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39.一番向こうの大きな木

由くん一人称語りです。

 ハニューシカさんは僕たちの家の最寄駅で降りた。僕たちもついていく。

 でもさ、どういうこと?ここには病院なんてない。ハニューシカさんの娘さんは身体が悪いって言ってたよね?それで別のところにいるっていうなら、病院に入院しているのかと思ったんだ。だけど、違うらしい。

 じゃあ、どこだろう?乳児院みたいなところかな。何かの施設?歯医者だけは大量にあるけど、病院や施設なんて、この辺りにはないよ。

 駅を降りて、ウチとは逆の方に出た。駅前には長い上り坂の商店街があって、その上にはお寺がある。その商店街を3人で登って行った。ああ、自転車置いて来て良かった。こんなところ、自転車で登るのは、柚にはなんてことないだろうけど、僕だったら呼吸困難になっちゃうよ。

 それにしても、この先お寺があって、それ以外に何があるんだっけ?

 坂を上りきると、お寺の境内には入らず、その外側を回り込んでいる細い道に入った。並んで歩けないので、一列になって歩く。

 アレ?

 ここって、この先って・・・墓地。だよね?

 僕は嫌な予感がした。まさか、ハニューシカさんの娘さんって、もう、亡くなっているの?どういうことか分からず、少し混乱しながら、僕たちはハニューシカさんについて行った。



 低い鉄門があって、それをキイと音を立てて開けると、開けた墓地が目の前に広がっていた。僕が列の最後なので扉を閉めた。ガシャンと音が鳴った。

 前に来た時は、夜だったから分からなかったけど、昼間に来ると広くて見通しの良い墓地だ。どこも綺麗にしてあるし、高台にあるから風が良く通って気持ちがいい。それに、下を覗くと町が広がっているのが見えるし、そこにはベンチもあって、木陰もそこここにあって、墓地だと思わなければ、かなり居心地の良いところだと思った。

 人もチラホラ、お参りに来ていて、花も供えられている。

 まさに、墓地。

 って、やっぱりハニューシカさんの娘さんは・・・

 爽やかな景色とは裏腹に、僕は気分が落ち込むような気がした。そんな僕とはまた裏腹に、柚は足取りが軽快だ。キョロキョロと見渡して観察している。

 ハニューシカさんは迷わず、一番向こうの大きな木に歩いて行った。

 その木を見て、ドキっとした。あの夜に、ハニューシカさんがいたあの大きな木だ。でも、あそこには墓はない。大きな木があって、ベンチがあって、水道があるだけだ。ハニューシカさんはあの夜、あそこで何をしていたんだろう。



 僕たちがその木の下にたどり着くと、ハニューシカさんは僕たちをベンチに座らせた。

「約束して欲しいんです」

 ハニューシカさんは僕たちに小さな声で言った。

「何を?」

「これから、何を見ても、驚いて大声出さないでほしいんです」

 やっぱり、驚くようなものを見せられるってことだよね。

「わかったわ」

 柚、決心早いな。しょうがない、僕も合せて頷いた。

 それを見ると、ハニューシカさんも頷いて、それから、僕たちが座っている頭の上辺りに手を伸ばした。何をするのかと思ったら、どうやらその木の幹を少し触った。それから手を戻して僕たちに言った。

「では、こちらへ来てください」

 ハニューシカさんは僕たちを立たせて、木の後ろに回り込んだ。僕たちもついていく。ちょっと墓地にいる人たちが気になったけど、誰もこっちを向いている人はいなかった。この辺は一番奥でちょっと死角なんだろうな。

 まあ、都合が良いってことだね。



 その木は、ものすごく大きくて太い木だった。お寺だし、ご神木なのかもしれない。

 木の裏に回ると、サーっと風が吹いてきた。ちょうど町からの風の通り道なのだろう。その大きな木の葉っぱをサワサワと爽やかに揺らして通り過ぎて行った。

 ハニューシカさんは、僕たちの顔の前ほどの高さにある葉っぱがたくさん茂っている枝を、かき分けた。

 そんなところに何かあるのだろうか。僕たちは不思議そうな顔をして、そこを覗き込んだ。



「何々?」

 柚は僕とほっぺたがくっつくほどに顔を寄せて、ハニューシカさんがかき分けた枝の中を覗き込んでいる。僕だって見たいから柚のほっぺに負けない。

 けど、なかなか見えなかった。だいたい木の幹しか見えない。ゴツゴツの木の幹だ。

 僕たちが眉間にしわを寄せて懸命に見ていると

「ああ、もう少し下です。下を見てください」

 と言った。

 下?僕たちは素直に、視線を少しだけ落とした。木の幹を舐めるようにして視線をずらす。その途中でハっと気づいた。

 誰かと目が合った。

「あ!」

 柚も同じだ。

 何か、顔があった。うっすらと、目が合ったんだ。

 もう一度、視線をゆっくりとあげると、そこに顔があった。子どもの顔だ。一度顔だと思うと、もう顔にしか見えない。視線を外すこともできず、僕たちはその子どもを見つめた。

 赤ん坊のふっくらしたほっぺ。顔つきはそう見えるけど、ただ、顔そのものはもっと小さく見えた。よく見ると、身体もちゃんとあった。

 木の中に埋まっているような感じ。

「なに・・・コレ」

 僕はその子どもから目が離せずに、やっとそれだけを口にした。

「私の娘です」

「娘って。だって、これどういうこと?」

 柚は声が大きくならないように気を付けているらしい。だけど、もう大声でわめいてしまいそうなほどの衝撃だ。僕だって叫びそうだよ。

 ハニューシカさんは、そんな僕たちは気にならないみたいで、手を伸ばして、その子どもの頭の部分をチョンと触っていた。

 木の幹に触ったはずなのに、子どもは少し笑ったように見えた。

 生きているの?動くの?

 僕たちの頭では、ソレが何だか理解できなかった。一体コレは何なんだ。



 そう思っていると、ハニューシカさんはかき分けていた木の枝を戻し、子どもの姿の幹を隠した。

 それから、またその大きな木を回り込んで、もとのベンチのところに戻ると、ベンチの上のほうの幹に軽く手を当てていた。

 ハニューシカさんに促されて、僕たちはまたベンチに座った。

「あれが私の娘です」

 ハニューシカさんは僕たちの前に立って、話しはじめた。

 冷たい風が吹いてきて、急に辺りが暗くなった。雨でも降りそうな厚い黒い雲が、いつの間にか墓地を覆っていた。


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