源実朝の暗殺: 資料を読むのはネタになる
1月27日は、源実朝が鶴岡八幡で、甥 公暁に暗殺された日です。
そういえばと思ってから、資料をあたり、まとめてみました。
丁度、「鳩サブレ」を頂き、これも執筆の燃料になりました(笑)
建保七(1219)年一月二十七日、鎌倉幕府の三代将軍 源実朝は、右大臣就任を、鶴岡八幡宮に報告した後、一族の甥;公暁(鶴岡八幡別当職)に殺されました。
この暗殺で、頼朝の血脈は、実朝、公暁の両名が失われ、大混乱。
承久の乱の発生につながってゆきます。
今回のネタは、この事件を、記録に基づき追ってみようと思います。
この事件については、①吾妻鏡(鎌倉幕府による歴史書、北条氏寄りの記述)、②愚管抄(天台宗大僧正 慈円による、朝廷側からの歴史書、距離がある為 時間差あり)、③承久記(軍記もの)、などに記載があります。 『吾妻鏡』と『愚管抄』は鎌倉時代の成立で、事件と近い時代にかかれ記録として書かれている点で信頼性が高いと言われています。
『承久記』は軍記ものなので、ある程度のフィクションの可能性があります。
いづれにせよ、この文書でも、時と場所:「一月二十七日に鶴岡八幡に参拝した帰り」と、被害者と加害者:実朝を甥の公暁が、動機:「実朝は父(二代将軍 頼家)の仇、自身が将軍になるべき立場(という思い込み)」である点は、共通しています。
時系列では事件直前の事が①吾妻鏡にあります。文字数が増えるので必要な場合以外は、以下現代語訳にて書きます。「実朝に仕えて親任の厚い大江広元が、私は成人してから涙を流した事がないのですが、今朝は何故か涙が止まりません。 きっと何かが起こるので、かつて東大寺修造供養の時、右大将・頼朝さまが束帯の下に腹巻き鎧を着ていた故事にならい、武装して下さい」とお願いします。 これに対して御供の源仲章(文章博士)が、「右大臣が武装する事は過去にありません。(頼朝は近衛大将ですが、右大臣は兼任していませんでした) 過去に例がない事」と反対します。 文章博士は、宮廷儀礼の権威ですから、こういう所で自身の知識を披露したかったのかもしれませんが、それが裏目になります。その他、吾妻鏡には、事件直前の不吉な出来事として、「八幡宮の鳩が異常に鳴いていた」「実朝の剣が折れた」などと書いてあります。
③承久記では「八幡宮に入った後、お供の北条義時の具合が悪くなり、太刀持ちの役を源仲章に譲って自宅へ帰った」と書いてあります。これらの経緯をみると、後知恵のせいか、暗殺が成功するように、物事か動いているようにも思えますし、北条義時の陰謀だという説も出てきます。実朝は北条政子の実子ですが、一方で 和歌などを通じて朝廷との心理的な繋がりも懸念されていました。「山は裂け海はあせなむ世なりとも 君に二心わがあらめやも (源実朝)」の和歌が示すように、実朝は後鳥羽上皇に対して忠誠を誓っており、これが武家の独立性を重視する側からは、将軍として不適切との見方もあったのでしょう。
ともあれ、実朝は、朝廷の重臣である右大臣兼近衛大将としての装束をつけ、下に鎧、腹巻はつけずに参拝し、その帰途に公暁とその配下の僧達に襲われます。
その状況を明確に書いているのは③承久記です。
「下馬の印がある階段の辺りから、薄衣を来た人が二三人走ってきて階段脇に潜んでいます。薄衣を払いのけ、細身の太刀を抜くと、右大臣殿(実朝)が斬られました。
一太刀目は、手に持った笏で受けましたが、続いて攻撃を受け切り伏せられてしまいました。(実朝は)傷を負い(臨終の際に)「大江広元はいるか?」と呼ばれておりました。
続いて文章博士(源仲章)が斬られた」と、次々に実朝とお供が殺されてゆく様が書かれています。
事件後は大混乱しましたが、すぐに幕府側は、テロを実行した公暁配下の僧たちを近隣(雪ノ下)にある僧坊で討ち果たします。しかし、ここには公暁はおらず、捜索が始まります。
ここまでは、どの歴史書でも同じような話なのですが、疑問が出てくるのが、この暗殺事件後の展開です。
②愚管抄では暗殺に成功した公暁が、「実朝を討ったので自分が将軍になるから迎えに来い」という手紙を三浦義村に送ります。三浦義村の妻は公暁の乳母なので、それで味方になると思っていたのでしょう。 この間、公暁は、討ち取った実朝の首を持ち歩いています。三浦義村はすでに北条義時と通じており、両者は示し合わせて公暁を討つことにします。 公暁は、返事がないのにしびれを切らせて、三浦邸に向かう途中を、三浦義村の部下;長尾定景に討ち取られたとあり、これが一応 この事件の顛末と言われています。公暁が討たれたのは事件のあった二十七日の夜か、二十八日未明となります。
①吾妻鏡でもほぼ同じ経緯なのですが、気になる記載があります。
公暁が討たれて、首実検になった時に、北条義時の息子:泰時が「未だに公暁の顔を見ていないから、この首が本物かは疑問だ」と言います。
