第二十一話
(確かにアーカート山にも魔物がいるかもしれない)
私は折れた剣を触ってみた。
(使えそうにないな。どうするか。そうだマリナに聞いてみよう)
「マリナ、ティアラの物凄い光の力は自由に使えるのか?」
「リチャード、わからないわ。あの時、貴方を助けないといけないと強く念じたけれど、操作方法はわからないの。
いつあれが作動するかわからないわ」
「リチャード様、教会の近くに最近商店ができてエルフやドアーフが森から移ってきたらしいです。
そこに私の知り合いのドワーフがやっている鍛冶屋が居ります。
そこで折れた剣の応急修理をお願いしてみます」
「アーム、そうは言ってもお金が無いぞ」
「僭越ながら、あの帆船の船室に胡椒と塩がございました。
これをお借りしたいのですが」
(現代なら大した価値でないありふれた調味料だ。少し借りることにしよう。
もし、文句を言われたら買って返せばいい。
いや、現代にはもう帰れないのだから)
「それでよければ使ってくれ。
ただそんなもので修理してくれるのか」
マリナがその会話に割ってきた。
「アーカートのこの地ではひょっとして胡椒や塩は貴重品なの?」
「はい。マリナ様、胡椒は貴重品でございます。
これほど純度の高そうな胡椒はあまり見かけません」
「それでは鍛冶屋に行って参ります」
アームが出て行った。
かわりにルシアの従弟であるトマスが教会にやってきた。
「ルシアがこの教会にいると聞いたので、こっそりやってきました。どうぞ食べてください」
トマスは果物の差し入れを持っていた。
トマスに改めて、兄のメイに同行してアーカート山に行っていた時のことを聞いた。
アーカート山のダンジョンの穴の場所や柵の開け方などトマスが見たことやメイから聞いたこと等を教えてもらった。
「メイ様は、柵を開けるとき何か不思議なしぐさをしておりました。東方の国ジパンではそういうことをするそうです。
祠のところにも何か変わった4つの物が置かれていました」
トマスに不思議なしぐさの真似をしてもらったが、残念ながら新しいダンスのようにしか見えなかった。
マリナは興味津々で話を聞いていた。
アームが教会に戻ってきたのは翌日だった。
アームが戻ってきて私に見せたのは2つの剣だった。
「リチャード様、折れた剣の修理というのは難しいようでした。
ただこの剣は折れ方が非常に綺麗でして、二つの剣にするなら応急で修理できるということでございました」
折れる前より短くなったソードと短剣の2本だ。
腰に差せるのは短くなったソードだけだった。
「アーム、この短剣はアームが持っていてくれ」
「承知しました。
リチャード様、鍛冶屋でアーカート城の兵士がいたので話をしましたが、太陽が欠けたあの日以来、アーカート城の森の奥で気味の悪い咆哮が聞こえるそうでございます。
また森の奥に様子を伺った兵士が何人も戻ってこないと。
やっと一人の兵士が森の奥から戻ってきたのですが、『森は恐ろしい』と言って寝込んでいるそうでございます」
「そうなのか。アーカート城の兵士が森の外を見張っていたのではないか」
「そうです。鍛冶屋に居た兵士によりますと、今のところ、魔物1匹たりとも森から出してはいないと言っておりました。
彗星が森に落ちたときにエルフが森から出てきてしまったので、太陽が欠けたときにはもう森に誰も住んでいないと言っておりました」
マリナが聞いた。
「エルフも大変ね。魔物でなくて、何か森から出たのはいないの?」
「はい。動物も一匹たりともいないと申しておりました」
「動物や魔物以外では?」
「はい。森の付近で見かけたのは、アーカート王の女占い師であるイザベラと舞踏会で見た女だけだそうです。
それも二人とも薬草を探して森に来たと言っていたそうです。
兵によりますと怪しい魔物は一匹たりとも森から通していないとの事でした」
