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分岐点  作者: さき太
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終章

 太郎(たろう)(すえ)(ひめ)は並んで縁側に腰掛けていた。

 年に似合わない大人びた表情で他愛もない会話をする末姫を見て、太郎はなんとも言えない気持ちになった。

 「今回の兄様(あにさま)はどうするつもりなの?あの未来まで引っ張るの?」

 末妹の身体を介して自分にそう問いかけてくる存在の言葉を聞いて、太郎は遠くを見た。この存在が末姫本人であることは知っている。しかし、今の末姫じゃない。自分の関わることができないどこかの時間軸にいた末姫のなれの果て。そんな存在の言葉を受けて太郎は自分がどうすべきか考えていた。

 「わたしはこのまま兄弟みんなが仲良く過ごせる未来も見てみたいな。」

 そう言って末姫も遠くを見た。

 「兄様。もう頑張らなくても良いんだよ。兄様自身背負わなくてもいい物を背負う必要もないし、他の人に背負わなくてもいい物を背負わせる必要もない。このままみんなが仲良く過ごせる未来っていうのはさ、兄様やわたしが望んだ本当に幸せな未来だと思うんだ。」

 「詭弁だな。」

 「解ってる。でもさ、それも悪くないと思わない?わたしは人じゃないから今という時間を生きることができない。だから、できることならより多くの幸せな未来を見てみたい。同じ結末ばかりじゃつまらないよ。」

 そう言う末姫の頭を撫でて太郎は、全くお前はわがままだなと呟いた。

 「兄弟があんな形でばらばらにならない未来と言うのは、お前は次郎(じろう)と添うことができない未来だぞ。」

 そう言われて末姫は、それはわたしじゃなくてここにいる末姫と次兄様(つぐにいさま)が決めることだよと言った。

 「この未来で二人惹かれ合うのかどうかも解らないし、惹かれ合ったとして一緒になるかならないかも二人が決めること。人が決めた禁忌を重んじるなら添うことはないんだろうけど、それはわたしにはどうでも良いことだよ。末姫が誰に恋しようと、次兄様が誰と一緒になろうとわたしには関係ない。わたしとそれ以外のわたしは結局別の存在で、わたしは誰とも添うことはできないし。どんなに実感を伴ってそれを感じることができても、わたしは結局独りぼっち。だからいつだって違う自分に意識を置いてそこに自分がいる夢を見るんだ。」

 そう言って末姫は寂しそうに笑った。

 「いろんな時間軸の兄様とずっと諍いを続けていたのも、本当は寂しかったから構って欲しかっただけなのかもしれない。兄様だけはずっとわたしを認識してくれたから。兄様はいつだってわたしとここにいるわたしを別の存在として認識してくれて、でも同じように想ってくれるから。ずっと兄様を独りぼっちにしちゃいけないって、兄様の傍にいなきゃいけないって思ってたけど、本当はわたしが独りぼっちになりたくなくて兄様の傍にいたかっただけなのかもしれない。」

 そう言うと末姫は太郎にしがみついた。

 「兄様、大好き。」

 泣きそうな声でそう呟く末姫をそっと抱きしめて、太郎はその背中をそっと撫でた。

 「末姫。ずっと俺を諦めないでくれてありがとう。ずっと俺のわがままに付き合わせてしまったから、今度は俺がお前の願いを叶えてやろう。だから安心しなさい。お前がどんな存在だったとしても、間違いなくお前は俺の大切な妹だ。寂しくなったらいつでもおいで。」

 それを聞いた末姫は嬉しそうに微笑んでそして目を閉じた。そして目を開けた末姫がきょとんとした顔で自分を見上げてきて太郎は軽く微笑んだ。

 「もう一人のお前は今度は何処に行ったんだろうな。」

 太郎はそう言って疑問符を浮かべる末姫の頭を優しく撫でた。



 「ナル、聞いて欲しい話しがあるんだ。」

 ある遠い未来の可能性の一つで、沙依(さより)成得(なるとく)にそう言った。

 「大事な話だから真剣に聞いてね。」

 そう言って沙依は空間断絶の術式を展開し、自分と成得以外誰もこの空間に干渉できないようにした。

 「またこんな術式展開させて、そんなに他人に聞かれたくない話しか?」

 呆れたようにそう言いつつ成得は、俺がお前の話を真剣に聞かないわけがないだろと優しい声音で話しを促した。

 「わたし、人じゃないんだ。生まれた時からずっと、末姫だった時からずっと、わたしは最初から人じゃない。わたしに人の要素なんてない。元々のわたしは人の形を持って生み出されただけの神の贄という概念だったんだよ。」

