第十五話
丸みと突起が薄っすらと見え隠れするマリナの上半身の衣装を見ないように、私はマリナが差し出した手の先の物体を見つめた。
マリナがその物体を差し出したので手に取った。
(ティアラだ。金色のティアラで装飾は赤いルビーが施されている。
ティアラの前面には2つの小さな五角形のような枠があり、何かを装着するようになっている。
「リチャード、ティアラね。キラキラして美しいわ。
でも、3つの神器と何か関係あるのかな」
マリナは未だ自分のドレスがどうなっているか気が付いていないみたいだ。
アームも松明の灯りがマリナに行かないように両手を後ろに隠した。
メイド服のルシアがドレスに気づき、急いで日傘をマリナの前に差し出した。
「マリナ様、先ほどの化け物の液体でドレスの上半身の布が破けてしまったようです。
殿方はマリナ様を見ないようにしてください。
さあ、日傘で胸を隠して急いで教会で着替えましょう」
「うわっ。上半身を覆う布が解けているじゃない。男どもは見るなよ」
とんでもない声を出しマリナは教会の入口まで走って行った。
そのあとルシアが後を追い、アームは下を向きながら教会に入って行った。
最後に私はティアラを手で持ちながら、ふとその先を見ると白く眩しいマリナの背中が目に入った。
鼓動が高鳴っているのがわかる。
(美しい。見てはいけないが)
(ん、背中の右上に何か紋様のようなものが。あれは)
(それにしても後ろ姿もマリナは美しい)
翌日になった。今日はいい天気だ。太陽が輝いている。
マリナは修道女の衣装ではなく、ウエディングドレスのような白で清楚かつ厳かな出で立ちに変身していた。
修道女の頭には昨日のティアラが載っている。
「マリナ、どうした。その衣装は」
「修道女のエミリさんが貸してくれたのよ。
『この先旅に出るなら修道女姿では差しさわりあるかもしれないでしょう』と言われて。
この教会で素敵な式を挙げるカップルもいて、司祭がレンタル衣装屋もやっているのだって。
お金が手に入るなら何でも手を出しているようね」
「似合っているよ」
マリナは何となく嬉しそうだ。
「リチャード。それより、次に行く場所を決めようよ。
それとティアラね、3つの神器の関係は何かということよ」
「ブラックアイランド島もアーカート山も船がないと行けそうにないな。
そうなると森の中に行くことになるか」
「そうじゃない気がするの。
森の中は彗星の一番大きな欠片が飛んで行ったのでしょう。
多分、最後に行く場所じゃないかしら」
「しかし船が無い。ティアラは昨日じっくり眺めていたのだが、五角形の枠がある。
まるで将棋の駒のような形だよ。
女流棋士も記憶はまだ戻ってない?」
「雷が落ちた以降の記憶しかないわ。将棋の駒と言われてもよくわからないし」
「リチャード様、ボードゲームのチェスの駒は五角形ではないですよね。このアーム少しチェスであればしたことがございますので」
「アーム、将棋もチェスもインドのチャトランガというボードゲームが起源と言われている。
ただ、チェスと違って、将棋は駒が相手の三段目まで進出すると成駒になれる。
これがチェスとは違うところだよ。
また相手から取った駒も自分の味方にできるのだ。
将棋の駒は正面から見たら五角形で、全体は7面体になっている。
マリナが付けているティアラの前面の2つの開いている所の枠がまさに将棋の駒に非常に似ているのだよ」
マリナがティアラを頭から外して五角形のところを凝視している。
「リチャード、3つの神器のうち、赤い月がある龍の駒に囲まれたティアラというのは将棋の駒のことかもしれないわ」
私は頷いた。
「そうだと思う。将棋の駒の中には飛車と角があって、飛車の成駒は龍王、角の成駒は龍馬と書かれている。通称、龍と馬と呼ばれるよ」
「龍の駒というと、将棋の駒ね。
決まり。でもどこを探せばいいの」
心なしか陽が陰ってきたようだ。
先程まで明るい教会の聖堂が暗くなってきた。
暗くなった外を眺めながら、私はこの異世界に来る前の指導対局のあとに女流棋士のマリナから喫茶店で教わった詰将棋をふと思い出した。
『ハヤト、アマチュア初段になるには、詰将棋が大事ね。
これわかる?』
(難しそうだな)
『これは、こうやってこう指して、最後に玉が5一にいて、角が成った馬が6三にいるのよ。そして飛車が3九にあるという形よ。ここからは一手詰。』
(一手詰なのか。こう指せば龍と馬、龍王と龍馬で玉を追い詰められるかも)
修道女のエミリがやってきた。
「太陽が、太陽が欠けてきています。
これは不吉な前兆ではありませんか」




