第三十七話 アーカート編最終回
タキ司祭が私に近づいてくる。
「リチャード、邪悪な悪魔アポフィスの封印に成功したな。
よくやった。
メイ、ムラマサの剣をリチャードに渡せ。
とどめを刺すのはアーカート一の剣の使い手であり封印の作戦をリードしたリチャードでないといけないはずだ」
「とどめとは?」
「封印しただけは、また彗星がやってきて陽が欠けると蘇ってしまう。古文書を読んだだろう。
アポフィスの首を斬りとるのだ。斬首と書いてあっただろう」
私はムラマサの剣を渡され、凍ったマリナの頭と首の所を斬るようにタキ司祭に命令された。
躊躇していると、ローレンツ王もイザベラに促されて言葉を発した。
「リチャード、このアーカートの地を守り再び悪魔が来ないようにするのが王族の使命だ」
イザベラが私にダメ押しで言う。
「王の命令なるぞ。リチャード、剣を振り上げろ。さもなければ反逆の賊になるぞ」
私は涙を流しながら剣を振り上げた。
(マリナ、そしてマリナとの思い出が走馬灯のように蘇る)
ルシアとアームも目を背ける。
(そうだ。パーティの一員だった。誰よりもリーダだった。)
剣を振り上げた。
最後にマリナの凍った瞳を見た。
目をつぶり、悪魔が横たわっていると信じてローレンツ王の命令のとおり、剣を振り下ろした。
カキーン
ムラマサの剣はマリナの喉で停まってしまった。
これ以上、剣が動かない。ムラマサの剣がマリナの喉元で動かなくなった。
「無理だ。無理です。私にはできない。
ここに横たわっているのは悪魔ではありません。
一緒に苦労を重ねて、未来の約束はしていないけれどメイやルシアのようになりたいと思っていた。
もっと早く告白すればよかった。結婚してくださいと」
涙が止まらなくなった。剣の力なのか、私の感情なのかわからない。ムラマサの剣はマリナの喉元で鵜が来なくなっている。
タキ司祭が言った。
「リチャード、お前の気持ちを汲むという事はまた邪悪な悪魔が復活するということだ。そのとき、人間はそしてアーカートは滅亡するだろう。それでもいいのか。
ここにいる子孫の全員が滅亡する」
ルシアがそのとき私に駆け寄ってきて、タキ司祭に向って怒りに満ちた目を向けた。
「タキ司祭、愛する人の気持ちがわからないのですか。
私がもしメイ様がこの下で凍っていたら、どんなことになってもメイ様をお救いします。
そうです。」
今度はローレンツ王を見た。
「陛下、リチャード様が逆賊にならずアーカートの地を守るための方法があるはずです」
ルシアは私の目を見つめた。
「リチャード様、これを」
私にルシアが渡したのはラピスラズリの実だった。
「東方の国ジパンで、すべての悪行を退治してすべての善に置き換えるといわれる伝説の薬草でございます」
「しかし、オーフィ マリナ・アポフィスだけは効かないのでないのか?」
タキ司祭が反論する。
ルシアが天を向く。
「はい。結婚して苗字を変えればいいのです。
オウヒ マリナ・アポフィスではなく、ローレンツ・マリナ・アポフィスに。
天は、太陽は、わかってくれるはず」
「そんなことでうまくいくのか?」
タキ司祭は反対のようだ。
ローレンツ王も心配そうに私を見ている。
「やってみよう」
私はラピスラズリの実を凍っているマリナの口の中に挿入した。
私は自分の手でマリナの顔をぬぐい、凍っている頬にキスをして涙を流して告白した。
「遅くなってごめん。
マリナ、僕と結婚してください。これを言いたかった。
ローレンツ・ マリナになってください」
再び空に、先程の二人の像が現れた。
龍王と龍馬に違いない。メイとルシアの分身なのか。
二人の像から地上に穏やかそうな光が降りてきた、
穏やかそうな光を浴びたマリナの凍っている身体に変化がおきてきた。
『すべての悪行を退治してすべての善に置き換える』
私の脳にこの言葉が直接響き渡った。
するとマリナの皮膚から氷が解けて、凍っていたマリナの目蓋がゆっくりと開いた。凍っていたマリナの唇が動いた。
「はい。私はマリナローレンツになります。承諾します。
もう私は邪悪な悪魔ではありません。善の赤い龍です」
私はマリナを抱きしめた。
「龍でも人間でもかまわない。私はマリナを妻にします。私が一生邪悪な悪魔ではないマリナを守ります。
そして私はアーカートの地に再び悪夢が起きないようにします」
私はアーカートの人たちにそう宣言した。
私はムラマサの剣はメイに返した。
森の奥の紫の卵が割れた。
中からでてきたのは黒く可愛い蛇だった。
ルシアからラピスラズリの実を貰ったベクターが走っていく。
ベクターは蛇の口に実を入れた。
「この黒い蛇はアリシアだ。人間だろうが、蛇だろうが、龍だろうがかまわない。わたしもこのアリシアといっしょにこれから暮らしていく」
ベクターはそういうと黒く可愛い蛇を抱きかかえた。
アーカート城に、私とマリナ、メイとルシアが戻った。
ローレンツ王が言った。
「メイとルシア、私の後継者はローレンツ家の先祖であるアーカート王が持っていた神器であるムラマサの剣を持つメイとする。
そしてその王妃は神器の赤いペンダントを持つ女とする。
この言葉通りである。
二人は結婚を約束したのだから、メイを私の後継者とする。ルシアもメイの王妃とする」
城内で歓声がわいた。
ローレンツ王が私に言った。
「リチャードはどうしたいのか。何でも望みを言え」
「はい。マリナともう一度アーカート山の滝から遠い世界に旅立ちたいです」
「そうか。寂しくなるな。しかしそこに行きたいのだな。わかった」
剣を持ったメイが話しかけてきた。
「リチャード、もう私はこのムラマサの剣を必要としない。リチャードが持っていけばよい。一度見たあの異世界はここよりも危険が多そうだ」
「いえ、兄上。私はそのような神器は必要ありません」
ルシアもマリナの横に来た。
「マリナ様、私もこのティアラもペンダントも必要ありません。マリナ様が持って行ってください」
「ルシア、いや、ルシア様。私のことは王妃でも何でもありませんから呼び捨てにしてください。ルシア様こそ王妃に必要でしょう。それに私も元の世界で将棋に打ち込みますからこの神器は必要ないです」
するとメイが持っているムラマサの剣が妖しく赤く輝き始めた。ルシアが持っていたティアラの将棋の駒と赤いペンダントも妖しく輝き始めた。
輝いた3つの神器から赤い光が走り、ムラマサから出た光が私の両腕に降り注いだ。
ティアラの駒とペンダントから出た光はマリナの両腕に降り注いだ。
やがて光は穏やかに消えていった。
私は思わず両腕を見てみた。そこにはムラマサの妖刀のタトゥーが両腕に刻み込まれていた。
「マリナ、両腕を見てみろ」
マリナも自分の両腕を見ると左の腕にティアラと駒、右の腕に赤いペンダントのタトゥーが刻み込まれていた。
「兄上、どうやら、3つの神器を頂いたようです。現物は兄上とルシア様で持っていてください。
私とマリナに刻まれた3つの神器のタトゥーは兄上とルシア様の心も引き継いだような気がします」
こうしてメイからアーカート山の滝を経由して現代に行く方法を聞いて、私とマリナは再び東京に戻ってきた。