 そう言って、それから沙依は成得に自分の秘密を打ち明けた。神という存在になった方の自分がどういう存在なのか、その神である自分と長兄がどんな諍いを続けて来たのかも、その結果どういうことが起きたのかも、沙依は思ったまま全部成得に打ち明けた。話し終わって、ごめんねと沙依が呟くと、成得は何でお前が謝るんだよと言って沙依のあたまを撫でた。

 「どうだっていいだろそんなこと。なんか問題あるのか?」

 そう言われて沙依は困ったような顔をした。

 「お前はいったい何を不安がってたの?実際お前が何だろうとそんなことどうでもいいし、あのバカ兄貴とずっと兄妹喧嘩してたとか俺関係ないし。ってか、もうとっくの昔に終わった事なんて本当にどうでもいい。それより何よりこうして今お前が無事で俺の傍にいてくれてることが重要。お前が父さんの贄になんかならなくて良かったと思うよ。」

 そう言って成得は沙依をぎゅっと抱きしめた。

 「そんなことで罪悪感持ってずっと俺に後ろめたさ感じてたのか?全くバカだな。そんなことで俺の気持ちが変わるとでも思ったのか?」

 そう言って成得は沙依にそっと口づけをした。

 「そんなことで不安になっちゃうなんてかわいいな。本当、大好き。俺の大好きが確信できなくて不安になるならさ、結婚してよ。唯の儀で繋がればお互いの気持ちなんて筒抜けになるんだから、そんな不安抱えずに済むぞ。」

 軽い口調でそう言う中に彼の優しさを感じて沙依は苦しくなった。

 「ナルの好きは信じてるよ。でもさ、そのナルの好きが本当にナルの気持ちじゃなくてわたしが望んだ結果だって言ったらどうする?」

 泣きそうな声でそう言う沙依に成得は、お前はまた何バカな事言ってるんだよと言った。

 「絶対に次兄様はわたしのこと助けてくるから、次兄様はずっとどんな未来でもわたしの味方でいてくれたから、次兄様の傍にいればいつだって安心できたから、だからそういう未来を視た幼い頃のわたしがずっと次兄様と一緒にいられるように望んだとしたら?だから神になったわたしがそうなるように働きかけた結果でこうなったんだとしたら?そうだったら唯の儀をしなくてもわたしがナルを縛った事になる。わたしのわがままで、わたしの味方でいるように、わたしを特別に大切に想うように、わたしがナルを縛った。」

 「お前は本当にバカだな。あんまりそんなバカな事ばかり言ってるとさすがに怒るぞ。」

 そう言われて沙依はだってと呟いて泣きそうな顔で成得を見上げた。

 「だっても何もないの。そんなの杞憂だから。絶対お前の思い込みでしかないから。そもそも、兄貴の精神支配でさえ想いまでは縛れないんだぞ。違う感情を植え付けられたとしてもいずれ歪みが生じて上手くいかなくなるんだぞ。神であるお前が人に働きかけて人の行動を縛れると言っても絶対じゃないだろ。本人の意思にないことはできないし、どんなに働きかけられても自分の中にない感情は発生しない。仮にお前を大切に想う気持ちが俺の中に生まれるきっかけが神であるお前の影響だったとしてもだ、それが恋愛感情に変わったことも、今こうして俺が心からお前を好きだと想ってる気持ちも全部俺自身のものだ。お前を想う俺の大好きって気持ちは、誰かに何かされたから生まれたものじゃない。自分の中から生まれた正真正銘俺自身の気持ちだよ。」

