と敵対している組織がバックに居ると分かった。それなら無意味に事情を隠すよりも、目的を話してしまって味方につける。
アンナの狙いは最初からそこだった。ズークが味方であるならば、最悪暴力沙汰になっても頼る事が出来る。
「アナタが味方をしてくれるなら、目的は達成し易いでしょう?」
「なるほどね。そういう事なら手を貸そう」
「別に抗争をやるつもりはないわ。でも痛手は負って貰わないと」
概ね意図としてはラドロンと同じであるらしい。悪逆非道な強欲の螺旋に金銭的ダメージを与えて、これからの活動をやりにくくする。
それがアンナの目的であり、雇った飼い主の要望でもあった。であるなら協力は可能であり、ラドロンには事後承諾で良いだろうとズークは判断した。
とりあえずの取り決めとして、もしも本戦で同卓となった際はコンビ打ち。あくまで目的は強欲の螺旋に大損をさせる事。
それらを約束事として、この場で決めた。その後は普通にお酒を楽しみ、日付が変わる前に解散となった。
もちろんズークは彼女を夜のデートに誘ったが、目的が達成出来たら考えても良いと流された。
しかしそれは、ワンチャンあるという事だとポジティブに考えるズーク。今日知り合った年上の未亡人と、後日デート出来る可能性に期待しつつズークはホテルに戻った。
新たな出会いに浮かれていたズークは、リーシュの存在を忘れていた。今まで何処で何をしていたかや、どこにお酒を飲むお金があったのか等を詰めれらる。
何も色気のない夜のお説教が、高級ホテルの最上階で暫く行われた。




