第54話 これだからヒモ野郎は
隣国であるカーロに向かう為に、諸々の用意をしたズークとリーシュは馬車に揺られていた。
国境まで行けば招待した側である、闘技大会の運営が手配した迎えが用意されている。
そこまではファウンズ支部長が用意した馬車で向かう事となった。国境までは5日掛かる予定であり、現状では2日分の移動が終わった所だ。
特にこれまではトラブルも無く、せいぜい普段通りズークがリーシュにフラれた程度か。どうやっても相手にされないと言うのに、懲りない男であった。
「しっかし、移動は毎回退屈だねぇ」
「……ズークも本ぐらい持って来れば良かったのに」
「俺は全然読まないけど、面白いものなのか?」
自前の本を読んでいたリーシュは、ズークのボヤキに対してそう回答した。
地球からの異文化を持ち込む人々が多く居る関係で、この世界では紙の本が普及している。
絵と文章で構成されたマンガという書物や、文字と挿絵だけで恋愛や冒険譚を記した小説もあった。
中にはSFと呼ばれる星の外の世界を描く作品もあるが、そちらは理解が難しくあまり流行ってはいなかった。
リーシュは女性らしく大人の女性達の恋愛物を読む事が多く、冒険譚はたまに読む程度だ。
あとはモンスターに関する研究書や考察本なども読む事が多い。
「私の読み終わった本で良いなら読んでみる? 女性向けだけど」
「うーん、まあ暇だしなぁ。その話は面白かった?」
「私は楽しめたけど、ズークがどう思うか分からないかな」
リーシュがズークに貸した本は、王宮で働く侍女の女性が公爵様と身分違いの恋をする恋愛モノだ。
有名な恋愛小説を複数出している作家の作品で、今回の本もかなり人気が出ている。
平民から貴族の女性まで幅広く支持されており、近い内に舞台になるという噂話もあった。
作者本人は表に出たがらない人物らしく、どの様な女性であるかは不明だ。貴族の令嬢ではないかというのがファン達の予想だった。
あまりにも貴族周りの情報が詳細に書かれているからだ。ただその割に平民の事情にも詳しい点も見受けられ、謎の人物として語られていた。
そんな流行りの1冊を読み始めたズークは、案外悪くないかも知れないと感じている。
2人が読書に耽る事で、馬車の中は暫く静かな空間となっていた。そんな沈黙を破る様に、御者台から伝声管を通して連絡が入る。
『失礼します。前方に襲われている馬車が見えておりまして』
「……相手が男ならスルーで良くない?」
「バカ言ってないで、助けに行くわよ!」
ズーク達を乗せた馬車の進路上に、1台の馬車が見えている。その周囲には30匹近いゴブリンの群れがおり、護衛の冒険者達が対応しているが苦戦中。
5人組のパーティらしいが、流石に数の差が大きいのか馬車を守るだけで手一杯の様子。
だがズークとリーシュにしてみれば、この程度の集団など障害にすらならない。
やや面倒臭そうにしながら戦うズークと、普段通りしっかり戦うリーシュ。2人の参戦であっという間に決着が着く。
商人の物と思われる馬車の護衛をやっていたのは、Cランクパーティの『暁の防人』という者達だ。
男性3人と女性が2人の前衛から後衛まで揃った堅実な構成で、それなりの実力がある10代の若者達だった。
すぐにリーシュの見た目で彼女が何者か気付き、5人は慌てて頭を下げる。隣にいるのがズークだと知ると、尚更驚いて深々と頭を下げた。
10代の女性に興味がないズーク適当に返事をして馬車に戻ろうとした。馬車から成熟した女性が現れるまでは。
「どうやら、どうにかなった様ですね」
「お怪我はありませんか? マドモアゼル」
「あ、貴方は?」
「はぁ、ズーク……」
おバカがその高い身体能力を実に無駄に使って、一瞬にして馬車の主である女性の目の前に移動していた。
地面に跪いて右手を取り、結婚指輪をしていない事を一瞬で確認。まるで貴女の為に戦いましたと言わんばかりの態度に早変わり。
つい先ほどまでは、無視しようとしていたというのに。随分な変わり身の早さにリーシュは呆れ果てていた。
しかしそんな事はズークに関係はない。見る限り30歳前後に見える好みにどストライクな女性の商人を気遣うズーク。
あんなに面倒臭そうにしていた癖に、途中まで同行しようとまで言い出す。
「ですが、貴方の様な有名冒険者を雇う余裕が私には……」
「報酬など構いませんよ。どうせ同じ方向に進むだけですから」
「そう、ですか? ならお願いしようかしら」
つい先程まで退屈していた筈の男が、急にテキパキと行動を開始。服飾関連の商売をしている女性商人と馬車に同乗し、世間話を始めるズーク。
先程リーシュに借りた本の話題も織り交ぜて、さも女性の流行にも明るい男を演出する。
この様な行動を取れるからこそ、ヒモとしてやって行けてしまうのだ。商人の女性も顔だけは良い年下が、救ってくれた上に優しくしてくれるので悪い気はしない。
結局道中の間はズークがひたすら女性と仲良くなり、店のある街と店名を教えて貰う所まで行く。
今度その街に行く機会があったら立ち寄ると約束し、またしてもハーレム構成員候補を作り出す。
これ以上行くとマズイと感じたリーシュに怒られるまで、ズークは商人の女性をおだて続けた。
幸い体の関係までは至らなかったが、まあまあ危ない所までは好感度を稼いでいた。
これ以上子供を増やせば借金も増えるのだが、ズークはそんな事は気にしない。隣国に入る前から既に怪しい空気に変わり始めて、リーシュはこれからの展開に不安を覚えるのであった。
フランス語のマドモアゼルを使わせるのはギリギリまで悩んだのですけど、これ以上に似合うカスらしい言い回しが思い浮かびませんでした。