 そう言うと成得はまた本当にバカだなと言って沙依に口づけをした。

 「だから結婚してってずっと言ってるの。もちろん、お前を自分に縛りつけて俺だけのものにしたいっていう独占欲もあるよ。でもそれだけじゃなくてさ、唯の儀をしてお互いがお互いのもんになって、お互いの想いが筒抜けになっちまえばさ、お前はそんなバカな事考えて不安にならずに済むだろ。俺がどんなに嘘つきでも、お前がどんなに疑心暗鬼に陥っても、唯の儀で繋がれば本当のことなんてすぐ解る。だから結婚すれば俺が本当に心の底からお前を愛してるって否が応でもお前も理解できるはずだ。」

 そう言う成得にいつになく真剣な瞳で見つめられ、沙依は涙が溢れ、彼にしがみついて泣きじゃくった。

 「ナル、大好き。本当に大好き。わたし本当にナルのことが大好きだよ。ずっと怖かった。ナルが好きだって言ってくれて、ナルと恋人になって、本当に大切にしてもらって、子供もできて。ナルと一緒にいる生活が本当に幸せで、幸せすぎて、わたし。ナルのこと好きになればなる程、一緒にいたいと想えば想うほど、幸せだと感じれば感じるほど、これはわたしが望んだからこうなってるだけの偽物の幸せなんじゃないかなって、怖くなった。ナルのわたしへの想いは本当のナルの想いじゃなくて、大切にしてくれるのも全部、わたしがそう縛ったからじゃないかって思って。ナルを縛っちゃいけないって思う気持ちと、それでもナルと一緒にいたいって、ずっと傍にいて欲しいって、このままわたしのこと想い続けてもらいたいってそんな気持ちがごちゃ混ぜになって、わたしどうしようもなくなって、いつも本当のこと言えなかった。ずっと怖かった。本当のこと言ったらナルがいなくなっちゃうんじゃないかって怖かった。そうやって本当のことは言えなかったけど、いつかナルが本当のことに気がついてわたしから離れていく時に、ちゃんと今までありがとうってさよならできるように、ナルを唯の儀でまで縛れないと思ってた。」

 そんな沙依の言葉に成得はただ黙って耳を傾けていた。しゃくりあげる彼女の背中を優しく撫でながら、成得はずっと話を聞いていた。ふと顔を上げた沙依が成得の唇を奪う。

 「ナル。わたし、ナルとちゃんと繋がってずっと一緒にいたい。だからわたしと結婚して。」

 唇を離した沙依がそう言ってきて成得は笑った。

 「もちろん喜んで。」

 そう言って成得は口づけを返した。

 「全く、その言葉聞くまでずいぶんと待たされたな。結婚してって言うと嫌だよって即答で返されるのがすっかり当たり前になってて、最初にお前に求婚した時自分がどんな心境でなんて言ったかもう覚えてないくらいだぞ。ようやく前向きに結婚考えてくれるようになったかと思った後も、いったいどれだけ待たされたと思ってんだよ。子供が二人いて二人とももう立って歩いて話せるようになってんの。何でお父さんだけ名字違うの?とか言ってきちゃうような年になってんの。こんなくだらないことでずっと俺の求婚拒みやがって、全くこのバカめ。」

 そう小言を言いながらも成得の顔はにやけていた。

 「ようやくお前が俺と結婚するって言ってくれて本当に嬉しい。」

 本当に心底嬉しそうにそう言いながら成得は沙依を抱き上げた。

 「そんなことでそんなに思い悩むほどお前が俺のこと好きだったなんてな。もうマジでかわいい。本当かわいい。マジ大好き。お前本当かわいすぎ。お前のことが大好きすぎてどうかなりそうなんだけど。本当、大好き。」

 そんな風にかわいいと大好きを連呼しながら、成得はにやけっぱなしで沙依に空間断絶の術式を解くように言った。

 「もうこのまま今すぐ唯の儀上げに行こう。お前の気が変わってやっぱ止めたとか言われたらかなわないし。今日中。絶対に今日中に結婚な。もうこれ以上は待てないから。こんなに長く待たせたんだからいいだろ?」

 嬉々とした成得にそう言われて沙依はうんと言いながら小さく頷いた。


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