第30話 ズークの故郷
ズークとリーシュは1週間程問題無く授業を続け……いやズークだけは年上の女性教師に声を掛けて回っていたが。
当然ながらリーシュからの鉄拳制裁を受けて、強引に連行された。
そんな1週間を送ったズークは、週末の連休を使って学園都市ライアーを出る。
ここから更に馬車で半日の距離に、ズークにとって馴染み深い場所があった。
ローン王国の西方には、農村地域が広がっている。アテム大森林の様な危険地帯が存在せず、平和な暮らしが出来る地域だ。
隣国との国境はあるものの、西の隣国は友好国だ。急に攻めて来る事も無い。そんな長閑な田舎の一角に、とある廃村があった。
「相変わらずだな、ここは」
まるで襲撃でもあったかの様に、ボロボロになった家屋が建ち並んでいた。
ここは18年前に、危険なモンスターの襲撃を受けて村人が殺されてしまった土地だ。たった1人の生き残りを除いて。
そんな悲惨な目に遭ってしまった、この村の名前はレグレット。かつて40名の農民が暮らす、どこにでもある小さな村だった。
モンスターに教われて壊滅し、存続が不可能となって放置された。中途半端な位置にあり、必要性もそう高くなかったからだ。
その事に関して、今のズークは何も思っていない。今更生き残りとして、村を元に戻す気も無い。
彼にとってのレグレット村は、18年前に失われたからだ。
「オルグのじいさん、また来たぜ。ネリーの婆さん、俺はまだ生きているよ」
ズークが昔作った村人達の墓に向かって、ズークは一言を告げていく。ただ大きめの石を並べて、人名を彫っただけの簡易的なもの。
幼い頃のズークが原型を作り、改めて大人になってから作り直したお手製の墓。
38名分の墓に挨拶をしつつ、摘んで来た花を添えていく。ここにズーク以外の者が墓参りに来る事はない。
少なくともズークは知らない。誰かの親戚がどこかに居るのかどうか、ズークは良く覚えていないからだ。
もしかしたら居るのかも知れないし、居ないかも知れない。でも探して周る気にはなれなかった。
ただ死んだ、という話をわざわざ伝えに行く意味を見出せなかったからだ。
「さてと、行きますかね」
レグレットの村には、小さな森がある。アテム大森林とは比べ物にならない、とても小さな森だ。
居るとしても小動物や、精々弱い低級のモンスター程度。近くに小さな村しかないので、ゴブリンすらまともに住み着かない場所。
精々野犬の群れが居るかどうか、その程度の規模しかない。小鳥やリスなどの小動物が、ズークの進入に気付いて離れていく。
気にする事なく先へと進み、ズークは森を抜ける。その先には小さな崖があり、そこには特別綺麗で美しい墓石が置かれていた。
そしてその墓石には、ミーシャという女性名が丁寧に刻まれていた。
「よっ! ミーシャ姉ちゃん。また来たぜ」
そういうとズークは、かつてミーシャが好きだった果実酒を墓石にかける。
大して高価でも無く、この辺りでは簡単に手に入る代物だ。道中で狩ったモンスターの肉を対価に、別の村で物々交換を行って手に入れた。
このお酒だけは、ギャンブル等で手に入れる気にはなれない。それはズークにしては非常に珍しい心の動きだ。
それだけミーシャという女性が、ズークにとって重要な人物だったという事だ。
同じく自分用に持って来た果実酒を飲みながら、墓石の横に座って遠くを見つめるズーク。
今までに見せなかった真面目な表情で、ズークは1人言葉を零す。
「もう俺の方が8歳も年上になっちまったよ。姉ちゃんとは結婚出来ないままでさ」
ズークという男には、初恋の女性がいた。それがレグレット村で暮らしていた、このミーシャという女性であった。
18年前に亡くなっており、当時16歳の村娘だった。生きていれば今は34歳で、今のズークにとって理想的な年齢の相手だった。
相手にされたかは別の問題として、幼きズークが将来結婚すると約束した相手であった。どこにでもある様な、ありがちの少年時代。
そんな微笑ましい過去の記憶は、悲劇と共にズークの脳裏に焼き付いている。怒りと悲しみと無念と、無力さと悔しさと憎しみと共に。
「踏ん切りを付けないとって、分かってはいるんだけどさ」
この男にしては珍しく、異様なまでに真面目な空気を醸し出していた。
アイツが言う様に生きてみたけど、やっぱり変わんねぇよと呟くズーク。
この程度の安酒で酔うズークではないが、いつもと様子が違うのは間違いない。
酔っているというよりは、これが本来のズークなのかも知れない。かつて憧れた初恋の女性が眠る墓の前で、貴女の事が忘れられないと漏らす。
Sランク冒険者のズーク・オーウィングとしてではなく、ただのズークとして今はここに居る。
復讐だけを目的に戦い続けた男の、大人になりきれていない部分。それが今ここでだけ、吐き出されていた。
「やっぱりさ、ミーシャ姉ちゃんが世界で一番美人だったよ」
墓石にもたれ掛りながら、ズークは青空を見上げていた。この空がかつては毎日の日常であり、同時に悲しい記憶を思い出させる青い青い空だった。
それからもズークは、何も言わないままこの場所で物思いに耽っていた。
レグレット村はベタにリグレット=後悔という意味です。
自分が弱っちいただのガキだったせいで、憧れのお姉さんを死なせてしまったというズークの後悔が詰まった村です。