原文は漢文で「正未奉見阿闍梨之面。猶有疑貽云々」
未だに見ていないというのは、うがった見方をすれば、目の前の首も含めてまだ当人を見かけていないとも考えられるし、素直に読めば「会った事が無いから首を見ても判らない」とも読めます。 ともあれ、この首実検をしたのが二十七日未明から二十八日です。
二十八日が明けると実朝の葬儀が行われます。鎌倉の御家人達は、将軍実朝が亡くなったので、弔意を示し髪下し、出家するものが続出します。
実朝の遺体は、首が無いまま、鎌倉の勝長寿院に葬られます。(翌日の葬儀は①吾妻鏡の記述)五体が揃っていないのは後生が悪いと信じられていたので、遺髪を一緒に葬ったと記載されています。
そして首はどうなったかですが、②愚管抄では「その後 実朝の首は岡山の雪の下から出てきた」とあります。 岡山の地名が不明ですが、「鶴岡山」と見れば、殺害現場近くから出てきたという事です。その、実朝の首ですが、伝承として鎌倉から30km離れた、神奈川県秦野市に首塚があり、乳母の関係がありながら公暁を討たせた三浦義村の家来:武常晴が持ち込んで、現地の地頭:波多野氏の許しを得て葬ったとあります。 なぜ首が30km離れたこの地にあった経緯は不明、本来 実朝は罪人ではないので、五体満足で葬るべきなら、30km程度の距離なら鎌倉に戻して、合葬しても良いのに、首は離れたまま。(罪人の場合には、首を分けて五体不満足で葬る場合が多い) 結構、謎が多い事件ですので、小説に仕立てるにはネタが多いかもしれません。
特に、実行犯:公暁と、その配下は明確であるが、それを使嗾した人間、背後関係は不明です。鎌倉幕府は実朝を殺して終わりではないから、その後のシナリオが必須。
②『愚管抄』によれば、三浦義村に公暁が「実朝を殺して自分が将軍になるから迎えに来い」とある事を考えると、三浦義村が黒幕と考えるのは自然です。 ならば、なぜ公暁の呼び出しに答えなかったかと言えば、北条義時が死ななかったからとも推定できます。 八幡宮では、本来 北条義時がする予定だった太刀持ちを、源仲章が代行し、殺されました。 本来の予定が、実朝と義時の暗殺だったら、公暁を三浦義村が支援し、四代将軍となる可能性もあったかもしれません。 しかし、北条義時は死なず、予定が狂ったので急遽 公暁を見捨て、北条義時と結んだとも考えられます。 このように考えると、①吾妻鏡にある北条泰時の「この首が公暁かは疑わしい」という言葉も活きてきます。なぜなら、三浦義村の陰謀ならば、公暁が生きている限り、自分の陰謀が暴かれる危険があるからです。 となると、疑いをかけられないように生死不明の公暁を捕まえて口をふさぐ必要があり、革命行動(例として北条家追い落とし)が起こせません。
また、実朝暗殺の後 すぐに承久の変(1221)が起きていますから、本当の黒幕は朝廷;後鳥羽上皇との考えもできます。
どのような形にせよ、資料を丁寧にあたると、疑問が出てきて、それをネタに小説を書く事が出来そうです。 取りあえずは、北条義時が黒幕(暗殺間際に太刀持ちを変わるのは怪しい)、三浦義村の陰謀は合理的な筋立てと思いますし、更に陰謀の黒幕として後鳥羽上皇をもってくるのも相応しいと思います。弟の三浦胤義は実朝の鶴岡参拝ではお供で参加、承久の変では後鳥羽上皇方の有力武将なのです。
吾妻鏡では、予兆のような話が満載、「鳩が危険を告げた」「大江広元が突然涙を流して武装をするように言った」「太刀が折れた」。 北条側の歴史ですから、これは神仏が運命と見ていたという言い訳のようにも思えます。
北条義時が支援した大倉薬師堂(現 覚園寺)には、信仰していた薬師如来が、配下の十二神将の伐折羅大将(戌神)を、白い犬に変えて送り、この霊験で太刀持ちを代わり、命が助かったという伝説もあるそうです。そんなファンタジー系?なネタも多いようです。
小説家 葉室麟は『実朝の首』というタイトルの小説を書いています。
ネタバレになるので、あらすじは書きませんが、すでに書いたような可能性を、魅力的な小説に仕上げています。
歴史小説では、様々な資料にあたる必要がありますが、それは面倒なだけでなく、創作のヒントにつながる事もあります。 上述の資料は、全て活字本が存在しますから、図書化に行けば、手軽に良く事が出来ます。吾妻鏡も愚管抄も漢文ですが、書き下し文や現代語訳もありますから、手軽に読む事が出来ます。
歴史書は、事実を元に作られていますので、それをネタにする事は、小説に強い骨組を与えてくれます。 皆さまも、ぜひ資料を楽しみ、小説に活かされてみれば如何でしょう
歴史小説を書くには、色々な資料にあたる必要がありますが、様々な資料は小説へのネタを与えてくれます。 そんな気分で、サクッとまとめてみました。
(と言いつつ、気分が乗らないと書けない事を反省しております)