修道女のエミリに礼を言って、私たちは教会を出ようとしたら声がした。
「エミリ、戻った。ビクター様のお知合いであるアリシア様をブラックアイランド島までボートでお送りして戻ってきた」
タキ司祭だ。
私はタキ司祭と視線があった。
「まだ、居たのか。目障りな城を追放されたバカ王子と、婚約破棄されたバカ女!」
タキ司祭が教会の入口に居た。
修道女のエミリが司祭に、この人たちは困っているので助けが必要と懇願していた。
しかし、聞く耳を持たない司祭は、
「さっさと失せろ。
性根の腐った奴らだ。ラピスラズリの実でも食わせれば少しは良くなるかもしれんが」と、手で人を追い払う失礼なしぐさを見せている。
「言われなくても出て行くわよ」
マリナはそういうと、私の手を引っ張って砂浜に走り始めた。
そのときマリナの赤いワンピースのポケットから紙が落ちて教会の入口に舞い落ちて行ったのが見えた。
タキ司祭はその紙を拾い上げたようだ。
タキ司祭が叫んでいたようだ。
修道女のエミリにタキ司祭が話している。
エミリが、アームとルシアに何か伝えている。
マリナは私の手を引っ張って帆船のある砂浜目指して駆け出して行ったので何を話しているかわからない。
マリナに引っ張られ私たち4人は全員、砂浜の波打ち際に係留していた帆船に乗り込んだ。
最新式の自然エネルギーで走行する帆船だ。
アームはもう船の操縦に慣れたようだ。
「あれは誰かしら?」
ルシアが砂浜を指さした。
ここからは遠いが、アーカート城近くの砂浜だ。
城の奥には森があるところだ。
遠目で女性の姿が見える。
首元にキラリと光る何かがある。
その女性は後ろ向きになり衣服を脱ぎ捨てると成熟した大人のプロポーション姿のようだ。
女性はそのまま一糸まとわず海の中に入って行った。
「何をしているのだろう」
「リチャード様、わかりません。身体を洗っているのでしょうか。それとも一人で水泳?」
ルシアも不思議そうに女性を見ていた。
やがて女性の姿は見えなくなった。
マリナが号令をかけた。
「さあ、アーカート山に向けて出航よ!」
アームが教会の砂浜沿いに帆船を走らせる。
目指すは、まずアーカート山に通じる川の入口だ。
川の入口に帆船が近づいてきた。
「アーム、さっき修道女のエミリはルシアとアームに何か話していたよな」
「はい。リチャード様。修道女のエミリがルシアに『気を付けて。そしてアーカートの地を守って』と言っておりました。
私にも同じようなことにこの地を守ってよと言っていました。」
「アーム、言われなくても3つの神器を手に入れて、邪悪な悪魔からこの地を守るけれどな」
突然、帆船が横揺れをする。
「アーム、どうした」
船室からアームが叫ぶ。
「この帆船のコンパス装置によりますと、この船の下を何か長いものが通過しようとしているようです」
甲板から海の下を見ると、船の右横に白い泡と潮の筋が見える。
「何か見えるよ」
マリナも叫んだ。
私ものぞき込むと、そこには、大きくて長い紫のとぐろに鱗がある気味の悪いものが船の横を潜って進んでいく姿があった。
急に帆船の周りも紫の霧に覆われてきた。
「魔物なのか。このまえのオオダコの魔物が戻ってきたのか」
私がそう言うと、マリナが否定した。
「違うと思う。あれよりかなり長いよ」
長いものが帆船を通り過ぎるとき、大きな波柱が立った。
長いものは波しぶきを上げゆっくりと帆船を離れ、やがて沖合の方に向けて進み始めた。
「あの魔物、ブランクアイランド島の方に向っているわ。
河口には行かないようね」
マリナが帆船の先から、海を見ている。
帆船の揺れが収まった。
紫色の霧も晴れた。
霧の先に川が見えてきた。
「リチャード様、アーカート山に通じる河口でございます。
進めていいでしょうか」
「進もう」
「全速前進で河口を上ります」




