序章
ふと目が覚めて、末姫は次兄が恋しくなった。
「ずいぶんと長い夢を見ていたようだな。」
声がして見上げるとそこには長兄がいた。優しく頭を撫でられて末姫はなんとも言えない気持ちになった。そう、長い夢を見ていた。何か恐ろしいことや、悲しくて辛いことが沢山あった気がする。嬉しくてとても幸せなことも。でも末姫はどんな夢を見ていたのか思い出すことができなかった。
暖かく、でもどこか悲しげな眼差しで自分を見つめる長兄を見て、末姫は兄様大好きと言って笑った。
「わたしは兄様の味方だよ。絶対、兄様を独りぼっちにはさせないからね。約束。」
良く解らないが末姫はいつもそうしなくてはいけないと思っていた。この長兄の傍に自分はいなくてはいけない。長兄を独りぼっちにしてはいけない。何故だかは解らなかったがいつだってそう思っていた。だからどこか辛そうに見える長兄に末姫はそう言って指切りをした。
「そうだな。お前は絶対俺を独りにはさせてくれないな。」
そう言って長兄は軽く微笑んだ。
「最近暖かくなってきたとはいえこんなところで昼寝をしていたら風邪を引くぞ。気をつけなさい。」
そう言われて末姫は素直にうなずいた。
「兄様。わたし今どんな夢を見てたのかな?そこに何か大切なことがあった気がするの。忘れちゃいけないことがあった気がするんだ。」
そう言う末姫に長兄は、今はまだ知らなくても良いことだから忘れなさいと言った。それを聞いて疑問符を浮かべる末姫の頭を長兄は優しく撫でて目を細める。
「次郎の所に行きたかったんだろ?」
長兄にそう言われ、末姫はそうだったと思った。
「でも次兄様の所に行くと姉様が怒るから。姉様の言うこと聞かないで次兄様の所に行くと、姉様、わたしじゃなくて次兄様のこと怒るし。」
そう言って末姫は難しい顔をした。何故か姉は次兄に近づいてはいけないといつも末姫に言っていた。そして末姫が次兄の所に行くと何故か次兄がいつも姉に怒られる。他の兄たちの元に行くのは何も言われないのに何故次兄だけはいけないのか末姫には理解できなくて、どうしたら良いのか解らなかった。
「姉様はどうして次兄様に近づいちゃダメって言うんだろう?兄様は次兄様の所に行ってもいいと思う?」
そう訊ねると長兄はお前の好きにすれば良いと言った。そう言われて、少し考えて、末姫は次兄の元に行くことにした。
わざと落とし物をして、次兄に探してもらうという口実を作って会いに行く。次兄の部屋の前に行って末姫は声を掛けた。返事がないので勝手に部屋に入ると、昼間なのに次兄が布団で眠っていて、末姫はそこに潜り込んだ。次兄にくっついて、その心音を耳にして、末姫はとても心地良い思いがした。
「末姫ちゃん。」
名前を呼ばれて抱きしめられる。次兄が起きたのかと思って視線を上げると、そこには心地よさそうに寝息を立てる次兄の顔があって、不思議と暖かい気持ちが溢れてきて末姫は次兄様大好きと呟いた。本当にどうして姉が次兄に近付いてはいけないと言うのか末姫には解らなかった。次兄様にこうしてくっついてるといつだって安心できる。何があったって次兄様はわたしの味方だって信じてる。これから先もずっと、どんなことがあったってずっと、次兄様だけはいつだってわたしの味方。次兄にくっついてそんなことを考えながら末姫は眠くなってきて、そのまま眠りに落ちていった。




