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「倉庫係です。配達の参りました」
私は鉄の扉を開けて言う。
「ご苦労。奥に運んでくれ」
答えてくれたのは高齢の魔道士だ。
深いグリーンのローブをまとい、顔は髭と皺で覆われている。
「どうじゃ、ひと息。」
そう言って高齢の魔道士はコップを差し出す。
容器の中はとろみのある紫色をしていて、なんとも不気味だ。
「けっこうです。前回のでこりごりです」
丁重に断り部屋をあとにする。
つれないなぁと背後から声がした。
以前渡されたのは、赤い液体だった。
喉が乾いていた私はトマトジュースかな?ぐらいにしか思わず躊躇せずに飲み干した。
その後、一日中ゲロゲロとしか話せなくなり、なんとも不快極まりなかった。
階段をひたすら降り地下に辿り着くと巨大な倉庫がある。
そこが今の私の仕事場だ。
「戻りました、室長」
「お疲れ様」
筋肉隆々とした室長は、私の頭を子どもにするように撫でてくる。
嫌なので身をよじるが大きな手は逃がしてくれない。
「ちんたらするな、早く働け」
辛辣な言葉を投げつけてくるのは、先輩のマジメメガネだ。
アルマに仕事を紹介してもらって三週間が経つ。ここは国立魔術研究所の地下倉庫だ。
そこで主に在庫管理、荷物の受け取りと配達をしている。
なんで、そんなところにと私も最初思ったがアルマ曰く魔力のゼロの私には適任の職場なのだそうだ。
地下倉庫にあるのは魔術に関するものばかりだ。
つまり、魔力があると時には反応し合い爆発が起きてしまったり、働く人自身の体に不調が起きてしまうらしい。
実際、私の前任者も魔力は微々たるものだったのにも関わらず3日と持たず体調を崩してしまったそうだ。
私からすれば、崩してしまったのは魔力うんぬんの話ではなく体力の限界じゃないかと感じている。
配達先は基本的にこの研究所内だけ。だけどこの建物おかしい。きっと元の世界なら違法建築と言われるはず。
国立魔術研究所は外から見ると巨樹に建物がまとわりついているように見える。
てっぺんは目を凝らしても見えない。
内部は蟻塚の様になっていて、唐突に行き止まりになったり。
登っていたはずが降りていたり、なんとも不可解な建物だ。
最初は地図を片手に配達していたが日々変わる配置に地図が当てにできないことがわかった。
働いている人物も食えない人ばかりだ。
さっきの届け先のおじいちゃんは、毎回変な液体を飲ませようとしてくるし!!上層にいけば行くほど異世界から来た私の容姿に対する当りは強い。
目が合っただけで侮辱された時は悔しくてたまらなかった。
幸い、今の上司にあたる室長ことグリフは人格者だ。
黒色の肌の大男で元は貿易商で世界中を船で回っていたが、10年前この国が移民を受け入れ始めた時に移住してきたそうだ。
苦労してきたせいか、同じ移民のとして扱われている私をよく気にかけてくれる。
もとい、子供扱いされてる気がするんだけどねっ!
先輩のマジメメガネことテイラーはもともと魔術を学ぶエリートだったらしいんだけど、ある事件がきっかけで魔力がゼロになってしまったらしい。
半人前の私には厳しいけど、いつも真面目なだけで悪い奴じゃないと思う。
「お疲れ様さまです」
日暮れまで働き体力の限界でボロボロになった身体を引きずり寮に帰る。
ありがたいことに、研究所所有の寮なので無料で住まわせてもらっている。
ベットに仰向けに倒れこみ肌身離さず身につけている首飾りを撫でる。
「ルーベンスに会いたいなぁ」
あの森の小屋を出てからルーベンスには一度も会えていない。
ルーベンスは研究所の上層に勤めているから簡単に会える、と思ったのが間違いだったらしい。
上に行けば立ち居入り禁止や入場制限がある場所ばかりでルーベンスを一目見ることすら叶わないでいる。
お礼だってちゃんと言いたいのに。
そうだ!今度お給料がでたらルーベンスになにかプレゼントをしよう。
そんな事を考えてながら夢の中に落ちていった。
深夜のアルマ邸を訪れたのは一人の男だった。
「あらこんな時間にくるなんて」
アルマは男を招き入れる。
男はアルマに礼と訪れることが遅くなったことを詫びる。
「それよりも、あの娘に会ってあげないのはどうして?」
「それとも会えない理由があるのかしら?」
男は無言のまま答えない。
そのまま深くお辞儀をして出て行く。
アルマは若い弟子が残していった《ネコマドワシ》の鱗粉を感じて、不器用な子と呟いた。




